八十五幕 好きな人が、できました

 今日は家にリゼとアンが遊びに来ている。
 リゼとアン同士はわたしを通しての友だち関係ではあるけど、意外と三人でバランスを取れているように思える。
 久しぶりに三人で集まれる日だから、お茶菓子作りに精が出ました。
 焦げた砂糖の香りが芳しいカラメルバナナマフィンに、柄を作るのが楽しいアイスボックスクッキー。
 手出し無用とばかりに全部一人で作ったけど、いいできだと自画自賛したくなる。
 二人もおいしそうに食べてくれるから、作ったかいがあったというものだ。

「実は、二人にご報告がありまして」

 ミルクティーを飲んで一息ついてから、わたしは話を切り出した。
 ちなみに今日の紅茶は、ハチミツに漬け込んだフルーツの香りのする茶葉だ。
 甘いんだけど甘すぎず、ミルクティーに合うんだよね。

「なぁに?」
「どしたの、改まって」

 リゼとアンの目がこちらをじっと見てくる。
 それに緊張してしまう自分がいることに、笑えてきた。
 反応が怖いわけじゃない。ただ、照れてしまうだけ。
 これを話すために二人を今日呼んだんだからと、わたしは覚悟を決めて口を開く。

「あのね……好きな人が、できました」

 微妙な言い方になってしまったけれど、二人に話すことにしたのはジルのこと。
 秘密をなんでも話せるのが友だちというもの、とはわたしは思わない。
 時には友だちにすら話せない秘密だってあるだろう。たとえばわたしの前世の記憶のように。
 でも、これについては、ちゃんと話しておきたかった。
 わたしの気持ちを、二人には知っていてもらいたかった。
 もう、自分の未来を決めたから。
 この気持ちは、揺らいだりはしないから。

「ええ!?」

 アンは悲鳴に近い声を上げて、

「って、なんでリゼは驚いてないの!?」

 それから、隣でうんうんとうなずいているリゼに、さらに驚いたようだった。

「そうかなぁとは思っていたもの。ジルベルトさんのことでしょう?」

 にこり、とリゼは笑ってそう聞いてくる。
 その笑顔にわたしはゆるゆると緊張がほぐれていくのを感じる。

「やっぱり、リゼにはバレているよね。エレさんにもバレてたし……そんなにわかりやすいのかなぁ、わたし」
「大丈夫、気づいているのは親しい人だけだと思うわ」
「それでも充分問題な気がするんだけどね」

 こうなったら苦笑してごまかすしかない。
 ジルとのことは、一応は秘密にしていることなんだ。
 母さまに話したのはその必要があったから。
 エレさんやリゼに隠せるとは思っていなかったけれど、こうもあっさりとバレてしまっていると、自分に問題があるような気がしてきてしまう。

「ジルベルトさんとやらが、エシィの好きな人?」
「あー、はい、そうです」

 改めて言われると照れてしまって、思わず敬語になってしまった。

「前に噂になっていた人よ、アン」

 リゼの言葉に、十三歳のころだったか、噂が立っていたのを思い出す。
 わたしが大人の男性と――ジルと付き合っている、という噂。
 あのときはただの噂だったけれど、結局はこうして現実になってしまったんだから、噂というものは侮れない。

「あ、そうなの? じゃあ両思いなわけ?」

 アンは相変わらずはっきりきっぱりしている。
 これは一種の恋話だと思うんだけれど、照れたりはしないんだろうか。

「一応、そういうことになるのかな」
「一応って何よ一応って」

 眉をひそめるアンに、わたしは困ったような笑みを返すことしかできない。

「だって、まだ内緒なんだもの。わたしが子どもだから」

 わたしが成人するまでは、秘密の関係。
 成人したと同時に、きっとジルはプロポーズしてくるだろうけど。
 少しでもおかしな目で見られないように、取り繕うことだって必要なんだ。

「エシィももうすぐ成人するじゃない。関係あるの?」
「年の差があるからね」
「あ、そっか」

 わたしが言って初めてそのことに思い至ったらしい。
 アンは自分の恋人が同い年だから気づかなかったんだろう。
 八つの年の差は大きくて、一生縮めることができない。
 前世で大人が十八歳未満の子どもに手を出したら犯罪だったように、この国では罪にはならないものの、あまりよろしくないという風潮はある。
 幼なじみの夫婦が多いこの国には、年の差のある夫婦が少ない、という理由もあるのかもしれない。
 子どもは大人に守られて育まれるもの。
 もし二人の関係が公になってしまったとき、悪く言われるのはジルのほうだ。

 過去に噂が立ってしまったことだって、マイナスにしかならない。
 お似合いだ、なんて噂は、ジルを幼女趣味だと揶揄していたようなもの。
 ジルは自分の外聞をまったくといって気にしないから、喜んでいられただけ。
 成人したばかりでプロポーズをすれば、そこでまたあまりよろしくない噂が立つのはわかりきっている。
 それを少しでも減らすために、今は二人の関係を秘密にしておかないといけない。

「ふ〜ん、でもそっか。じゃあ今エシィは幸せの絶頂にいるわけか」

 アンの言葉には、拗ねているような響きがあった。
 その理由をさっき聞いたばかりだったわたしは、かわいいなぁ、なんて思ってしまった。

「ごめんねアン、わたしばっかり」
「別に謝ることじゃないでしょ」

 そう言いながらも、アンはぷいっと顔を背けてしまう。
 アンは現在、イヴァンくんと喧嘩中らしい。
 気の強いアンと、自分を曲げないイヴァンくんが衝突するのは、別にめずらしくないことだ。
 学校に通っていたときもよく喧嘩していたしね。
 だからこそ、すぐに仲直りするだろうともわたしは思っているわけなんだけれど。
 二人の気持ちが変わらないなら、喧嘩はより仲を深めるための過程にしかならないんだから。

「そうよ、エシィが幸せならわたしたちも幸せだもの」

 リゼはほわわんとした笑顔を向けてくる。
 わたしの幸福を願う飾り気のない好意が素直にうれしくて、頬がゆるんだ。

「リゼは相変わらず天使ね……」
「あんたの発言は相変わらず意味不明」

 思わずつぶやいてしまった言葉に、すかさずアンがツッコミを入れる。
 やっぱり三人でちょうどバランスが取れていると思うのは、気のせいじゃないみたいだ。
 遠慮しないで自分を出せる友だちは、一緒にいて気が楽だし、素直に楽しいと思える。

「大丈夫だとは思うけど、誰にも言わないでね」

 秘密は守らないといけない。
 わたしのためにも、ジルのためにも。
 何よりも、二人の未来のために。

「もっちろん」
「わかっているわ」

 二人はしっかりと返事をしてくれた。


 ジルとのことをなんの抵抗もなく受け入れてくれる二人が好きだと、わたしは実感した。



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