五十五幕 どう想っているのか

 あと一年もないんだ、と最近思う。
 答えを出すまで、出さなきゃいけない期限まで、あと一年。
 次に一つ年を取ったとき、わたしは成人を迎える。
 子どもだから、という言い訳が使えなくなる。
 ジルとの関係を、はっきりさせなくちゃいけなくなる。

 普通なら、付き合ってください、にごめんなさいを返せば、そこで終わるものだ。
 ジルの告白を、わたしは子どもだからという理由でつっぱねた。
 それに対して彼は待つと言った。わたしが大人になるまで。
 今となってはジルの想いを疑う気持ちはどこにもなく、アンとイヴァンくんが付き合いだしたように、わたしも口説かれてもおかしくない年齢になってしまった。
 本当ならすぐにでも、答えを出すべきなのかもしれない。
 なのに先延ばしにしているのは、待つと言われてしまったから。
 それなら期限いっぱいまで、自分はジルの想いと向き合わなきゃいけないんだろう、とあきらめ半分で考えている。

 人の気持ちは時と共に変わるものだと、わたしは知っている。
 今はジルの想いを受け入れられないと思っていても、一年後もそうかはわからない。
 ジルもそれをわかっていて、だから待つと、そうすることで答えを出すまでに猶予を持たせたんだと思う。
 改めて考えてみると、策士だ。

 たとえば初めて想いをはっきりと形にされた九歳のときなら、迷うことなくわたしはジルの想いをつっぱねただろう。
 けれど、ジルの想いの深さを知ってしまった今では、そんなに簡単にはいかない。
 たまに危うく見えるほど、ジルはわたしに執着していて、わたしを優先してくれる。
 重いと感じてしまうこともあるその想いを、まったくうれしく思っていないのかといえば、それは否で。
 女として、一人の人間として、必要とされているのだと思うと、面映いような心地になる。
 だんだんと、ジルにほだされていっているという自覚がある。
 好意をまっすぐに示してくれる相手を拒絶し続けるのも無理があって、ジルのことを大切な人間の一人だと今では認識してしまっているし。
 はっきりすっぱり断るには、ジルに対して情を抱きすぎている。

「どうすればいいんだろうなぁ」

 わたしはそう、無意識につぶやいていた。
 今は寝る前。ベッドの中で抱き枕を意味もなく揉みながら思案中。
 綿が潰れて枕が変形する前に答えが出ればいいんだけど、それも無理そうだ。
 答えが出るような考え事でもないような気もする。
 結局のところ、最終的にはジルを受け入れるかどうかという問題になってしまうんだから。
 その答えが出ない以上、どうしようも何もない。

 何に悩んでいるのか、自分でもわからなくなってくる。
 答えを出すまでの期限が短くなってきて、焦っているのかもしれない。
 本当に自分は納得できる答えを出せるのかどうか。
 後悔しないでいられるのかどうか。
 一年は、普通に考えれば長い。
 けれど猶予をもらったときから考えれば、とても短い時間のように感じる。
 わきあがる焦燥が、わたしの眠気をうばっていく。

「寝れない……」

 ごろり、と身体を転がす。
 変形しだしている抱き枕をぎゅーっと抱いて、わたしは目を閉じる。
 まぶたの裏に浮かぶのは、この間のジルの姿。
 わたしを壁に追い詰めながら、自分が追い詰められているかのような顔をしていた彼。

 噂の内容は最後まで教えてくれなかったけれど、ジルはたしかに噂の相手に嫉妬していた。
 隠すことなく、わたしに想いをぶつけてきた。
 好きなんだと、好きだからどうしていいかわからないんだと、全身が語っていた。
 ジルの想いを肌に感じるのは、初めてじゃない。むしろいつものことだ。
 それでもいつもはまだ手加減されているのかもと思えるほどに、彼の目は本気だった。
 わたしが受け答えを間違っていたら、何かされていたかもしれない。
 そんなふうに考えてしまうくらいには、あの時のジルは危うげに見えた。

 ちゃんと待つ、とジルは言った。
 待たせていいんだろうか、とわたしは思う。
 答えが先延ばしにされているのは、ジルの思惑からではあるんだろうけど、このままあいまいな関係を続けていていいのかわからなくなってきた。
 あいまいなままだから、ジルは追い詰められる。身動きが取れなくなる。
 そんな気がしてならなかった。

――誰かに、相談できればいいんだけど。

 そんな考えがふと浮かんできて、誰に? とわたしは自問する。
 兄さまに相談できるわけがない。リゼには恋だのなんだのはまだ早い。アンは自分のことで手いっぱいだろう。こういうのを異性であるリュースに相談するのはさすがにどうかと思う。
 次々と友人知人を挙げていっていると、ポコンとある女性が浮上する。
 エレさんなら、相談相手に最適かもしれない。

 去年の春の終わりごろ、エレさんは婚約発表をした。
 相手は同い年の卿家の跡取り息子。
 今は花嫁修行中だというエレさんになら、相談できる気がする。
 エレさんはジルのことをある程度は知っているはず。何しろ好きだったと言っていたんだから。
 若干の後ろめたさみたいなものも感じるけれど、むしろエレさんはわたしとジルがくっつけばいいと思っているようだった。
 それならきっと、進んで相談に乗ってくれるはずだ。

 一人で考えていても、堂々巡りになってしまう。
 他の人の意見も聞いてみたい。
 成人するまでに、わたしはちゃんと答えが出せるのかどうか。
 本当にこのままわたしが成人するまでジルを待たせてもいいのか。
 わたしは、ジルをどう想っているのか。
 聞いてみたら、何か新しく見えてくるものがあるかもしれない。

 エレさんに、相談しよう。
 そう決めたら、不思議なほどに心が落ち着いた。
 一人で考え続けることに、いい加減疲れてきていたのかもしれなかった。
 六つ年上の、おしとやかに見えてちゃっかりしているエレさん。
 彼女なら、わたしに見えていないものも見えているのかもしれない。
 他力本願かもしれないけど、そうだったらいいな、とわたしは思った。


 これからどうするか、がひとまず決まって。
 わたしは安心して眠りに落ちていくことができた。



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