四十四幕 子どもだ、という言い訳で

 今日はシュア家でのガーデンパーティー。
 隣にはやっぱりジルがいる。
 もう、こうして一緒にいるのが自分も周りも当然になってしまっていて、誰も気にしていない。
 気にはされてなくても、会話が聞こえてしまうのは嫌だからと、現在わたしはジルに庭を案内している。
 ひっそりと咲いているスイセンを見てから、わたしはジルに視線を戻す。

「もう少しで今年が終わりますね」
「そうだね、すぐにエステルの誕生日だ」

 ジルの返しに、わたしは苦笑する。
 相変わらず、先回りが得意だ。

「……ジル」
「何?」
「来年はプレゼントを贈らないでください」

 聞かれたくなかった会話というのは、これ。
 今年最後のシュア家でのガーデンパーティー。今日を逃してしまえば、またジルはわたしにプレゼントを贈ろうとするだろう。
 自意識過剰かもしれない。でも、今のわたしは、ジルの想いを知らないわけじゃないから。
 だからはっきりと、わたしはお願いをする。

「……それは、拒否?」

 ジルの瞳に、傷ついたような色が浮かぶ。
 それに申し訳ないと思いつつ、前言を撤回するつもりはない。

「そう取ってもらってもかまいません。やっぱりまだわたしは子どもです。プレゼントをもらっても、どうすることもできないんです」

 応えることも、本気で拒絶することも。
 わたしが自分を子どもだと思っているうちは、できない。
 子どもだ、という言い訳で、逃げられてしまううちは。
 ただの猶予期間だとわかっている。あと二年と少ししか通用しない言い訳。
 それでもわたしは、子どもでいるうちにジルの想いを受け入れる気はないだろうというのが、今のところの答えだ。
 どうしても、前世での道徳観が邪魔をするから。

「返事が欲しいわけじゃない、と言っても?」
「わたしが、気にします」
「エステルは真面目だね。もらえる物はもらっておけばいいのに」
「そんなことできません。気持ちがこもってる物なら、余計に」

 そんな軽く捉えることなんて、できるわけがない。
 気持ちがこもっているからこそ、今のわたしには重い。
 受け取りきれない、と思ってしまう。
 わたしの言葉にジルは苦笑を浮かべる。あきらめを含みながらも、少しだけうれしそうにも見えた。

「そうわかってくれているだけ、前進はしているのかな」
「それくらいは、最初からわかっていたつもりです」

 どれほどの気持ちか、は理解していなかったかもしれないけれど。
 誕生日に贈るプレゼントが、特別なものであることくらい、最初からわかっていた。
 たとえジルでも、冗談でそんなものを贈るわけがないということも。

「わかった。待つって言ったのは僕だからね」

 微笑みながら、ジルは了承してくれた。
 それは少し無理をしているようにも見える笑みだった。
 きっと、彼を傷つけてしまった。

「……ごめんなさい」

 わたしは視線を落として、小さな声で謝った。
 なんだか心苦しくて、ジルの顔が見れない。
 足元に咲くスイセンが、物悲しげに風に揺れている。

 子どもだから受け取れない、というのは単なるわたしの事情で、わがままだ。
 今のわたしよりもずっと子どものうちに婚約する子だっている。それこそガーデンパーティーの罠にはまった子たちだとか。
 十歳過ぎくらいの、ある程度将来だとか考えられる年になってから、自分で伴侶を選ぶ子だっていないわけじゃない。
 成人していないから、というのはただの言い訳。特にこの世界では。
 たとえジルが望むものが、子どもらしい将来の約束ではないからといっても。

「謝ることじゃないよ。むしろ、真剣に考えてもらえてうれしい」
「考えないわけにはいかないでしょう」

 努力する、と言ったのだから。
 有言実行はわたしのモットー。おかげであれから兄さまのことと同じくらいジルのことを考えていた気がする。
 考えた結果、どうしても子どものうちは無理だ、と結論が出てしまったのだけど。

「一つ、聞いてもいいかな?」

 ジルの言葉に、うなずくことでわたしは答える。
 海の色の瞳がまっすぐわたしに向けられる。

「エステルが大人になったら、受け取ってもらえる?」
「……そのとき、ジルが贈りたいと思うのでしたら」

 贈られたら、受け取るしかなくなる。
 成人したら、逃げ道も言い訳もなくなってしまう。
 承諾か、拒否か。選ばなくてはならなくなる。
 わかっていても、わたしはそう答えた。

 ジルの想いを受け入れられるかなんて、今はわからない。
 その時のわたしに決めてもらうしか、ないんだと思う。
 未来の自分に丸投げだけど、それが大人になるってことだとあきらめてもらうしかない。

「僕の気持ちを軽く見ていると、痛い目を見るのは君だと思うけれど」
「軽く見ているわけじゃありません。可能性の話です」

 人生何があるかわからないものだ。
 二年後、ジルの想いが冷めていないかどうかなんて、誰にも保証できない。
 ジルがわたしを想い続けてくれている可能性を否定できないことと、同じように。

「そう。なら、二年後を楽しみにしていてよ」

 にこりと、ジルは子どものような笑顔を見せる。
 二年後の自分の想いを、彼は確信しているようだった。

「……不安しかないんですけどね」

 十五の誕生日まで、あと二年と少し。
 二年後のわたしは何を思っているのか。
 今のわたしには、想像することしかできない。


 猶予は、長いようで短い。



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