色々と問題はありつつも、月日が待ってくれるはずもなく。
わたしは十歳になった。
十歳になるからって何かが変わるわけではなくて、むしろ節目としては八歳のほうが大きい。
でも、十だよ、二桁だよ。成長したなって気にもなるよ。
精神年齢は……考えたくないけども。
身長も伸びて、百四十センチを超えていた。あと二十センチは伸びてほしいところだ。
誕生日が過ぎて、だんだん暖かくなって、学年も上がった。二年しか通わない、将来専門職になる予定の子たちが卒業して、同級生が減った。
寂しいな、と思わなくもないけど、縁が切れてなければまた会うこともある。
親しい同級生はほとんど残っていたし、一学年下にはリゼがいることもあって、学年が上がっても周囲はすぐに普段通りに戻った。
ジルは、十歳の誕生日は花を贈ってきただけだった。
というのも、ちょうどその日に出かける予定ができてしまったらしく、祝われたのが前日だったからだ。
誕生日プレゼントのプロポーズは、当日じゃないと意味がない。
別にプロポーズとしての意味を込めなければ当日じゃなくてもいいし、むしろ当日を避けるのは異性の友人にプレゼントを贈りたいときの常套手段だ。
ジルもその段階を踏んでくれていたら、あそこまで驚くこともなかったのに。
去年度肝を抜かれすぎたせいで、きれいな赤い花束のプレゼントにうっかりほっとしてしまった。
……赤い花が指す意味に、あえて気づかないふりをしつつ。
「エシィはさー、気になる人とかいないの?」
そんなことを聞いてきたのは、同級生のアーニャ・ルッキーだった。
親が定食屋を営んでいるアンは、いつも学校にお弁当を持ってきていた。
わたしも母さまの重箱みたいなお弁当があったから、お弁当つながりで友だちになれた子だ。
学校付属とは思えないオシャレなカフェは、実は持ち込みオッケーなので、いつもお弁当を持ってきて、飲み物だけ頼む。
サンドイッチにメロンソーダは合わなさそうだなぁとアンをチラ見していたら、唐突にそんな質問をされた。
「気になる人? 異性でということよね?」
「普通はそうなんじゃない?」
「……いない、かな」
紅茶を飲みながらのわたしの答えに、アンはつまらなそうに口をとがらせる。
「もったいない。エシィ、かわいいのに!」
「ありがとう。アンもきれいよ」
アンは意志の強そうなつり目が印象的で、同世代の中では背が高くて、将来はスレンダーな美人になりそうな子だった。
性格も竹を割ったようにはっきりさっぱりとしていて、一緒にいて気持ちがいい。
わたしが褒め返すと頬を赤らめるような、かわいい面もある。
数年後が楽しみだなぁ、と危ないおじさんのようなことを思った。
「あたしじゃなくて、エシィの話! エシィのこといいなって思ってる男子、多いみたいだよ?」
「そうなの? 気のせいじゃないかな」
わたしがとぼけると、アンはやれやれって感じでため息をつく。
うん、わかってはいるよ、わたしも。何度か告白もされたことあるから。
「んなわけないでしょ。好きな人いるのか聞いてって、あたしが何回言われたか」
「……えっと、ごめん?」
「別に。自分で聞けないヤツなんか相手にされないよって言い返してやったし」
こういうちょっときついところもわたしは好ましく思っている。実際言っていることは正しいし。
それにしても、アンがこういう話題を振ってくるとは、とわたしは内心で驚いていた。
前世だったら小学五年生という年頃なんだから、異性を意識していてもおかしくはない。けど、アンは男友だちも多いから、まだ興味なさそうだと思っていたんだけど。
怒ってはいないみたいだし、文句を言いたいわけじゃないんだろう。
アンは自分の感情に正直だから、もし怒っているなら、別に、なんてごまかしたりしない。
「エシィってさ、やっぱり大人だよね」
「そうかな?」
「うん、なんか違う。あたしとかはまだ異性とだって友だちでいたいから、そういうの考えないけど。エシィはもう、自分の立ち位置決めちゃってる感じ」
ギクリとした。さすがアン、鋭い。
それはもちろん、わたしは現在、叶うわけのない片思い中だし。
立ち位置なんて五歳かそこらから変わっていない。
安定しちゃいけないような形で、安定しちゃっている。
「あたしにそういう相談しても、役に立てるわけないのはわかってるけどさ。エシィが困ってたりしたら、助けたいよ」
アンの胡桃色の瞳が心配そうにわたしを見てくる。
ごはんを食べる手を止めて、わたしもアンと目を合わせた。
「ありがとう、アン。わたしは大丈夫よ」
「……エシィの『大丈夫』は信用できないからなぁ」
むう、とふくれっ面をするアンは、歳相応でかわいらしい。
そうか、わたしはそんなふうに思われていたのか。
たしかによく『大丈夫』って言葉は使う。たいてい本当に大丈夫だから。むりやりにでも大丈夫にするから。
そのむりやりさ加減がアンに信用できないと言われる理由かもしれない。
「何かあったら言ってよ。力になる」
アンの言葉に、わたしは微笑みで応えた。
許されない恋というのは、友だちと恋話ができないっていうつらさもあるんだな、と今さらに気づいた。
『実はわたし、実の兄が好きなの』
そんなこと、冗談でも言えるわけがない。
アンは誰にも言わないだろう。信用はしている。でも、そういう問題じゃない。
想いを言葉にしてはいけないから。
言葉にしたら、それで確定してしまう。動かせない事実になってしまう。
ジルに指摘されて、それでもわたしは肯定は口にしなかった。しないように気をつけた。
いつか、忘れられるようにと。想いを昇華できるようにと。
言葉にしないで、誰の耳にも届かないようにして。
そうして、きれいな初恋の記憶としてわたしの心の中だけに残せたなら、それでいいんだ。
ただ一人知られている人は、どっちでもいい、なんて無関心でいてくれていることだし。
大丈夫。ちゃんといつかはただの妹になれるから。
むりやりにでも、そうしないといけないから。
ツキン、と痛む胸は気づかないふりをした。