七幕 失恋する方法

 一年足らずで、実は大きく変わったことがあったりします。
 それは兄さまの卒業のことでは当然なく。わたし自身、もっと言えばわたしの心のこと。

 端的に言えば、ついうっかり、実の兄に恋しちゃったわけです。

 あはは、笑えない……。
 みなさま、どうか引かないでください。

 気づいたのは、つい最近。
 格好いい人だってことは、ずっと前から知っていたけど。
 打ち解けてからよく話すようになって、兄さまのことを知っていって。
 優しいところだとか、面倒見がいいところだとか、実は甘いものが好きなところだとか、将来のことをちゃんと見据えているところだとか。
 いろんなことが見えてくると、どんどん引力みたいに惹かれていった。

 たぶん、きっかけは打ち解けたばかりのときに見た笑顔。
 髪を綺麗だと褒め、頭をなでてくれたこと。
 あのときみたいなスキンシップはそれからも何度かあって、そのたびにドキドキする自分に気づいて。
 これはもう、恋としか思えない、と最近になって認めました。

 兄妹なのにありえない、とは自分でも思う。
 それに関してはどうして恋をしてしまったのか、冷静に分析してみた。

 前の世界での記憶があるという、同じ境遇。
 そのことを他の人に話せるわけもなく、秘密を共有している唯一の存在。
 当然のように生まれる仲間意識。
 なにより、一番の理由は。


 兄さまと“兄妹じゃなかったときの記憶”がある、ということ。


 前のわたし――光里は、一人っ子だった。話によると兄さまもそうだったらしい。
 そのせいで、一般的な兄妹の距離感というものがわからなかった。
 ちょっと前まで交流が少なかったのもあって、物心つく前に自然と打ち解ける、ということもできず。
 普通なら当たり前のように恋愛対象から外されるはずの実の兄を、男の人として認識して、意識してしまった。

 これはやっぱり前世の記憶のせいだと思う。
 たとえばわたしが光里だったときに兄がいて、それが兄さまくらい優しくて格好良かったとしても、絶対こんなに真剣に好きになることはなかった。

 もちろん、歴史を紐解けば実の兄妹で愛し合っちゃったり、子どもまで作っちゃってたりするのは知ってる。古代とかきょうだい婚がけっこう多かったはず。
 現代でもどっかの国では異父や異母、つまり半分しか血がつながってない兄妹なら合法だった気がする。
 ……なんてトリビアは、どうでもよくて。

 それを鑑みると、近親相姦――プラトニックだけど、まあいいや、細かいことは気にしない。近親相姦が悪いことかどうかは、わたしが決められることじゃない。
 でも、少なくとも世間さまから冷たい目で見られるのは確実だってわかってる。
 前の世界は前の世界。今のわたしはエステルで、アレクシスは同じ両親から生まれた兄。この想いが成就することはないし、させたらいけない。
 この国でも近親婚は禁じられている。歴史上でも、実の兄妹の婚姻が許されていたことはない。
 ちなみに叔姪婚は一応オッケー。ただ、他家との縁を結べないからメリットがある場合は少ないだとかで、そんなに例はない。特に血が重んじられているわけじゃないというのが大きいかな。

 まあ、まず兄さまがわたしを恋愛対象として見るわけがないんだけど。
 もしまかり間違って両想いなんてものになったとしても、世間から隠れるように生きていくしかなくなる。親だって後ろ指を指されることになるはず。
 そうまでして押し通せるほど、恋に人生をかけられない。
 自分のわがままで、兄との関係を、あたたかい家庭を壊したくなんてない。

 想いを自覚したわたしがまず考えたのは、失恋する方法。
 初恋はきれいなまま取っておきたいものなんです。ずるずる引きずったりしたくないんです。

 記憶の底にしずんでいた、光里の初恋を思い返した。
 小学三年生のときの担任の先生。生徒の話をちゃんと聞いてくれて、厳しいときは厳しくしてくれて、笑い方が体操のお兄さんみたいにさわやかだった。
 五年にあがるときに違う学校に異動になって、あっさり終わった初恋。
 その学校はがんばれば自転車で行ける距離で、先生に会いに行くことだってできなくはなかったはずだった。
 小学生らしく、恋というより憧れに近かったんだと思う。

 つまり、一番穏便な失恋方法は物理的に距離をあけること。
 光の初恋みたいに、自分から動かなければ会えない状態になれば、あきらめやすいだろう。
 ……うん、無理でした。参考にしようがない。
 仲良し兄妹で、同じ家に住んでいて、会えない状態ってどんなの!?

 何よりてっとり早いのは、告白して玉砕することなんだと思う。
 でも、これは却下。即行で却下。

 たとえ振ってもらうための告白でも、兄さまは真剣に受け止めて、はっきり振ってくれるはず。
 そして、妹を傷つけたことをずーっと気にする。ちょっと優柔不断なんじゃ、って言いたくなるくらい兄さまは優しいから。
 これでも大切な妹だと思われている自信はある。うれしいような悲しいような、いやうれしいことなんだけど。
 そうなったら、今のような気安い関係には、たぶん戻れない。
 友だちだと思っていた人から告白されて、断ったら友だちにも戻れなかったっていう話がよくあるように。

 それから悩みに悩んで、忘れるよう努力してみたり、妹だって言い聞かせてみたり、悩みすぎて兄さまにあたっちゃったりしたんだけど。
 結論から言えば、時間が解決してくれるのを待つことにしました。

 だってね、毎日会っているのに、忘れる努力なんてうまくいくはずがない。
 自分が妹だってことは今さら言い聞かせなくたってわかりきったことだったし。
 兄さまに八つ当たりしたって何も変わらないどころか、自己嫌悪の嵐。それをなだめてくれた兄さまは本当に優しくて惚れ直しちゃったくらいで。

 これは、根気よく待つしかないなって、覚悟を決めた。

 前の世界での一番の友だちは、初恋がお兄ちゃんだって言っていた覚えがある。
 あのときは兄弟がいなかったからピンと来なかったけど、この状況はそんなに珍しいことじゃないらしい。
 わたしの精神年齢や、二人の前世の記憶だとかのせいで、ややこしくなっているだけ。

 いつか、兄さまよりも格好良いと思える人ができるんだろう。
 そのとき、この想いはきれいな初恋の思い出に変わるんだろう。

 でも、一番確実なのって兄さまにお相手ができることじゃないかな?



「ということで兄さま、好きな人いないの?」
「……どう話がつながっているのかはわからないが、いないな」

 残念、十四にもなれば好きな人の一人や二人いてもおかしくないと思ったのに。
 むしろ、成人間近なのに女の影がないことが不思議でしょうがない。
 きっとジルなんかと仲良くしているからいけないんだ。兄さまも充分すぎるくらい格好いいのに、ジルの王子さま然としたキラキラの前だとかすんじゃうから。
 もちろんわたしは兄さまのほうが格好いいと思っているけどね!


 ああ、こんなこと言ってるから、好きなままなんだろうなぁ。



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