年を越して、誕生日が来て、わたしは十三歳になりました。
約束どおりジルからプレゼントはもらわず、平穏そのものです。
……もらわなかっただけで、何が変わったってわけじゃないんだけどね。
ただ、やっぱり今のわたしには重いものだったんだなって、再確認できた。
十五歳のときのわたし、がんばれ。
さて、今のわたしは、とある疑念を持っている。
今、というよりはずっと前から感じていたことではあったんだけど。
ちょうど目の前に相手がいるから、ここは思いきって聞いてみようか。
「あの、エレさん」
「何かしら?」
今日はリーヴ家でのガーデンパーティー。
わたしとリゼはエレさんの妹と年が近いからここにお呼ばれしているんだけど、妹さんとはさっき少し話して、今はリゼとエレさんと三人でのんびりティータイム中。
わたしが声をかけると、エレさんはカップをソーサーにそっと戻して、こちらを向く。
「エレさんって本当に、ジルのことが好きなんですか?」
直球勝負で、わたしは聞いてみることにした。
なんで今さらこんなことを聞くのかというと、理由はエレさんの態度にある。
エレさんはなぜか、あまりジルに積極的に関わろうとしない。
今日もジルはこの場にいるのに、こうしてわたしたちとお茶をしているし。
ただ、見ているだけ、ということがすごく多い。
それも一つの恋の仕方だと思うんだけど、エレさんの性格だとけっこう自分からアピールしに行きそうな気がするんだよね。
それともう一つ、最近の噂がある。
エレさんがある男性と婚約間近、という噂。
噂はあくまで噂かもしれないけど、火のないところに煙は立たないとも言うし。
エレさんはジルをあきらめたんだろうか?
それとももしかして、最初からそんなに好きじゃなかった?
と、わたしは思ったわけだ。
「好きよ。観賞対象として」
「観賞、対象……?」
エレさんの答えに、リゼが不思議そうに首をかしげる。
想定内の答えにわたしはふぅとため息をつく。
「いや、それ好きって言わないと思うんですけど。見ているだけでしあわせ、というのとは別なんですよね」
「ある意味それで合ってるわね」
「……よくわかりません」
観賞対象と言いながら、ジルのことをまったく考えていないようにも思えない。
エレさんがジルに向けるまなざしは、優しすぎるんだ。
恋愛感情の激しさより、親愛のそれに近いように見えるほどに。
ジルとまったく交流を持たない、というわけじゃない。たまに話をしているのは見かける。
ただそれは、アプローチにはあまり見えないというのが本音だ。
わたしたちと話していてジルの話題が出ることもあるし、そんなときのエレさんはいつもより少し饒舌になる。
それは恋心から来るものだと思っていたのだけれど、もしかしたらそうじゃないのかもしれない。
好きなら好きだと、はっきり言えばいいだけなのだから。
エレさんの心がどこにあるのか、わからない。
ただ見ているだけでいいなら、どうしてわたしと関わりを持ったのか。
わたしに声をかけてきたときにエレさんは言っていた。『ジルのお気に入りだから仲良くしたかった』と。
それをその時のわたしは、自分に目を向けてもらうための作戦だと思った。
ジルの視界にいるわたしの傍にいることで、交流を持とうと。そしてあわよくばわたしに仲を取り持ってもらおう、という。
けれどその気配はなく、あれから一年以上も経ってしまっている。
「エレさんは、ジルベルトさんの見た目が好き、なの?」
リゼはきょとんとしながら、エレさんに問いかける。
「当たらずとも遠からず、かしら」
「特別の“好き”じゃないの?」
「……リゼちゃんにはまだ早いかもしれないわね」
悲しそうな顔をするリゼの頭を、エレさんはなでる。
まだ十二歳のリゼには、男女の微妙な機敏というものはわからないんだろう。
わたしだってわかってるわけじゃないけどね。
「あのね、エシィちゃん」
エレさんはわたしに向き直って、姿勢を正す。
ちゃんと説明してくれようとしているのが、穏やかな表情からわかる。
「私なりに、ちゃんと好きだったわよ。でもね、どこを好きだったかというと、エシィちゃん、あなたと一緒にいるときのジルが好きだったの。いつもよりも表情豊かで、子どもに振り回されているジルが好きだったのよ」
エレさんの言葉は、わたしを驚かせた。
わたしと一緒にいるときのジル?
わたしを口説いて、わたしに無下に扱われているジルのことを?
「それって……報われません」
「そうよ。最初から報われないってわかっていて好きになったの」
それは、恋愛感情なんだろうか。
わたしだって、報われないことを知っていて兄さまのことを好きになった。
でも、エレさんとは全然事情が違う。
エレさんは、わたしを見ているジルを……ううん、わたしを好きなジルのことを好きになった。
ただのジルじゃなく、わたしがいることで見れるジルを。
そう認めるのはなんだか自意識過剰すぎなように思えていたたまれないけど、つまりはそういうことなんだろう。
「だから私はあなたと仲良くなりたいと思った。ジルにあんな顔をさせるあなただもの。きっと好きになれると思ったのよ」
エレさんがそんなことを思っていたなんて、ずっと知らなかった。
わたしは、恋するエレさんがかわいいと思った。
嫉妬の対象になりえるわたしと仲良くなりたいと言ったエレさんに興味を持った。
こんなふうに仲良くなれるかなんて、そのときはわからなかったけど、悪い人じゃないってことだけは、すぐにわかったんだ。
「エレさん……」
「そんな顔をしないで。私が勝手にそう思っただけだもの」
なんて言ったらいいかわからないわたしに、エレさんは苦笑を浮かべる。
そんなに変な顔をしているだろうか、わたし。
申し訳なさと、うれしさと、悲しさと、気恥ずかしさと。
いろんな気持ちが混じりあって、何も言えなくなる。
「エレさんは、ジルベルトさんが好きで、エシィも好き?」
リゼは空色の瞳を輝かせて、得心したとばかりにそんなことを言った。
「そう。そういうことよ」
エレさんは何度か瞳をまたたかせてから、ふわりとやわらかな笑みを見せた。
そういうこと、でいいのかな。
そんな言葉ですませてしまうには、エレさんの想いは複雑なもののように思えるけど。
エレさんがそういうことにしたいなら、それでいいのかもしれない。
「それにしても、もっとすぐに気づくと思ってたわ。意外と鈍いのね」
「に、鈍いでしょうか……」
クスクスと笑うエレさんに、わたしはショックを受ける。
鈍い……初めて言われました。
そんなつもりはないんだけども。
でも、一年以上聞かずにいたのはたしかで。
……鈍いって言われてもしょうがないのかもしれない。
「今はちゃんと、報われる恋をしているから、心配しないで」
エレさんのカミングアウトに、わたしたちはそろって瞳を丸くした。
え、それって……。
「じゃあ、噂は本当だったんですね」
「まだ内緒よ?」
ふふっとかわいらしく笑うエレさんに、リゼと一緒にこくこくとうなずく。
ちゃんと、恋をしている顔のエレさん。
とてもきれいで、かわいい。
いつかわたしも、そんな顔ができるようになればいいと思った。