十二幕 兄さまとティータイム

 双子の件は、わたしだけの問題じゃないので、兄さまにもきっちり報告した。
 母さまの話を聞いてから一週間後、ただいま兄さまとティータイム中。

 本当はもう少し早く話したかったんだけど、わたしの入学準備やら入学やら、兄さまの勉強会やらで時間が合わなくて。
 もちろん毎日顔を合わせてたし、少し話す時間はあったけど、二人でゆっくり話し合える時間はなかった。
 なのでもうわたしは学校に通っている。今のところ勉強も人間関係も順調だ。
 兄さまが卒業してから少し兄妹の時間が増えたのが、ここのところがっつり減っている。
 寂しい……なんて言わないけど、思うことだけは許してほしい。
 勉強会で一緒にいられるジルがけっこう本気で憎い。

「可能性は高いと思う」
「やっぱりですか」

 話を聞いて、兄さまもわたしと同じことを思ったらしい。
 でもあまり驚いていないのはどうしてだろう。
 そう尋ねると、実は兄さまは父さまからそれとなく聞いていたらしい。確証がなかったからわたしには話さなかったけどって、謝られた。
 別に謝ることなんかじゃない。わたしは話しておいたほうがいいかなって思ったからそうしただけ。
 これを口実に兄さまとゆっくりできるな、って思ったのも事実なんだから。

「母上もエステルに告げられるほど、受け入れられたということか」
「ずっと前から、受け入れられていたと思いますよ。当たり前のことだったから、言葉にしなかっただけで。母さまは強いですから」

 わたしは妊娠経験なんてもちろんないし、母さまの気持ちがわかるわけじゃない。
 でも、同じ女性として、兄さまや父さまよりは理解できるような気がする。
 きっと、当たり前のように母さまはずっと覚えている。消えてしまった命のことを。
 それが贖罪だとかというわけじゃなく、ただ、そうするのが母さまにとって自然のことなんだ。
 もしわたしたちの話をしたとしても、母さまは絶対に忘れない。そうわかっているから、わたしはやっぱり両親に話さずいようと思う。

「そうかもしれないな。父上は心配性すぎるきらいがある」

 兄さまはカップを手に微笑んだ。兄さま格好いい。
 話も一段落したし、わたしも紅茶を飲んで、スコーンを口にする。
 あれ、このスコーンいつもと違う。甘さひかえめでおいしい。料理人の試作品かな? あとで感想言いに行かないと。

 プリルアラートは農業と畜産が盛んだから、それを使った料理も発展している。料理人にかぎらず職人さんが集まりやすい国だというのもあるらしい。
 屋敷の料理人がわたしたちを実験台にすることなんてよくある。もちろんおいしいものしか出さないからどんどんやれとわたしは思う。
 料理ができない女性は少ない。母さまは料理上手だし、わたしもすでに習い始めている。男性でも料理ができる人はそれなりにいたりする。父さまとか。

「学校はどうだ?」
「まだ始まったばかりなのでどうとも言えませんが、たぶん順調だと思います。……それと、懐かしいです」

 つけ足した言葉は、兄さまにしか意味がわからないだろう。
 ここは田舎だから規模は違うし、授業形態も全然違う。
 最初の二年間は言語と算術と軽い行儀作法を習う。あとは国の歴史をほんのさわり程度。まだ始まって数日だから授業らしい授業はほとんどなかった。
 それでも、同年代の人たちが一所に集まるのは学校という場所だけだ。
 兄さまは苦笑して、気持ちはわかる、と言った。

「六年が短く感じた。まだ勉強中の身だがな」

 わたしもそうなるだろうな、と思った。
 日本では六年なんて小学生だけで終わってしまう。兄さまは大学まで行っていたんだから、余計だろう。
 次期当主として、卿家を継ぐものとして、学ぶことがあってよかったのかもしれない。
 わたしは、学校を卒業したらどうなるんだろう。単純に考えれば花嫁修業だろうけど……憂鬱だ。
 この国、というかラニアは田舎なのもあって、わかりやすい政略結婚のほうが珍しい。もちろんガーデンパーティーというなのお見合いは別として。あれはこの国では恋愛結婚の部類らしい。
 わたしも兄さまも、記憶があったせいでガーデンパーティーの罠にハマることがなかった。
 年頃になればもちろん紹介はあったりするんだろうけど、基本的には自分で決めなきゃいけないんだよね。

 そういえばわたしが八歳なので、兄さまは十六歳になっている。
 十五年が成人なので、もう結婚してもおかしくない年。当然ご令嬢を紹介されたりもしている。
 ……いいなって思う相手、いないのかな。
 チクリと胸に刺さるものはあるけれど、兄さまには幸せになってほしい。恋愛だけが幸せじゃないともわかっているけどね。
 それとなく探り入れられればいいんだけど、難しいかなぁ。
 よし、ここは妹らしくズバッといこう。六歳のときみたいに。

「兄さまは結婚しないんですか?」

 あ、紅茶噴いた。
 いきなりすぎたかな、ごめんなさい。

「……今のところ、予定はないな」
「そうなんですか。姉さまができるなら心づもりが必要だろうと思っていたんですが」
「決めた相手がいるなら、きちんと言う。心配するな」
「心配ですよ、兄さま奥手そうだもの」

 前世でも兄さまは結婚していてもおかしくない年だったのに、相手の一人も二人もいなかったらしい。
 絶対仕事人間で、恋愛が後回しになる人だ。
 そういう人っていざ恋愛しても、あーだこーだ悩んで結局いつのまにか失恋しちゃっているのがよくあるパターン。
 加えて、おかしな女性に引っかかる可能性だってないわけじゃない。

「好きな人ができたら教えてくださいね。相談に乗りますから」
「……八つ下の妹が、か。格好悪い兄だな」

 わたしの精神年齢をわかっていて、兄さまはそう苦笑する。
 兄さまってけっこう外面とか気にする人だよね。演技とかはできないのに。
 たぶん、兄さまなりの美意識ってものがあるんだと思う。
 わたしはといえば、兄さまに好きな人ができたら、一肌脱ぐ気満々だ。


――自分の恋に幕を下ろすためにも、ね。



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