当たり前ですが逃げられるはずもなく。
ガーデンパーティーです。パーティーといってもそこまで大きくありません。家族の友人を呼んでのもの。
この国では月に数回、こういった集まりがあるのが普通だ。奥さまの井戸端会議みたいなもの?
わたしや兄の同年代の人が、家族で来ている。よくあるあれです、友だちと書いて顔見知りと読む“オトモダチ”。
両親のちゃんとした友人や、その子どもたちもいます。……そして、あいつも。
あいつから逃げるためには同世代のお友だちと遊べばいいのはわかっているんだけど。
目の前できゃいきゃいとはしゃぐ、前の世界なら幼稚園児のみんなを眺める。
遊び方は世界が変わってもあんまり変わらないらしく、かけっこやらかくれんぼやら、女の子はごっこ遊びやらしている。
記憶のあるわたしからすると、同年代はかわいらしいとしか思えない。
もう少し育ったら一緒に大人しく本でも読めるお友だちが欲しいな。
早々にお友だちの輪から抜けてきて、母にお茶をたかる。
侍女もいるけど、この家の人間はみんな、身の回りのことは自分でできる。そして母さまのお茶はすごくおいしいんだ。
「やあエステル、こんにちは」
四歳のわたしには少し大きい椅子に座ってお茶を飲んでいると、横から声をかけられる。
むっとしながらわたしは振り返った。
そこにいたのは、わたしの天敵のジルベルト・イーツミルグ。彼も卿家の子息で、兄の同い年の友人で、変人。
金色にも近い銀髪に、水色っぽい緑の瞳。むかつくぐらいの美形。
「名前でよばないでください」
「エステル、こんにちは」
「……名前」
「エステル?」
「……はぁ。こんにちは、ジル」
今日も負けた!
会うたびに同じやりとりをしているわたしもわたしだけど、毎回丸め込もうとするジルも相当しつこい。
名前の呼び方くらい、あきらめればいいのに。
なんでそんなに名前にこだわっているのかというと、この国のしきたりにある。
この国では敬称をつけずに名前を呼ぶことは、すごく親しい仲だけに限る。例えば家族や親友や、恋人。
普通の友だちは愛称やミドルネームで、知り合い程度だと名前に“様”や“さん”などの敬称つき。交流のない人だと家名とか、ファーストネームを出さない呼び方。
つまり、エステル>(越えられない壁)>エシィ>エステル嬢やエステル様>シュア家のご令嬢だとか、となるわけだ。
……わかりますか、わたしが名前呼びを嫌がっている理由が。
そう、『おまえ恋人でもなんでもねーだろ!!』と言いたいわけです、わたしは。
「ジルベルトと呼んで、といつも言っているのに」
「よびません」
「残念だな」
残念だな、じゃない!
エステルと呼ばせるのを許容して、ジルベルトと呼んでしまったら、それこそ“そういう関係”ということになってしまう。
ジルと呼ぶのだって本当は嫌なのに、ほとんどむりやりそう取りつけられたんだ。これ以上は譲歩しない。
わたしは、まだ四歳。将来のお相手を決めるのには早すぎる。
もちろん名前を呼んだからってすぐそうなるわけじゃない。年の差もあるし。
けれど候補にくらい入ってしまうだろう。というかたぶん、ここにいる時点ですでに入ってるんだけど。
「ジル、わたしはあなたにあそんでいただかなくてもお友だちはたくさんいます。あなたも兄やほかのお友だちとお話すればいいんじゃないでしょうか」
こんな変人とどうのこうのなんて嫌なので、わたしも色々と画策する。
ずばり、今回は『あんたなんかお呼びじゃないのよ計画』。
そのままだってツッコミは不可です。
これ、自信家な人には特に効くと思うんだよね。
二度とおまえなんかかまってやるか! って普通ならなるんじゃないかな。わたしでもむっとすると思う。
ジルと同年代の人も、わたしのお友だちほどじゃないけどここにはいた。
子守りに回っていたり、兄さまや他の人たちと話し込んでいたり。
あ、今見たら兄さまは友人の一人と木剣で軽く試合をしていた。
茶色っぽい金髪が動くたびキラキラしている。わたしと同じスミレ色の瞳は真剣そのもの。美形は何をしても様になるなぁ。
「僕は、エステルと一緒にいたいんだ。ダメ?」
「あなたのお友だちがさびしがりますよ」
「心配してくれるんだね、エステルはいい子だね」
そう言ってジルは頭をなでてくる。
ちっがーう! と叫べたらよかったんだけど。
わりと近くに母さまもいるし、心配かけたくない。
最近まで心配かけてばかりだったのもあって、いい子ちゃんでいたいと思ってしまう。
それもわかった上での発言だったりしたら、ジル恐るべし、だ。
「そんなことばかり言っていると、かんちがいされますよ」
わたしがにらみつけると、ジルは面白そうな笑みを浮かべる。
「何を?」
「言わなくてもわかるでしょう」
ジルの言動は、わたしを“そういう相手”として考えている、と勘違いされかねない。
まだわたしが四歳だから、友だちの妹がかわいいのね、ですんでいるんだと思う。
ジルは兄と同じ十二歳。そろそろ、相手が決まってもおかしくない年齢だ。
というより実のところ、お友だち同士で集まるこういう会は、長期的なお見合いみたいなものだったりする。
だからジルと一つ二つしか違わないご令嬢が、さっきからこちらをチラチラ見ていたりもして、面倒くさい。
そんなに気になるならここから連れ去ってくれればいいのに。
「別に、勘違いなんかじゃないんだけれど」
「じょうだんはほどほどにしてください」
「冗談でもないよ」
にこ、と邪気のない笑顔を向けてくるジル。
何を考えているのか、全然わからない。
本当、兄さまはどうしてこんな人とお友だちなんだか。
友と書いてただの知り合いと読む、っていう上辺だけの関係じゃないんだ。親友って言っていいくらい仲がいいらしいんだ。
あの兄と普段どんな話をしているのか、まったく想像がつかない。むしろ会話続くの?
そんなことを考えながら兄さまを見ていたら、彼がこちらに気づいて走り寄ってきた。
「ジル、おまえもやらないか?」
木剣を持ち上げながら、ジルを誘う。
ナイスです兄さま。このままどこかにやっちゃってください。
「ごめんね、アレク。今日はエステルといたい気分なんだ」
どんな気分ですか、それ!!
しかもわたしはエステルなのに、親友のはずの兄さまのことは愛称呼び。兄はアレクシス。無駄に特別扱いしなくていいから!
全力でつっこみたい。むしろどつきたい。
ああ、でもだめ、いい子にしてなきゃいい子に。
何も言えない分、兄さまこいつ連れて行っちゃって、という思いを込めて兄を見つめる。
兄さまはわたしの気持ちを正確に読み取ったのか、困ったように眉根を下げて、
「がんばれ」
と言葉を残して去って行ってしまった。
兄さまひどいー!