十四幕 想定外のプレゼント

 九歳になった。
 ……やつに誕生日プレゼントをもらってしまった。

 何を今さら、と思われるかもしれない。
 けど言わせてもらおう。ジルがプレゼントを贈ってきたのは初めてだ。
 それはこの国の風習が関係している。
 異性に誕生日プレゼントを贈る、というのは、個人的なものであった場合、とても重い意味を持つ。

『あなたのこれから重ねる年を私にください』

 いわゆるプロポーズ。
 もちろん例外はいくらでもある。交流のある人たちからの家単位での贈り物は当然ながらそんなことはないし、花やお菓子など一般的で形に残らないプレゼントも除外される。当日以外に贈られた場合も。
 問題なのは、異性から、個人的な、身につける物のプレゼント。
 そしてジルが贈ってきたのは、私の年齢でも似合いそうな、かわいらしいデザインのブレスレット。

「本当は去年贈りたかったけど、あんなに人がいるところだとエステルの逃げ場がなくなっちゃうからね」

 想定外のプレゼントに絶句していたわたしに、ジルはそう微笑んだ。
 たしかにそのとおりだ。配慮はありがたい。
 ありがたいけど、そう考えられる頭があるなら、そもそも九歳の子どもに物を贈るなと言いたい。
 誕生日当日、お祝いなのでいつもより豪華なガーデンパーティーで彼は二人きりのときを狙って渡してきた。
 さわげばどうなるかわかっていたわたしは、それを誰の目にもつかないよう隠した。

 できることならつっ返したかった。全力で受け取り拒否したかった。
 でも、こういう場合、受け取らないというのは相手の面目をつぶすということで、とてもよろしくない。
 本当に二人きりならいいけれど、きっとどこかに使用人の目はあった。使用人から両親に報告される可能性は高い。
 父さまも母さまもそっとしておいてはくれるだろう。わたしが何か失礼なことをしなければ。
 受け取らなかった、なんて報告をされたら……たぶん、さすがにたしなめられる。
 だから、受け取るだけ受け取った。本当にそれだけの理由で。
 でも、ジルは「受け取ってくれてありがとう」と言った。
 何を考えているのか、本気でわからなかった。

 不幸中の幸いなのは、他の家の人には気づかれなかったらしいことだ。
 誰かに知られて噂でも流れようものなら、ジルに悪評が立つだろう。何しろわたしはまだ九歳だ。
 だからさわぐわけにいかなかったのだけれど、とっさの判断が功を奏したようでよかった。
 うざったらしいやつとは思うものの、嫌いというわけじゃない。わたしのせいで悪く言われたりするのは、やっぱり嫌だ。
 表面的には何もなかったことになっていて、わたしもこのままでいいと思っている。

 だからって、ジルに対してはこのままでいられるわけがない。



 現在、わたしの部屋でジルと二人きりでお茶を飲んでいる。
 どうしてそうなったかというと、我が家での勉強会が終わったジルを、わたしがひっ捕まえたからだ。
 わたしがお茶に誘えば、待っていたとばかりにジルはうなずいた。
 本当なら部屋に二人きりなんて、外聞はよくない。わたしがまだ子どもだからできる手段だ。
 ここなら壁に穴とか空いていないかぎり、人の目も耳もない。
 さあ、聞こうじゃないか。

「あのプレゼントは、どういうつもりですか?」
「どういうつもりも何も、そのままの意味だよ」
「……そのまま、とは」
「君のこれからの時間が欲しい、ということ」

 ジルが、決定打を言葉にした。
 ありえない。大馬鹿者だ、と本気で思う。
 たった九歳の子どもにプロポーズなんて、誰がするというのか。
 これが子ども同士ならまだ許される。親に利用される可能性は高いものの。
 でも、ジルは十七歳。もう、求婚が冗談ではすまされない年齢になっている。

「ジル、わたしは子どもです」
「そう自覚している時点で、普通の子どもよりは大人だね」

 そういうことが言いたいんじゃないのに、わかっていてジルは話をそらす。
 焦れそうになりながら、それでも普通の会話からジルの心の内が見えるかもしれないとわたしは思い直す。

「わたしも普通の子どもです」
「それは君が決めることではないよ。周りが勝手に判断することだ」
「勝手に、ですか」
「嫌そうだね」
「嫌ですよ。本人の意向も尊重してもらいたいものです」

 しかめっ面でわたしがそう言うと、ジルは声を上げて笑った。
 珍しい。こんな顔、年に何回も見ない。
 美形は表情をくずしても美形なんだな、とわたしは心中で皮肉った。

「君は、本当に子どもとして扱われたいと思っているのかな」

 面白そうに言うジルに、返す言葉に悩む。
 扱われたい、というより。

「扱われたいか、ではなく、扱われるのが普通だとは思っています」
「だったらもう少し言動に気をつけたほうがいいよ」

 図星を指されて、わたしはごまかすように紅茶を飲んだ。
 この一年学校に通っていて、色々と言われていることは知っている。
 多くはいい噂。少しのひがみもあるけれど、猫をかぶっているのもあって直接的な被害はない。
 鼻が高いわ、と母が言っていた。その調子でがんばりなさい、と父が言っていた。さすが私たちの孫だ、と祖父母が言っていた。
 わたしも見習いたいです、とリゼは褒めてくれたし、がんばってるご褒美です、と侍女はおやつを少し豪華にしてくれた。

「……わかっては、いるんですけど。兄さまも、父さま母さまも、周りの人はみんな、そのままでいいというように接してくるから」
「神童にはアレクで慣れているだろうからね。むしろ、君のほうがだいぶかわいげがある」

 そりゃあ、中身三十歳近い幼児と、中身女子高生の幼児だったら、後者のほうがマシだろう。
 女の子のほうが早熟だって一般的にも言われているし、ちょっとくらいなら『ませた子ね』ですませられる。
 ……度を越していたから、天才児とかって評判が独り歩きしてるんだろうけど。

「ジルは、わたしを子どもだと思ってないんですか?」

 ただの世間話を終わりにしたくて、軌道修正のためにわたしは問いかけた。

「大切な女の子だと思ってるよ」

 やわらかいのに、どこか熱を持った笑みで答えられる。
 わたしは少しだけ視線を落とす。
 先回りされた、気がする。

「わたしは、子どもです」
「大切、という感情に年齢は関係あるのかな」

 釘を差そうとしているのはこっちなのに、言質を取られそうな話の流れになってきている。
 ジルが抱いている感情の名前を、わたしは知っている、と。

『……いつになったら信じてくれるのかな』

 そう、彼に言われたことがある。
 あのときがそうだったように、わたしも最初から信じていたわけじゃない。むしろ今でだって、全部を信じているとは言えない。
 それでも、ジルの言葉や態度から、感じるものはある。

 気づかないふりができればよかった。
 子どもに向ける庇護欲のような愛情だって、思い込めればよかった。
 でも、ジルのまなざしはいつもまっすぐわたしを射ぬく。剣の切っ先みたいに鋭くて、焼け石みたいに熱い。
 恋愛感情とは少し違うかもしれない。執着のような強い想い。
 子ども相手に本気で口説いているなら、変態以外の何者でもない。
 わたしはまだ九歳で。前世の記憶のことは兄さま以外が知っているわけもなくて。
 なのに、なぜ、と思う。

 彼の想いが、少し……怖い。

「エステル」

 ジルはわたしの名前を呼ぶ。もう注意することをやめてしまった、親しい者にしか許されない呼び方。
 向けられる青緑の瞳。青信号は点滅してくれず、このまま進めと言ってくる。
 これ以上近づきたくないわたしは、彼の目をまっすぐ見られない。

「君が、子どもでいたいうちは、僕も踏み込まないよ」
「今でも充分踏み込まれている気がします」

 わたしがそう言うと、ジルは苦笑した。
 呆れるような、仕方ないなというような、優しい表情。
 身を起こしたかと思うと、手を伸ばしてわたしの髪を一房取った。

「これくらいは、許して」

 王子さまのように、わたしの髪に口づける。
 テーブル越しで距離はあるはずなのに、髪に触れた息を感じる気がする。
 頬が熱いのは、ただ慣れていないことをされたから。
 自分でもそうわかっていても、見られたくなくて、わたしは顔を背けた。


 まるでジルの思慕から、逃げようとするように。



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