都に来て五日ほど。
なぜか、リュシアンさまとは毎日顔を合わせる機会があった。
お客さまをもてなしなさいと大公さまに言われたとかで、王宮内や庭園を案内してもらったり、晩餐で顔を合わせたり。
婚約者候補として考えられている、からかもしれない。リュシアンさまにそのつもりがないから、普通に仲良く、というかしょっちゅう言い合いしたりしている。
昨日は大公妃さま主催のお茶会にも招待された。内輪のものだったから思ったよりも和やかだった。
まあ、兄さまの周囲は微妙にお見合いっぽかったけど。お菓子ばかり食べるわけにはいかなくて残念だね。年頃なんだからしょうがないとあきらめましょう。
でも、兄さまのお相手として都の人というのは、少し難しい気がする。
なぜって、兄さまはいずれ卿家を継ぐ人だ。ラニアを離れられないから、必然的に嫁いできてもらうことになる。都とは比べ物にならないほど辺鄙な田舎に。
わたしたちにとっては過ごしやすい土地だけれど、都人からしたら何もないつまらないところだろう。
都の空気が合わない、って人じゃないかぎり、ラニアには住めないと思うんだ。
公女さまも年回りはちょうどいいけど、そういったことを考えると結婚相手としては相性はよくなさそうだ。
とはいえ、兄さまのお相手は、なるようにしかならないだろう。
まだ結婚していなくても別におかしくない年だし。あと五年もしたら周りも少し焦り出すだろうけど。
兄さまが好きな人と結婚できるなら、それが一番いい。きっと父さまも母さまも、そう思ってくれているはず。
お菓子作りの腕で相手を選ぶなんてことがなければ、わたしだって必要以上には干渉しないつもりだ。うん、必要以上には。
妹として、義理の姉さまを少しは見極めさせてもらいたいけどね。
そんなこんなで、今日になった。
今日がなんなのかって、待ちに待った都見物の日ですよ。
来るときに何度か車から降りたりはしたけど、ちゃんとは巡っていないからね。すごく楽しみにしていたんだ。
わたしと兄さまと、なぜかジルも一緒。それに案内役も兼ねた護衛が二人。
護衛がいるのは、一応は客人扱いのわたしたちに何かがあっちゃいけないから、ということらしい。いわゆる大人の都合。
母さまと父さまとは、仕事が終わってからまた一緒に見物することになっている。そのときのためにもたくさん見て回っておかないとだ。
「兄さま、あっちから音楽が聞こえてきます。行ってみましょう!」
「ああ、わかった」
「路上で演奏しているんでしょうね。この先の噴水広場でしょう」
わたしは兄さまの手を取って、先頭ではしゃぎ回っている。
護衛の人たちはそれに微笑ましそうにしながらしっかり案内をしてくれる。途中の建物の歴史なんかも教えてくれたりして、意外と勉強になる。
「この噴水は一般の水道とは違った経路で水が来ていて、水不足になった際の都民の生活を支える役目もあります。その仕組みを考えられたのは三十八代目の大公様で、実際に形になったのが三十九代目の時代だったそうです。ですから噴水広場を見守るような位置にお二人の像が建っているのです」
という説明を流し聞きしながら、わたしたちは音楽に夢中になっていた。
奏者は噴水の前を陣取るようにして、前世で言うところのアコーディオンとフルートと木琴みたいな楽器を演奏している。
ゆるやかな曲調から一転、急に激しくなったり、今度は跳ねるように楽しげな音になったりと、聞いていて飽きない。
こういう見世物は田舎じゃなかなかないからなぁ。
たまに旅の一座なんかが回ってきたりもするけど、そんなときは町中大騒ぎだ。みんなではしゃぎまくるって意味で。
「はい、エステル」
「え? あ、ありがとう」
いつのまにか隣にいたジルに、何かを渡された。よく見るとそれは芋を揚げたもので、この国で一般的に食べられているジャンクフードだ。
芋を潰して調味料や具と一緒にこねて、小さく丸めて揚げてから、塩やバターで味つけをする。というのがラニアでは一般的だったけど、都ではもっといろんな味があってびっくりした。
今ジルに手渡されたのは、具にチーズが入っているやつ。……好みがばれてる。
木串でいただきながら再度音楽に聞き入る。さっき買っておいた飲み物もあるから、もう立派に観客だ。
「第三公子と仲がいいんだって?」
音楽に聞き入っていたわたしの気を引くように肩を軽く叩いてから、ジルは言った。
このやろう、兄さまも護衛の人もいるところで何を聞くんだ。
一応声はひそめているし、目の前で演奏されているから内容までは聞き取れないかもしれないけど。
「……別に、普通ですが」
「普通、ね」
ジルは一つ息をついて、複雑そうな顔をした。
これ以上話を続ける気のないわたしは奏者に目を戻す。
「エステルはずるいな。僕ばかり、こんな気持ちにさせて」
吐息のようなささやかな声が耳に届く。
ジルの視線を感じる。そっちを向いてなるものか。だって、どんな瞳を向けられているか、想像がつくから。
きっとあの、熱をはらんだ瞳。わたしをむりやりひっぱるような、青信号。
絶対に、渡ったりなんかしないんだから。