十三幕 きっとただの気まぐれ

 母さまが流産したのは兄さまの生まれる四年前だったらしい。
 そのとき生まれることのできなかった魂が、わたしたちだったとして。
 こぼれた魂が地球で生を受けて、わたしが十六年、兄さまが二十八年の時を過ごし。
 この世界に戻ってきて、まず兄さまが生まれ、その八年後にわたしが生まれ。

 ……今さらだけど、時系列がめちゃくちゃバラバラだ。

「本当に今さらだな」

 と、兄さまには呆れたように言われた。

「別に世界をまたいでいるんだ、不思議なことでもないだろう」

 兄さまとしてはわたしもそこは納得しているものだと思っていたらしい。
 いや、魂がどうのって時点で不思議すぎてもうお腹いっぱいな感じだけどね。
 けれど二人して壮大な夢を見ているんじゃないかぎり、前世のことも、次元の狭間での会話も、本当にあったことで。
 そこを疑うつもりはまったくもってない。それこそ今さらだ。
 結局、そういうものなんだって飲み込むしかない。
 世界の理だか次元の理だかなんて、わたしにわかるわけもないんだから。



「エステル、考えごと?」

 兄との会話を思い出していたわたしは、かけられた声にはっと現実に戻ってくる。
 そうだ、今はガーデンパーティー中だった。

「どうしたらあなたと会わずにすむだろうかと考えていました」
「あきらめるのが一番だよ」

 とっさに皮肉で返すと、ジルはさらりと受け流す。
 実際、会わないなんて無理だろうなとはもうあきらめている。
 兄さまの友人で、さらに次期イーツ家当主である時点で交流を持たずにいられるわけがない。
 勉強会の日に一緒に昼食か夕食を取ることもあるし、実のところ兄さまと一緒にいられる時間が減った分、彼との時間は増えている。
 悔しいけれど、あきらめも肝心だとは思っている。
 兄さまと距離を置いたほうがいいというのは、わかっているし。

「アレクのことを考えているのかと思ったよ」

 心の中を覗き見たのかというタイミングで、ジルはそう言った。
 浮かべていた笑みがくずれそうになる。耐えろ、耐えるんだわたし!

「家族のことを考えていたので、間違いではありませんね」
「そう、何かあるなら相談に乗ろうか?」
「……いえ、大丈夫です」

 思ったより誠実な言葉に、わたしは無難に答えるしかなかった。
 正直言って、面食らった。
 ジルがそんな親切を口にするとは思わなかったから。
 社交辞令なんて誰よりも似合わないような人だ。冗談の可能性はあるけれど、そういうふうには聞こえなかった。
 いったい何を考えているんだろう、この人は。

「まあ、あの人たちのことなら悩みというほどのことでもないだろうしね。心配はしていないよ」

 ジルはやわらかな笑みを浮かべる。
 家族ぐるみの付き合いだから、当然の言葉だろう。わたしだってそれなりにジルの家族の人となりは知っている。みんな穏やかでいい人たちだ。

「そうですね、ただ数日前の会話を思い出していただけですから」
「どんなものだか聞いたら教えてくれる?」
「ただの世間話ですから、人に話すようなことではありません」
「君のことならなんでも知りたいのにな」

 どんな話からでも結局は口説き文句につながるのがすごい。
 やっぱりジルはジルだ。変わり者でマイペース。さっきのだってきっとただの気まぐれ。
 たぶん、そう。

 十六にもなって、いまだにわたしを口説いてくるジルが不思議でならないけど。
 もう六年ともなれば、さすがにわたしも慣れてきてしまっていた。
 ジルがロリコンなのかどうかは知らないけど、今のところ実害もないし。
 縁が切れないことはわかっているから、ジルがちゃんとした相手を見つけるまでは、ままごと遊びのような関係を続けてもいいという気になっていた。
 単純に、わたしとのふざけたやりとりを楽しんでいるだけなのかもしれないとも思う。
 どうだったとしても、別にわたしは今までどおり過ごすだけのことだ。


 なんだかんだ言ってわたしも、この関係を悪くないと思い始めているんだろう。



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