三幕 兄さま、教えて

 なんだかんだで、わたしも五歳になりました。

 誕生日は今までで一番盛大だった気がする。覚えているのは三回分だけだけど。
 三歳のときはまだわたしが危なっかしくて、三歳になれてよかったねーって感じだった。
 四歳のときはもう落ち着いてはいたけど、家族にはまだ少しおっかなびっくりな空気が残っていた。
 今回、本当に大丈夫だって家族も納得したみたいで、すごく大きなケーキとか作ってもらった。
 ちなみにわたしは一月の初めごろの生まれだ。少し寒いけど、空気のきれいな季節。

 舞踏会でも開くのかってノリだった両親を止めて、家族水入らずで過ごしたいっておねだりしたわたしは正しいと思う。
 もちろんそんな大事にしたくなかったというのもあるけど、一番はジル対策。
 先に家族水入らず、と恥じらいながらも全力でおねだりしたわたしの完全勝利です。やったね!
 まあそのぶん前日に来られたんだけどね。おめでとうって言って髪にキスまでされたんだけどね。くそう。
 本当にそろそろシャレにならないと思う。誰かあの変態を止めてください。

 で、話は戻って最近のことなんだけれど。
 なんだか兄さまの様子がおかしい。

 まず、よく目が合う。
 それだけかって言うかもしれないけど、よく目が合うということはよくわたしを見ているということ。
 かと思えば、わたしと目が合うとすぐに気まずそうに視線をそらしてしまう。
 最初は異性の血縁を意識したり避けてしまう思春期特有の行動パターンかとも思ったんだけど、母にはそんな様子は見せないし、何より五歳児じゃね。

 それに、意識している、というのともなんだか違う。
 ただ見ているだけなんじゃなくて、何か言いたいことがあるような、聞きたいことがあるような感じに見える。
 どう伝えていいかわからなくて、ためらっている、みたいな。
 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに、とわたしは思うけど、寡黙な兄さまには難しいのかもしれない。

 ということで、真正面から突撃しようと決めました。
 向かうは兄さまの部屋。二人っきりで、腹を割って話しましょうか。



「兄さま、何かわたしに言いたいことがありますね」

 はっきりとした断定形。
 こう言われると、つい勢いで肯定しちゃうかな、と思ってのこと。
 兄さまは驚いたように目を見開いた。

「わたし、兄さまが困るようなことをしましたか? もしそうならちゃんと言ってください」
「いや、そういうわけではない」
「じゃあどうしていつもわたしのことを見ているんですか? わたしがまた何かしでかさないか心配しているからじゃないんですか?」
「違う。ただ……」

 言いよどんでいるけど、あともうひと押しかな。
 こういう聞き方をしたのは、生真面目な兄さまならしっかり否定するだろうなと予想していたから。
 いけないことをしちゃったのかな? ってびくびく怯えるみたいに聞くことで、良心に訴えかけるという、子どもの特権をフルに使った作戦だ。
 違うって信じさせるためには、きちんと理由を言わなくちゃいけない。そう兄さまもわかっているはず。

「兄さま、教えてください。兄さまの言葉ならちゃんと聞きますから」

 子どもの気を張り詰めた顔って、すごく怖いよね。ちょっとでも刺激しちゃいけないような気がして。
 本当のことを言わなかったら、納得させられなかったらどうなるだろう、って不安になるはず。
 だからちゃんと答えてください、兄さま。
 あれ? いつのまにか立派な心理戦になってきてる。

「……おまえに、聞きたいことがある」

 はい、来ました。やっと言いました。
 いやー、やりきった感があるね、まだ内容も聞いてないのに。

「聞きたいことですか?」
「ああ、ずっと気になっていて、けれど聞けずにいた」
「なんでも聞いてください」

 にっこり笑顔で話しやすい雰囲気を作る。
 前世の記憶があるせいか、なんだかわたし、腹黒っぽい?
 嫌だな、それ。前世では友だちに天然って言われていたはずなのに。

「おまえは、前世を覚えているか?」

 ……心の中読みましたか?

 本気でそう思った。
 だって、普通にしていてばれるとは思わなかったから。
 そんなにわたしは疑わしい言動をしていただろうか?
 たしかに年齢よりもずっと落ち着いた子どもには見えるはず。特に前世の記憶がしっかり定着してからは。
 でも、それだけだよね? 手のかからない子ね、ですむ程度だよね?

 どうしよう、どうやってごまかそう。
 まずわたしはそう考えた。

 前世の記憶のことは、誰にも言うつもりはなかった。友人にも将来の旦那さまにも、もちろん大切な家族にも。
 危ない人認定されたくなかったから。……つまはじきにされたくなかったから。
 大切だからこそ、家族に嫌われたくなかったし、嫌われなかったとしても少しでも戸惑わせたくなかった。
 たぶん、心配されまくった一年半のことがいまだに引っかかっているんだと思う。
 もう、あんな気持ちにはさせたくないって。

「私の言葉の意味がわからないなら、それでいい。言いたくないなら、言わなくてもかまわない」

 兄さまが一句一句、わたしに言い聞かせるように話す。
 それでわたしは自分がずっと黙り込んでいたことに気づいた。あれ、時計の秒針が何週もしてる。
 さっさと、どういうことですか? って言えばよかった。黙ってたってことが、もう答えみたいなものだよね。
 とっさに答えられないくらい、動揺したってことなんだろうけど……困ったなぁ。

「わたしの答えによって、何か変わりますか?」

 困ったあげく、卑怯な質問をしてみた。
 言うとはまだ言ってないからね。答えによってどうするか決めるつもりだ。

「あまり変わらない。ただ、答えが是だった場合は私もおまえに話すことがあるというだけだ」

 答えにわたしは安心した。
 少なくとも兄さまは、急に態度を変えたりするつもりはないみたい。
 でも、わたしに話すことって、なんだろう?
 それが気になるからイエスと答える、っていうのは……違うよね。

 今さらだけど、兄さまの言葉遣いってかたいよね。十三歳とは思えない。
 私って一人称の子は他にもいるけど、ここまでかたい人は兄さまの同年代にはいない。父さまだってもう少しやわらかい。
 だからかな、すごく真剣なことがよく伝わってくる。
 五歳児だからって侮らずに、わたしの言葉を聞いて、わたしに言葉を返してくれている。

 大丈夫かも、と思えた。
 うん、ちゃんと本当のことを言おう。
 兄さまならきっと、大丈夫だ。

「わたしは前世の記憶を覚えています」

 他の意味に取りようがないくらいはっきりした肯定。
 さて、今度は兄さまの番だ。

「……そうか、やはり」
「やはり、とは?」
「ずっと前から、もしやとは思っていた。周りの子と、あまりにも違いすぎる」
「そんなに違いましたか?」

 ちょっと変わった子、くらいのつもりだったんだけどな。
 記憶はあっても、所詮は子どもの身体。言葉がたどたどしかったり、動作が危なげだったり。急に泣きたくなったり笑いたくなったりという衝動もある。
 たしかに子どもっぽくないことを考えていることは多いけど、それも気づかれていないと思っていた。

「いや、他の者から見ればそうではなかったかもしれない。だが私は自分という前例を知っていたからな」
「……前例?」

 ファッツ? 何それ?

「そうだ、私も前世の記憶を持っている。答えによって話すつもりでいたことは、そのことだ」


 エステル、ただいま五歳。
 思わぬところでお仲間を発見しました。



前話へ // 次話へ // 作品目次へ