二十一幕 ちょっとした意趣返し

 エレナさん改めエレさんとは、普通に仲良くなった。
 次のガーデンパーティーのとき、エレさんは子どものときに使っていたという髪飾りをくれた。
 たしかエレさんには四つ下の妹がいたはず。その子にあげなくていいの? と聞くと、好みじゃないと言われたそうだ。エシィと違って生意気なのよ、と笑っていた。
 いやいや、わたしだって充分生意気ですよ、と言ったら、かわいげのある生意気さなら大歓迎よ、だって。どう違うんだろう?

 まさかジルを好きな人と友好関係を築けるとは思ってもいなかったから、ちょっと戸惑ってもいる。
 でも、自分から交友範囲を狭めてしまうのはもったいない。
 仲良くできるうちは仲良くしているほうが何かとお得な気がする。
 というか、ジルのせいで仲良くなれない人がいるっていうのは腹が立つからね。若干名いるんだけども。



 そして迎えたジルの誕生日、の数日後。
 イーツ家のガーデンパーティーに来ました。

 今まで我が家でのガーデンパーティーのことしか出ていなかったけど、他の家でもたくさん開かれていたし、わたしも何度も行っている。
 わたしの母がお菓子作りが得意だからという理由で、一番多く開催している気がするけどね。
 イーツ家で開かれるガーデンパーティーには、実はそんなに来たことはない。
 ジルの同年代が多く集まるから、わたしが行っても年上ばかりなんだ。
 イーツ家のご当主さまや奥さまの友人の家族もいるから、違う年代がいないわけじゃない。わたしが行く場合も、母さまの子どもだからって感じだ。

 イーツ家の奥さま、アンジリーナさんと話している母さまの隣で、わたしは紙でできた花束を持ってぼーっとしていた。
 完成形、エレさんに見せられなかったな。写真を取ったからそれで勘弁してもらおう。

「ようこそ、エステル」

 ジルはわたしの姿を見つけるとすぐに寄ってきた。
 他に同年代の友人が何人もいたのに、友だちがいのないやつだ。
 いつもわたしを優先してばかりいて、変に思われたりしないんだろうか?

「こんにちは、ジル。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。プレゼントは、それ?」

 わたしが手に持っている紙の花束を指さして、ジルは聞いてくる。

「はい、お花です。ちゃんと“物”ですよ?」
「なるほど、考えたね」

 イーツ家の奥さまの目の前なので、勝ち誇ったような顔をしたいのを我慢する。
 ジルから罰としてリクエストされた誕生日プレゼント。しかも条件は、花でもなくお菓子でもない、物。
 身につけるものと言われなかっただけマシだけど、そんなリクエストをしたら外聞を理由に拒否されるとジルもわかっていたんだろう。
 勝負は勝負。敗者のわたしは条件を飲みながらも、少しでも抗いたかった。
 まだ子どものわたしが何を贈ったって別に誰も気にしないだろう。当日でもないんだからなおさら。
 これが大人だったら、当日以外に物を贈るのは、プロポーズできるほどの仲ではないけど意識してもらいたい場合にする行為だったりもするので、話は別なんだけど。

 子どもだから大丈夫、という一般論に甘えたくなかった。
 ……というのは建て前で、単にジルにちょっとした意趣返しがしたかっただけだったりする。

「エシィちゃん、すごい。器用なのね」
「ありがとうございます」

 アンジリーナさんに褒められて、わたしは上機嫌でお礼を言う。
 黄色と白の花に、茎と葉っぱはちゃんと緑の折り紙で作ってある花束は、わたしの自信作だ。
 思っていたよりも上手に作れたから、ジルにあげるのがもったいなく思っちゃうくらい。

「はい、どうぞ」

 ジルに笑顔で花束を差し出す。
 何を思ったのか、ジルは花束を通り越して、わたしに手を伸ばしてくる。
 え? と思っているうちに、わたしはジルに抱き上げられていた。

「どうせくれるなら、この花ごと欲しいな」

 ……いつもながらキザなセリフがよく似合うことで。
 抱き上げられたことで動揺しそうになったけど、その言葉に逆に冷静になれた。

「どの花だか知りませんが、わたしの作ったお花がいらないなら遠慮なく言ってくださいね。持って帰りますから」
「いらないわけがないよ。エステルが一つ一つ丁寧に作ってくれたものなんだから」
「他の人にも手伝ってもらいましたけどね」
「関係ないよ。エステルからの贈り物ってことが重要なんだ」

 わたしを見つめるジルの青緑の瞳は、いつにもまして甘ったるい。
 母親の前で子どもを口説くジルの神経が信じられない。
 母さまとアンジリーナさんは二人して、あらあら、なんて言っている。
 奥さま、養子とはいえあなたの息子さんですよ。ロリコン疑惑が浮上していてもいいんですか?

「でしたら早く受け取ってください。わたしの気が変わる前に」
「エステルは恥ずかしがり屋だね」

 誰が!! と声を荒らげたくなったけど、我慢我慢。
 目の前には母さまもアンジリーナさんもいるんだから。

 わたしが衝動を抑えているのをわかっているのか、ジルは苦笑して、わたしを下ろす。
 元に戻った身長差にほっとしながら、わたしはもう一度花束を差し出す。
 ジルは今度はちゃんと受け取った。

「ありがとう」

 ふわりと、やわらかな笑みをジルはこぼす。
 ここ一年くらいで、たまに見る表情だ。
 甘ったるい、色気のある笑みよりも自然に見えて、なんとなく落ち着かない気分になる。
 どういたしまして、と小さく告げると、やっぱりその笑顔のまま、ジルはわたしの頭をなでた。
 さっきといい、こういう触れ合いも、少しずつ増えている気がする。
 正直、反応に困る。子どもだから下手に避けるのも変だろうし、だからといって素直に甘えられる相手でもない。
 結局はなされるがまま。これでいいんだろうか、と思わなくもない。


 いつまで、この関係は続くんだろうか。



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