都に着いた次の日、大公さまに謁見する機会を得た。
といっても家族みんなでだから、わたしなんて父さまと兄さまのオマケみたいなものだ。
「アレクシスとエステルといったか。シュア家の子らの奇才ぶりは話に聞いているぞ」
「もったいないお言葉です」
父さまはにこやかに返す。親バカ炸裂だ。
大公さま、話に聞いているってなんですか。どんな話ですか。
片田舎の卿家の子どもの話なんて、いったいどこでどうやって聞くっていうんですか!
もしや父さま、国への報告ついでに子ども自慢とかしていたりしないよね? さすがにそれはないと信じたい。
「私の子と年も近い。二人とも、ぜひ仲良くしてやってほしい」
大公さまの言葉に、わたしは内心で思いっきり拒否した。
フラグ? これはフラグなの?
第二公女が兄さまの三つ下、第三公子がわたしの二つ上。何このちょうどよすぎる年回り。
二人とも今この場にもいるけれど、ぶしつけに視線を向けるわけにはいかない。
「私でよければ喜んで」
「光栄なことにございます」
兄さまに続いて、わたしも礼をした。
絶対王政じゃないとはいえ、所詮は辺境の貴族に拒否権なんてない。いや、実を言うとないわけじゃないんだけど、小心者のわたしに行使できるはずがない。
大公さまもただ純粋に、子どもの友人になってほしいだけかもしれないし。
裏のありそうな笑みを見ると、そうとは思えないけど。
やっぱり狸だったか……と、わたしはつきそうになったため息をなんとか飲み込んだ。
* * * *
「俺はおまえと仲良くするつもりなんてないからな」
仲良くしてほしいと言われた対象は、わたしの顔を見て一番に、そんな友好的とは程遠いことを言ってのけた。
第三公子リュシアン・カル・プリルアラート。赤みの強い金髪に金色の瞳で、豪華な色にふさわしく容姿端麗。加えて十四歳のわりには背が高い。
外見だけなら百点満点なのに、中身で大幅に減点だ。
謁見が終わって、昼過ぎにわざわざわたしを訪ねてきた公子さまは、何がそんなに気に入らないのか、すごく不機嫌そうに顔をしかめている。
「あら、わたしが何かご不況を買うようなことでもいたしました?」
「そうじゃない。これ以上候補を増やされるなんて勘弁してほしいだけだ」
苦々しく告げられた言葉に、それで態度が悪いのかとわたしは納得した。
現在第三公子には婚約者がいない。大公の言った“仲良く”というのは、そういう意味とも捉えられる。
どうやら公子さまはお相手選びに辟易しているようだ。媚びを売られるのが嫌いなのか、女の醜い争いを見てしまったのか、なんにせよたしかに楽しくなさそうだとは思う。
……そういえば第二公女にはもう婚約者がいたはずだけど、兄さまと仲良くしても大丈夫なんだろうか。まさか乗り替えとか、ないよね?
「わたしは公子さまの伴侶にふさわしくありません。そんなものになるつもりはありませんので、ご安心ください」
もちろんそんなフラグを立てるつもりのないわたしは、きっぱりと言いきった。ふさわしくないと殊勝なことを言ったすぐあとに、そんなもの、と強調して言うのはもちろん嫌味だ。
これには公子さまも少し驚いたようだった。
けれどすぐに不機嫌そうな顔に戻るあたり、警戒心は強いみたい。まあそうじゃないと王族なんてやっていけないだろう。
「信用ならない」
「ではどうすればよいでしょうか?」
「別に、父の言葉を真に受けなくたっていいだろう。俺のことは放っておけ」
話はこれで終わりだ、とばかりに公子さまはわたしから目をそらす。
「それはできません。わたしにもわたしなりの矜持がありますので」
「……面倒くさいやつだ」
公子さまはため息を一つつく。本当に心から面倒くさいと思っているのがわかる。
望むところだ、とわたしは覚悟を決めた。
なんとなく、大公さまが何を思って『仲良くしてほしい』なんて言ったのかがわかる気がしたからだ。
たぶん、かたくなでツンケンした公子さまをどうにかしたいんだろう。
たしかに警戒心は必要だけれど、だからってこんなにわかりやすくそれを表に出していたら逆に危うくもある。
もうちょっと性格を丸く、そして強かになれれば、我欲あふれる王宮でも生きやすいんじゃないだろうか。
そういう賢さを、あの狸の大公さまはわたしから学ばせようとしたんじゃないかな。
何しろわたし、猫っかぶりっぷりは前世よりみがきがかかっているから。
「公子さまも充分面倒くさい方だと思いますよ」
「しかも失礼なやつでもあるのか。最悪だ」
「公子さまほどではありません」
にっこり笑顔で言うと、公子さまは嫌そうに眉根を寄せる。
「愛称を呼ぶことを許す。公子さまなどと、おまえにへりくだられても気持ち悪いだけだ」
正直な人だなぁ、とわたしは変に感心してしまった。
よくそんなまっすぐな気性のまま、王宮で生きてこれたなと思う。
これも平和な小国だから許されることなのかもしれない。
「では、リュシアンさまと」
「愛称で、と言ったはずだが」
「候補として扱っていると見られたくないのでしたら、このくらいが妥当だと思われますが」
わたしが敬称をつけて呼んだのは、ちゃんと公子さまの『これ以上候補はいらない』という願いを受けてのものだ。
愛称でなんて呼べば、公子さまにとってもわたしにとっても少し面倒なことになる可能性がある。だからこその敬称呼びだ。
ちなみに王族にはファミリーネームの前に、男ならカル、女ならメル、とつく。これは嫁いだり臣下に下っても変わらず、王族ですよっていうマークみたいなものだ。
「……それもそうか」
数秒ほど考え込んで、公子さまも納得したらしい。
公子さま改めリュシアンさま。さて、これから大公さまの思惑どおり“仲良く”できるんだろうか。
とりあえずは、フラグにはならなそうで一安心だ。