十二歳になっても、特に変わったことはない。
強いて言うなら、棚の奥に隠したプレゼントが三つになったくらい。
九つのときにもらったブレスレットと、似た意匠の髪飾り。
わたしの瞳の色と同じスミレ色の宝石でできた小さな花は、一度もわたしの頭で咲くことなく、箱の中にしまったまま、棚の奥で眠っている。
捨てられないものというのは、扱いに困る。
誰の目にもとまらないようにと奥に奥にしまっておくことしかできない。
……わたしが抱えている想いと、同じように。
重いなぁ、と思う。
自分が抱いている恋心が。
ジルの想いが重い、と前に思ったことがあるけど、わたしだって負けていないんじゃなかろうか。
五歳のときからもう七年近くになる。エステルとしての人生の半分以上を兄さまを想って過ごしている計算だ。
捨てられるものなら、とっくに捨てていた……というのは、ただの言い訳にしかならないとわかっている。
つらくなるとわかっていて、想い続けたのは自分。選んだのは自分。
外的要因、つまりは兄さまに好きな人ができたり婚約者ができたりで失恋することを望んでいたんだけれど、今のところその気配はない。
二十にもなって初恋すらまだなんて、ちょっとやばいと思います兄さま。
それともわたしが早熟なだけ? 全然嬉しくないけども。
そろそろ、兄さまに気づかれていそうで怖い。
隠している想いを、隠しきれていないような気がして、身動きがとれなくなる。
もういっそのこと、玉砕したほうがいいんだろうか。
何度もそう思っては、でもやっぱり言葉にしてはいけないと、自分を抑えることのくり返し。
膠着状態のわたしの心情をよそに、その知らせはやってきた。
「都に、ですか?」
父の書斎に呼ばれたわたしは、すでにそこにいた兄さまと父さまの話を聞いた。父さまの隣には母さまもいる。
「ああ、大公様がそろそろ顔を出せと仰せだ。卿としてきちんと役目を果たせているか、確認するためにな」
父さまの話に、わたしはふむ、と一つうなずいた。
抜き打ちチェックということかな。こっちから出向くわけだけど。
いずれ都に行くことがあるかもしれないとは、ずっと前から思っていた。むしろ予想より遅かったくらいだ。
「エステルにとっては初めての都だ。観光のつもりで一緒に来るといい」
父さまの緊張感のない言葉に、わたしは瞳をまたたかせる。
「そんなに気楽でいいんですか?」
「ああ、そんなものだよ。大公様も親しみやすいお方だよ」
親しみやすい、ねぇ?
国主さまがそんなんでいいんだろうか。いや、もしかしたら狸なのかもしれない。
たしかにプリルアラートは小さな国だけど、大国と渡り合っていくのにただの好々爺ではダメだろう。まだ爺っていうほどの年じゃないってツッコミは置いといて。
それにしても、大公さまのことを話すってことは、わたしも挨拶しなきゃいけないってことなのかな。
うわぁ、面倒くさい。権力には関わりたくないのに。
……今さらなのはわかってるよ? 卿家だってそれなりの権力は持っているんだからね。
でも、大公さまともなれば特別だと思う。目をつけられないように気をつけなくちゃ。
「大公妃様のお茶会にエステルも一緒に行きましょうね。とてもおいしいお菓子を食べられるわよ」
母さまもにこにこと笑顔でそんなことを言った。
おいしいお菓子という言葉に、隣の兄さまの目の色が変わった気がする。気のせい、なわけはないよね……。
大公妃様のお茶会にお呼ばれするような立場なんだなぁって、ちょっと驚き。
貴族だとか卿家だとかといっても、ラニアはすごく辺境の領地だから、自覚がなかった。
「前回はエステルが二歳のときで、連れて行くこともできなかったからな。大公様もぜひにと言っているんだ。もしどうしても行きたくないというなら、父や母と留守番していてもいいが……」
……え? 大公さまが、わたしを連れてこいって言っているの?
それならわたしたちに選択肢なんてないようなものじゃないんだろうか。
父さまはわたしの意思を尊重してくれるつもりでいるみたいだけど、長いものに巻かれるわたしには、拒否できるわけがない。
それに、別に行きたくないというわけでもないし。
「わかりました。わたしも連れて行ってください。これも経験と思うことにします」
何があるかわからないけど、都がどんなところだか興味はある。
ラニアは穏やかでいいところだと思うけど、やっぱり田舎だ。きっと都には見たこともないような物や、もしかしたら前世で見知ったものなんかであふれているかもしれない。
片田舎の領地から出たことないわたしとしては、貴重な外の世界を知れる機会だ。
いつもと同じように大人しくしていれば、別に騒動に巻き込まれたりもしないはず。
ただ、何かしらの予感はあったと、あとになってみれば思う。
都でもたらされる変化と、都で知ることになる真実。わたしの勘は、正常に作動していた。