27 「マリア様は、勇者の知に心当たりはございませんか?」

「もう頭パンクしそう……」

 何回目かになる、ルルドとの深夜の密会。
 って言っても、内実はただのお勉強会なんだけども。
 ルルドは、キリを救うための鍵だ。
 私が知らなくてルルドが知っていること。
 その中にヒントが隠れ潜んでいるのだとしたら、ルルドの持っている数多の知識の中から見つけださなければいけない。
 ということで、ルルドの睡眠時間を削ってまで、私は再度ルルドに教えを乞うことになった。

「マリア様が真面目に授業を受けていなかったせいなのですから、自業自得です」

 チクリと図星を指しながらも、声に刺々しさはなかった。
 ルルドの言っていることは正しいし、今さら突っかかる気も起きない。
 あのときは全然やる気出なかったけど、ほんと、真面目に受けてたら何か違ったのかなぁ。

「だからってさ〜、もっとわかりやすく説明できないの?」
「これでも充分噛み砕いているのですが……」

 はぁ、とルルドは困惑気味にため息をつく。
 申し訳ありませんね、頭が足りなくて。学校での成績は中の中より少し下。頭脳明晰なルルドからしたら私なんて馬鹿の極みだろう。
 これでも好きな教科はそれなりの点数取ってるし、前とは違ってやる気はあるんだからもう少しスムーズに習得できてもいいと思うんだけど。
 やっぱり授業内容がファンタジーだから、現実味がなさすぎて難しいのかもしれない。

「つまり……魔王が目覚めたら勇者を召喚できるようになって、魔王は勇者にしか倒せないくらい強くって。勇者の力は光属性で魔王の力は闇属性で。勇者が女神から与えられるのは身体能力的な体《たい》と、願いを叶える力の力《りき》、あとはよくわからないけど知識的な知、の三つなんだよね」

 とりあえず覚えたことをひとつひとつなぞるように言葉にしていく。
 覚えるためには復唱は基本だよね。

「ええ、マリア様は、勇者の知に心当たりはございませんか?」

 ルルドに問いかけられて、考えてみるけど……まったくなんにも思い浮かばない。
 勇者の体は、早くから自覚があった。走れば速いし跳べば高いし、どれだけ動いても疲れることがなかった。最初のころは自分の身体じゃないみたいで気味が悪かった。
 勇者の力は、私が知ったのは魔物を消したときだけど、自覚していなかっただけでずいぶん前から使っていたらしい。ってことはきっと最初から備わっていたんだろう。
 自覚もなくて、今のところなんの効果も見られないのは、勇者の知だけ。
 ちゃんと考えたことなかったけど、言われてみればちょっとおかしいよね。

「ないなぁ。あったらルルドから授業受ける必要なんてないでしょ」
「それはそうですが」

 ルルドは腕を組み、思案するように口元に手を持っていく。
 イケメンはどんなポーズを取っても絵になるからうらやましい。

「勇者の知は……ある者は万物を記した辞書だと、ある者は神の備忘録だと、またある者は神そのものだと、そういった伝聞が残されております」
「うん、なるほどわからん」

 私は即座に理解することを放棄した。
 彼の頭の中にはいったいどれだけの知が眠っているんだろう。
 もうルルドが勇者でいいじゃん、なんて言ったらさすがに怒られるかな。

「勇者の力だってコントロールできるようになったのつい最近なのに、まだ他にも扱えなきゃいけないものがあるなんて考えたくない……」

 ぐでん、と私は机に突っ伏す。
 頭の中で無理に詰め込んだ知識が飽和しそうだ。
 勇者の知って、今習ってる内容とはまったく別のものなんだろうか。
 辞書とか、備忘録とか言われたってわかるわけない。神そのものとか何その超解釈。
 辞書って言うなら、お願いだからウェブで検索させてよね!

「女神リーリファの三葉をもってして、魔王を弑する。と文献にもあります。勇者の知がなくては、キリ少年を救うことも叶わない可能性は高いでしょう」
「それは困る……」

 グロッキーになりながらも、私は顔を上げる。
 ルルドの協力を仰いだのも苦手な勉強をしているのも、全部が全部キリを救うためなんだから。
 キリのためだったら、どんな無理をしたってその女神の三葉とやらを集めてみせる。
 ……そういえばリーフェって名前は、女神に愛されし一葉、って意味なんだっけ。人が一葉なら、女神の三葉がくっついて四つ葉のクローバーにでもなってるんだろうか、今の私は。
 なんて、だから現実逃避をしている暇はないんだってば!

「女神の三葉は互いに密接に関わり合っていると言います。勇者の力は願いの力。知を願う、ということも重要なのではないでしょうか」
「知を願う、ねぇ」
「ええ。勇者の力の威力はマリア様が一番よくご存じでしょう」

 ……それはまあ、不本意ながら。
 勇者の力の強大さと、融通の利かなさはよく知っている。
 願えば叶うことは多いのに、私が叶えてほしい願いは願うだけじゃ叶わないものばっかり。
 勇者の知っていうのも、そんなに簡単に取得できるものなのかわからない。

「だいたい、勇者の力は特別だ、って言うけどさ。私には勇者の力と魔王の力の区別すらつかないよ」

 勇者の力は光の力。魔王の力は闇の力。ルルドはそう言うし、どの本にもそう書いてある。でも。
 正反対の属性を持つはずなのに、キリの魔法はあんなにキラキラしていて、きれいだ。
 見る人が見れば違うのかもしれないけど、私には勇者の力と区別がつかない。

「それは……私は魔王の力を見たことはありませんが、明らかに違うのでは?」
「だって、おんなじ感じのしろい光りがぶわーってなってさ、呪文とか魔法陣とかも必要ないし。そっくりだよ?」

 手を広げて、私は軽い調子で説明した。と。
 ルルドの顔色が、見る見るうちに青く変わっていった。

「そんな……いや、まさか……」

 色を失った唇から、小さなつぶやきがもらされる。
 心なしかその声は震えているように聞こえた。
 ルルドの態度の急変の理由がわからずに、私は目をまたたかせることしかできない。
 ハテナマークをいくつも飛ばしていると、ルルドは次第に落ち着きを取り戻してきたようだ。
 はぁ、気持ちを切り替えるためにかひとつ息を吐き、それから私に向き直った。
 まっすぐ、紫の視線が私を射抜く。

「マリア様、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何?」
「私とイレの前から姿を消したとき、あれは、マリア様のお力ですよね?」
「え? あれはキリの……」

 素で答えようとして、ふと、気づいた。
 そうだよ、ルルドは、見てる。
 魔王の力を。
 私は愕然とした。

「勇者の力は、女神リーリファから賜った神の力の一片です。すでにその力を身に宿しているので、女神にお力をお借りする神官とは天と地ほどの違いがあります。彼らのように、女神の目に留まるようにと陣を書き、長い詠唱で女神の気を引く必要もありません。身の内の魔力によって発動させる術士の術とはそもそもの理が違います。術の属性に、光は存在しない。白い光は、女神がまとっているものだからです」

 努めて平静を装ったような淡々とした声で、長々とルルドは語る。
 私はその半分も理解できたか怪しい。思い当たった事実が、それだけ衝撃的だったから。
 魔王の力を見たことがない、とルルドが言ったのは、あのときの転移を勇者の、私の力だと勘違いしていたからなんだろう。
 どうして、勘違いしていた?
 ……ルルドにも、区別がつかなかったから、だ。

「ねえ、ルルド、私からも聞きたい。私が城から姿を消したときと、私からの手紙が届いたとき。勇者の力だって、思った?」
「……ええ、どちらも勇者の力の残滓がありました。手紙にいたっては、ティマが届く瞬間を見ていまして。手紙が白い光に包まれて現れた、と聞き及んでおります」

 どうしよう、裏づけが取れてしまった。
 今まで気づいていなかったけれど、魔王の力が彼らの目に触れる機会は複数回あった。
 そしてそのどれもが、私の力によるものだと思われていた。
 しろい光。陣も長い詠唱もいらない。共通点が、さすがに多すぎる。使い方が似ているとは、前から思っていたけれど。
 勇者の力以外、光属性が存在しないっていうなら、キリの使っていた魔法はなんなの?
 この世界の理を熟知しているルルドにも区別がつかないほどだ、似ているなんてもんじゃない。

 どうして、似ている?
 どうして、区別がつかない?
 それはもう、似ている、なんて言葉で表すべきではなくて。

「……一緒、なの?」

 震える声で、誰に向けたわけでもない言葉を紡ぐ。
 二人して、それ以上は何も言えなかった。


 勇者と、魔王は、同じ女神の力を持っている……?



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