みなさまこんにちは。
香坂 光里こと、エステル・シュアクリールです。
はい、一言で言うと転生しました。
といっても、だいぶおぼろげになっている記憶が正しいなら、元の世界に戻ってきたんだそうですが。
あのときの不思議な声との会話は、なぜか覚えています。
前世の記憶も、あいまいなものも多いけれど残っています。
普通に生きていくためには、忘れていたほうがよかった気もするんですけどね……。
すぎたことはとやかく言っても仕方がありません。
わたしが生まれた国はプリルアラートといいう、小さくてのどかな国です。
山に囲まれているという攻めにくく守りやすい地形で、隣の大国と仲がいいおかげもあって、ここ二百年ほど戦争は起きていないそうです。
君主制ではあるんですが、きちんと法律もあるので制限君主制というやつでしょうか。王様ではなく大公さま、もしくは国主さまと言います。
国は都といくつかの領地に分かれていて、都は大公の直轄地。
その他の領地を治めるトップを
公と呼びます。
公家はその領地で一番力を持っている家です。
それと、公の補佐をする
卿という人が、領地の広さや重要度によってかなり違いますが十人前後います。
公も卿もだいたいは世襲制ですが、家が衰えると大公の命によって替わることもあります。
そして、わたしはといえば片田舎の領地ラニアの
卿家の長女。兄がいるので跡継ぎではありませんが、いわゆるお嬢さまです。
そうそう、家族の紹介をしなくてはいけません。
シュアクリール家は卿家なのでたしかに家だけは大きいんですが、そもそも小国の中のさらに辺境の領地なので、そこは推して知るべしです。
政略結婚で冷めた家族だとか、外見だけは華やかに装うだとか、何それといった感じです。
両親はおまえらいまだに新婚なのかというくらいラブラブですし、祖父母は孫をとてもかわいがってくれます。
それと、八つ上の兄が一人。兄は寡黙な人だということ以外よく知りません。嫌われてはいないと思います。
今、わたしは四歳です。
思い出せる最初の記憶は二歳。それから少しずつ、前世の記憶が残っていることに気づいていって、最近やっと落ち着きました。
一年半ほど、夢を見てうなされたり、ふとしたときに記憶がよみがえって意識が飛びかけたりして、家族にはすごく心配をかけました。
特にお祖母さまの心配の仕方はすごく……怖かったです。祈祷師を呼ぼうとしたり変な薬を飲ませようとしたり。
父さまとお祖父さまがとめてくれなかったら今ごろわたし、生きていなかったかもしれません。
愛があってこその暴走だとわかっているので、いいんですけどね。
さて、他に語ることは何かあったでしょうか?
ああそうでした、いわゆるチートというものはとりあえずなさそうです。
平穏にすごしたいので、よかったと本気で安堵しました。
こんな平和なのだけがとりえな小国で、何かすさまじい力を持っていたら、あっという間に国中に広がってしまいます。恐ろしいや。
どうしても記憶がある分、落ち着いた子どもだと、頭がいい子だと思われてしまうんですが。
そこは、兄が神童と呼ばれるほどすごい子どもだったようなので、その次の子であるわたしはいい感じにかすむようです。
ありがとう兄さま、これからもその調子でよろしくお願いします。
さて、なぜわたしがこんな回想をしているのかというと。
……実は、現実逃避の真っ最中だったりするのです。
今日も、絶対、来る。兄と一緒に、あいつが。
カタコトになってしまうくらい、会いたくない人と会わなきゃいけないだろう現実から、目をそらしていたのです。
会いたくない人、というのは兄の友人。
なんで兄さまもあんな人と友だちしているのかわからないくらい、おかしな人です。
コンコン、とノックの音。
「お嬢さま、ご友人方がいらっしゃいましたよ」
……逃げちゃダメですか?