見つけた、とはどういうことなんだろう?
当然の疑問は、兄さまに聞いてもわからなかった。
もちろん夢で聞いた言葉そのままを兄さまに話すのは恥ずかしかったので、何を言っていたか覚えていませんか? と尋ねた。
七年も前のことだからな、と兄さまは困ったような顔をした。
何かを言っていたという覚えもない、という。
それもしょうがないのかもしれない。夢で聞いた声は、耳元でささやかれたかのようなかすかな声量だったから。
とはいっても、あの言葉自体が本当のものだったとはかぎらないんだけれども。
何しろ夢。あれが記憶を改変したものだったとしてもおかしくない。
――僕の光、って普通に考えると口説き文句だよね……。
それを自分の夢が作った言葉だとは思いたくはない。
でも、確認するためにはジルに夢の内容を話さなくてはいけない。
そっちのほうが嫌だと天秤がかたむいたので、結局わたしは夢を忘れることにした。
それよりも気になることがあったから、という理由もあった。
そしてわたしはその気になることを聞くために、またジルを自分の部屋に招待するはめになってしまった。
くそう、なんだかあっちの思うつぼなような気がしてきたぞ。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
椅子を勧めながら、早速エステルは話を切り出す。
「一つと言わずいくらでも。僕のことを知ろうとしてくれるなんてうれしいな」
「寝言は寝てから言ってください」
口説き文句がデフォルトのジルについツッコミを入れてしまう。
ダメだ、この調子だといつまでも話が進まない。
仕方ないからわたしが大人になろう。
「じゃなくてですね、その。とても聞きづらいんですけど、イーツ家のご当主さまはどこまでご存知なんですか?」
イーツ家、とはジルの生家、イーツミルグのこと。それなりに由緒正しい家は、家名が長いことが多い。それを短縮して呼ぶのは、名前を敬称なしで呼ばないようにするのと同じような風習だった。
シュアクリールであるわたしの家も、普段はシュア家と呼ばれる。正式名称を口にしないのは、言霊的な何かがあるとこちらでも信じられているからなんだろう。
で、イーツ家の当主というと、当然ながらジルの父親のことだ。
「ああ、そのこと。どこまででもご存知だと思うよ」
ジルはどこか投げやりにそう言ってのけた。
「どういうことですか」
「こんなにわかりやすく行動していて、知らないわけがないだろうってこと」
たしかに、ガーデンパーティーではほぼ毎回声をかけてくるし、誕生日も祝ってくる。こうして勉強会のあとに会っていることも、父か母を通して知られているかもしれない。
わかりやすく、という言葉に間違いはなく、むしろむかつくくらいに正論だ。
あなたのせいでしょう、と文句を言うのをわたしは必死に我慢する。
ジルがわたしを口説いていることは、イーツ家当主に知られているようだ。それなら次の問題は……。
質問が一つじゃなくなったことには気づかないふりをして、わたしは口を開く。
「反対とかはされていないんですか?」
「心配?」
「あなたの頭が心配です」
辛抱できずにツッコミを入れると、ふっとジルは笑った。
何が楽しいのか、ジルはわたしといるとよく笑う。笑われている、のかもしれないけれど。
この笑顔がまた神経を逆なでするものだったりするから、思わずわたしはしかめっ面になってしまう。
「僕から父にはっきり言ったことはないし、父も特に何も言わない。なるようになればいいと思っているんじゃないかな」
「寛大なんですね。息子がまだ九歳の子どもにうつつを抜かしているなんて、普通ならとめるでしょうに」
「エステルの評判のおかげもあるかもしれないね」
「関係あるんですか?」
「君には将来性があると思われているんだよ。今のうちに縁を持っておいて損はないと、普通なら思うんじゃないかな」
質問に正しく答えてくれたジルだけれど、その答えはあまりうれしいものではなかった。
別にあなたのための評判じゃない、と言いたい。けど、今言ったら絶対に話がずれるとわかっているから言わない。話は早くすませたい。
「年齢差だって、今は多少気になるけれど、むしろ大人になればちょうどいい具合だしね」
「多少、ですませてしまうジルがおかしいんです」
九歳を口説く十七歳というのは、ひどくちぐはぐだ。普通ならありえない。
大人になっても、八歳差はそんなに少ない差でもないと思う。
わたしが成人するとき、ジルは二十四歳。女性だったら確実に行き遅れと言われる。
その点、三十歳くらいまで結婚適齢期の男性はずるい。もちろん適齢といっても、一般的には二十五くらいまでに結婚するものだけれど。
「おかしくてもいいよ。それでも僕は君がいいんだ」
「……訳がわかりません」
ジルは真剣な表情で、わたしを見つめる。
青緑の瞳に宿る熱から逃げるように、わたしは目をそらした。
「どこが好きか、どうして好きかを語るのは、エステルが大人になってからにしよう」
子ども扱いしないで、と反射的に言いそうになって、あわてて口を閉ざす。
むしろ子ども扱いされないから困っているんだ。これ以上暴走されては大変。
どこが好き? どうして好き? たしかに、気にならないわけじゃない。だってもし夢が本当の記憶だったら、初対面の二歳児をジルは口説いたことになる。
そうじゃなかったとしても、うっすらと残っている記憶では三歳くらいのものもある。
今さらながら、ジルの異常さに寒気すら覚えた。
そんな長くて重い想いを、自分はいつか受け止めようという気になるんだろうか。
少なくとも、今は想像もできない。
ジルの瞳を見るのは怖いし、ジルの想いの深さに尻込みしてしまう。
まだわたしが九歳だから、ということを除いても、だ。
信号の色の瞳が、急かすようにわたしを見ているような気がした。