「アレクのこと、好きなんだ?」
恒例のガーデンパーティー。バラが咲き輝く季節。
初夏の暑さに負けずにはしゃぐ友だちの輪から抜けてきてお茶を飲んでいた私に、ジルがくっついているのもお約束。
そして彼は、ふいにそんなことを言い出した。
……兄を見ていたことに気づかれたらしい。
「もちろん大好きです。あんなに優しくて格好いい兄さまですもの、嫌いになれるわけありません」
わたしはごまかす気満々でにっこりと言いきった。
普通の感性を持っていれば、兄に本気で惚れたりなんてしているとは思わないだろう。
ジルが普通かどうかはこの際置いておいて。
「ふうん? 別に、どっちでもいいけどね」
ジルはテーブルに頬杖をついて、どうでもよさげに視線をそらした。
どっちって、何と何を差してのどっち!?
好きか嫌いか、のどっちではないような気がした。
「アレクがうらやましいな」
「わたしの兄になりたいんですか?」
「それは嫌だけど、君に想ってもらえるなら幸せだろうね」
「またご冗談を」
いつもの調子で口説いてくるジルに、わたしもいつもの調子でスルーする。
「……いつになったら信じてくれるのかな」
珍しく、ジルは少し傷ついたような顔をする。
そんな目をしてもほだされたりはしない。
「こんな子どもを本気で口説いていると思われたくはないでしょう」
わたしはまだ六歳の、学校にも行っていない子どもだ。
対してジルはあと半年もすれば十五になる。この国では成人する歳。つまりそろそろ恋人や婚約者ができてもおかしくない歳。
そもそも、前も言ったとおりガーデンパーティーは出会いの場でもある。
これは最近知ったことだけれど、こうやって幼いころから婚約者候補と仲良くさせることで、子どもにありがちな「大きくなったら結婚しようね」「うん!」という、言質を取ろうということらしい。
子どものときとはいえ自分で言ったんだから、と反論を封じるためだ。
大人って汚い。でもちょっと納得した。
だからわたしの友だちでも婚約者がいる子はいるし、ジルの友だちなんてもっと相手がいるはず。
「別に、僕はそれでもいいのだけれど」
「気色悪いです」
どきっぱり、言い捨てた。
六歳だよ、六歳。小学一年生を本気で口説く中学三年生だよ。危ないでしょ。
別にいいと思うよ、八歳差くらい。あとプラス十年するならね。十六歳に二十四歳、ちょうどいいんじゃないかな。
だから今のわたしの年を考えてほしいと思う。何度も言うけど六歳児だ。
ジルの親はなんて言っているのかな。泣いていないか心配になる。
「君が子どもだから信じてくれないっていうなら、大人になるまで言い続けるよ。だから――」
ジルはそこで言葉を切った。
彼は相変わらずこっちを見ない。なんだか調子が狂う。
何を見ているんだろうと視線の先を追ってみると、そこには他の友人と話す兄さま。
「アレクを好きになりすぎたら駄目だよ」
ギクリ、と心臓が嫌な音を立てる。
ああ、ダメだな、と思った。
この人は気づいてる。わたしの必死に隠してる気持ちに。
どう言い訳しても、きっとだまされてはくれない。
さっきの、どっちでもいいけどね、の意味に今さら思い当たる。
『どっちの“好き”でもいいけどね』
つまりはそういうことだ。
その好意が家族としてでも、異性としてでも、どっちでもジルには関係ない、と。
ジルの無関心のおかげで、わたしの恋心は容認されたんだ。
認められちゃいけないとわかっているのに、不覚にも少しうれしいと思ってしまった。
……どうして、ばれたんだろう。
ちゃんと隠せている気でいた。ちゃんと妹でいられているはず。
まだ当人である兄にも気づかれていないと思う。
なのに、ジルは確信を持って聞いてきた。
ジルは意外と周囲をよく見ているのかもしれない。ふざけた態度に忘れそうになるけど、彼も卿家の跡継ぎなんだから。
だからって、気づかれていいことではなかったんだけど。
言いふらすような性格をしていないことに、今だけ感謝しておこう。
「……ご忠告、どうも」
とはいっても、ジル相手に素直に感謝の気持を伝えることなんてできるわけはなくて。
つい、こんな言い方になってしまった。
ふ、とジルが横で笑ったような気配がした。
その日は、珍しくそれ以上ジルの口説き文句を聞かなかった。