かと思えば、
「エシィはジルベルトさんのことが嫌いなの?」
と、愛くるしい顔に不思議そうな表情を乗せ、リゼが問いかけてくる。
何これ、好きなのかとか嫌いなのかとか、流行ってるの?
「好きではないかな」
「どうして?」
「性格の不一致」
「?」
ちょっと難しい言葉で言うと、リゼはこてんと首をかしげた。
か、かわいい……!
「合わない、ということ」
わたしはそれ以上は語らず、子ども用の絵本をリゼに読んであげた。
リゼはすぐに絵本の世界に夢中になって、少し前まで話していたことの内容も忘れたようだった。
さて、ここは庭ではなくてわたしの部屋。
ガーデンパーティーではなくて、リゼは母親と一緒に我が家に遊びに来ている。現在、親は親同士、子は子同士でお話しているわけだ。
そういうことは別に珍しくはなくて、実際ジルも一人で何度も兄さまに会うため遊びに来ていて、ばったり出くわすことがあった。
たまにジルが来ているから挨拶してきなさいという父に言われることもある。
ジルの親もそうだけど、わたしの親も何を考えているのかわからない。やっぱり候補に入っているのかな?
っと、あいつはどうでもいい。今はリゼの話だ。
リゼット・フィランシエ。年はわたしの一つ下。
公家でも卿家でもないけど、お金持ちの商家の一人娘。
リゼは少し引っ込み思案なんだけど、内向的な分、心の中では色々と考えているようで、意外としっかりしている。
でもやっぱりちゃんと子どもっぽいところもあって、それがすごくかわいい。
思わずいい子だねーってよしよししたくなる感じ。
友だちと接していて気づくのは、好みが変わったなぁってこと。
前世の親友の由美は、面倒見のいい姐さんタイプだった。わたしがぼうっとするたび、心配してくれたっけ。
今は、天然なのはわたしじゃなくてリゼのほう。立ち位置が逆転してる。
趣味が変わったというより、わたしの性格自体、前世とは違ってるんだと思う。
あの浮遊感がないせいもあって、前世よりもしっかりしている。
猫っかぶりでいい子ちゃんでいたいところは一緒だけど、前世ほどマイペースでもない気がする。
光里は光里。エステルはエステル。
外見だけじゃなくて、内面も別の人なんだ。ただ、記憶が残っているだけで。
その記憶が、けっこう厄介なんだけどね。
「それからお姫さまは王子さまと仲良く幸せに暮らしました、おしまい」
読み終わって顔を上げると、リゼはキラキラとした瞳で最後のページを見ていた。
途中で少しアドリブを加えながら読んであげたら、思ったより喜ばれた。
我ながら情感たっぷりに読めたとは思う。アドリブが面白かったかどうかは別として。
「よかったわね、幸せになれたのね」
「そうだね、お姫さまのがんばりは報われたんだよ」
今読んでいた絵本は、シンデレラに少し近い内容だった。
大きく違っていたのは、魔法使いの立ち位置にいたのがお相手役だったこと。
見せ場は舞踏会じゃなくてガーデンパーティー。幼なじみラブを推奨するようなお話。
あざといな、と思う。子どものころからこんなの読んでたら洗脳されてもおかしくないかもしれない。
「わたしもお姫さまになれるかしら」
「リゼならなれるよ」
かなり本気でわたしはうなずいた。
実際、今でもリゼは充分かわいくてモテモテだ。リゼを好きな男の子を三人ほど知っている。
三人の中ではおすすめはローリーかなぁ。しっかり者だし、一番リゼを幸せにしてくれそうだ。
とはいえ勝手にくっつけようと画策する気もない。まだ二人とも子どもで、これからいくらでも出会いがあるんだから。
「……ううん、やっぱりわたしはお姫さまじゃなくていいわ」
「リゼ?」
「わたしね、お姫さまじゃなくて、お母さまになりたい」
お母さま?
子どもがほしいってことかな。いやいや、それは早熟すぎるだろう。
「お父さまのことをすごくすごく大切に思っているの。あいしているんだって言っていたわ。わたしもお母さまみたいに、大切な人をあいしてるって言いたい」
……私は絶句した。何このかわいいいきものっ!
「そうね、リゼなら絶対素敵なお母さまになれるよ」
「本当? うれしい!」
あんまりにもその笑顔がかわいかったので、わたしはたまらずリゼをぎゅーっと抱きしめた。
いつかリゼが愛してるって言う人ができるまで、この場所はわたしの場所。
そんなことを思っちゃうくらいには、リゼはわたしの大切な人だ。
ラブじゃないよ、もちろんライクだよ。
リゼの大切な人が、リゼを大切にしてくれる人であることを願う。
そうじゃなかったら認めない。リゼを傷つけるような人なら、リゼに嫌われてでもわたしは黙っていない。
リゼならもし片思い期間があったとしても落とせるだろうと信じているし、あとは想いが実ってからのことが心配なくらい。
いい子だからね、リゼは。利用されないともかぎらない。都合のいい女扱いしようものなら社会的に抹殺してやる。
お願いだからこのまま素直に、でもちゃんと強かに育ってね。
これじゃわたし、母親の気分だ。