十一歳になった私は、またジルにプレゼントをもらうことになった。
去年が花だったから今年も、なんてそううまくはいかないものらしい。
渡す場所を考えてくれるのは、ありがたい。
けど、できることならわたしの年齢のほうを考えてほしいと思うのは、当然のことだよね?
もらったネックレスは、一昨年のブレスレットと同じように、棚の奥底に隠した。
アクセサリーというのは繊細なものだ。本当はちゃんと保存したほうがいいんだろうけど、そんな気を配れるほどわたしは優しくない。
もしかしたら、箱の中で金属が悪くなってしまうかもしれない。
それでもプレゼントを箱から取り出すのも、ちゃんと手入れをするのも、抵抗があるというか……はっきり言うなら嫌だ。もらいたくてもらったものでもないのに。
結局問題は先送りで、いつかジルが贈ってこなくなるまで、きっと放置状態のプレゼントは増えていくんだろう。
春が過ぎて夏も終わって、肌寒くなってくると秋を感じる。
この国は前世の日本ほど四季がはっきりとはしていないけれど、それでも『秋の音が聞こえる』ような気がする。
食欲の秋、ということで、今日のガーデンパーティーには母さまの新作スイーツが並んでいた。
小さいふわふわの蒸しケーキ。それ自体は素朴な味なんだけど、母さま特製のソースが数種類あって、どれをつけてもおいしい。
わたしとしては柑橘系のソースでさっぱりいただくのがおすすめだ。
さっき、兄さまがホイップクリームを大量につけて、友だちに茶化されていたのを見た。照れる兄さまはすっごくかわいかった。
ところで、好きな人がいる女性というのは、えてして感情的になりやすい。
男性だってそうかもしれないけど、女性はさらにその傾向が強い気がする。
そして、女性というものは感情的になっても、けっこう狡猾なものだ。
周りを味方につけたり、好きな男性には気づかれないよううまく立ち回ったり。
前世でもそういういざこざは聞いたことある。
三角関係の果てに、相手の子を上手に追い落としたり。
学校のアイドルまではいかなくても、人気のある男子に好かれている子を集団で吊るし上げたり。
おお怖い、と話を聞くたび思った。
かわいそうに、とは思いながらも、巻き込まれたくないというのが正直なところだった自分はずるいけれど、それが普通だろう。
で、なんで急にそんな話をしているのかというと。
世界が変わってもそういうパターンって変わらないもんなんだね、ということだ。
「エシィちゃん?」
ガーデンパーティーで、リゼと一緒にいたわたしにそう声をかけてきたのは、一見おしとやかそうなきれいな女の人。
記憶が正しければ、エレナ・リーヴスフレイ、今年で十八歳。卿家であるリーヴ家の次女だったはず。リーヴ家は三人姉妹で、みんな美女で才女だって聞いたことがある。
きれいな人に、にこやかに声をかけてもらって、悪い気はしない。
それがわかりやすくジル関係の問題をぶら下げてきていなければ、の話だけど。
ジルが来ていない日を狙って声をかけてくるんだから、抜け目ないなと思う。
「なんでしょうか、エレナさん」
それほど仲の良い人でもなかったので、名前に敬称をつけて呼ぶ。
ちなみにエレナさんが愛称に敬称をつけたのも、間違ってはいない。親しみを込めつつ敬意を払っている、という感じで、仲良し度的には愛称呼びと敬称つきの呼び方の間くらい。
「これは何をしているのかしら?」
エレナさんはテーブルの上を見て聞いてきた。正確にはテーブルの上に広がっている紙を見て、かな。
「折り紙、です。正方形の紙を折って、花や動物などの形にするんです」
この世界に折り紙そのものはなかったけど、図画工作などは普通にあるので、子どもたちはみんなすぐになじんだ。
中には自分で新しい折り方を作っちゃう子もいて、前世の記憶がおぼろげなわたしといい勝負だったりする。
今日はガーデンパーティーに折り紙を持ち込んで、贅沢にも青空の下で紙の花を量産中です。
さっきまで他の子たちもいたんだけど、ずっと同じものをわたしが折っているからつまらなくなったらしくて、どこかに行ってしまった。
「まあ、器用なのね。かわいらしいわ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとう……です」
褒めてもらったら笑顔でお礼は基本だ。
リゼは恥ずかしそうにうつむいてしまった。人見知りっ子だからね、しょうがない。
「何かご用事ですか? お茶でしたらあちらのテーブルに行くといいと思います。今日は母さまの新作のお菓子がありますよ」
紙を濡らしちゃわないように、このテーブルは折り紙専用だ。
「あら、それも気になるけれど、私はあなたとお話したいわ」
「お話、ですか?」
「そうよ、あなたとはずっと仲良くしたいと思っていたの」
「ありがとうございます、うれしいです」
どうだか、と内心では思いつつ答えた。
それよりもさっきからリゼがそわそわしているのが気になる。
エレナさんが用があるのはわたしらしい。きっと身の置き場がなくて困っているんだろう。
「リゼは母さまのところへ行っていて?」
「エシィ……」
リゼなりに感じるものがあるのか、単にわたしと離れるのが寂しいのか、リゼは不安そうな顔をしている。
大丈夫、というように笑いかけると、やっとリゼはうなずいて、母さまのところに行ってくれた。
実際、大丈夫だと思う。まさかわたしの家でわたしに危害を加えたりなんてしないだろうし。
ありえないわけじゃないけどね。実際、ジルのせいで悪口くらいなら言われたことが何度かある。
これ、わたしがもう少し年が上だったら、危なかっただろうなぁ。
子どもだから、このくらいですんでいるんだと思うと、喜んでいいのか困るところだ。
子どもじゃなかったらジルに目をつけられることもなかったかもしれないんだから。ロリコンだったら、の話だけど。
「エレナさん、お話ってなんですか?」
「なんでもいいのよ、あなたと仲良くしたいんだから」
隣に座ったエレナさんに早速聞くと、予想外の答えが返ってきた。
てっきりそんなの口実だと思っていた。
口実ではあるのかもしれないけど、エレナさんはわたしと“正しい意味で”仲良くする気があったらしい。
そっか、懐柔する作戦か。
子ども相手にチクチク嫌味を言うお嬢さま方よりはずっと利口だ。
わたしはジルとの仲を取り持つつもりはないけど、邪魔をするつもりもない。
「これは花、よね?」
エレナさんは黄色の折り紙でできた花を一つ手に取る。
「そうですね。花をたくさん折って、花束にしようと思っています」
「誰かにプレゼントでもするのかしら?」
「はい」
「誰にか、聞いてもいい?」
「ジルベルトさんです」
慎重に、わたしは答えた。
ここで口ごもったら、何か思うところがあると思われる危険性がある。
愛称で呼ばなかったのは、エレナさんを刺激しないようにするため。
エレナさんは少し驚いたみたいだけど、すぐに納得したようだ。もうすぐジルの二十歳の誕生日だから。
本当はプレゼントなんて用意するつもりはなかった。今まで送ったこともなかったし。
それがなぜプレゼントを作るはめになっているのかというと、この前のガーデンパーティーで、ちょっとしたお遊びの賭け事に負けたから。勝者のジルが望んだのは、敗者のわたしからの誕生日プレゼント。
もちろん、当日に贈ったりはしない。たとえ身につけるものじゃなくてもね。
ジルの誕生日の数日後に、イーツ家でガーデンパーティーがあるから、そのときに贈るつもりでいる。
「私ね、ジルが好きなの」
「そうなんですか、お似合いです」
唐突な言葉にも、わたしはすぐに反応した。心からそう思っているような笑顔で。
知っています、とはもちろん言わない。
次に続く言葉はなんだろうか。
わたしを罵倒するもの? わたしを牽制するもの? それとも……。
「だからね、彼のお気に入りのあなたとも仲良くできたらなって思って」
にっこり。エレナさんは完璧な笑みを浮かべていた。
可憐で女の子らしい。でも少し女性としての色気も感じるような。
落ち着いたセピア色のストレートヘアーが、大人っぽさをかもしだしているのかもしれない。
同性なのに、思わずドキッとした。
「お気に入りというわけじゃありませんが、エレナさんと仲良くできたらうれしいです」
わたしも敵うわけないけどにっこり笑顔で返した。
美人さんだしね。計算高いところも、そのわりにこうして正面からわたしとお話してくれるところも、好みだ。
むしろジルにはもったいない気もするなぁ、エレナさん。
「花束、一緒に作りませんか? お花がたくさん必要なんです」
親交の証に、とわたしはエレナさんを誘った。
エレナさんはぱちくりと瞳をまたたかせる。
「……私の作ったものも混ぜて贈るつもりなの?」
「はい、リゼにも手伝ってもらいましたから」
それがどういうことか意味を察したのか、エレナさんはぜひにと言った。
わたしからのプレゼントを、ジルは絶対に受け取る。何しろ彼のリクエストなんだから。
エレナさんが折った花も一緒に贈るということは、エレナさんのプレゼントをジルが受け取って、部屋に飾るということ。そうジルは言っていたからね。
たとえプレゼントのたった一部でも、それは嬉しいことだろう。
この人かわいいなぁなんて思いながら、折り方を教えた。
自分で贈っても、断られはしなくてもたぶんそこまではしてくれない、とエレナさんはわかっている。
実はわたしが誘ったのは、エレナさんを試すためでもあった。
わたしがしたことは、ライバルからのお情けとも捉えることができる。
これで逆上するようなら、仲良くはできないだろうな、と思っての誘い文句だった。
協力は、するつもりはない。こういうのは本人ががんばるものだと思うから。
でも、これくらいならいいよね?
何はともあれ、きれいでかわいらしいお姉さまができました。