明けて翌日。
朝食を食べてから、昨日とは違う質問に答えて、昨日と同じくらい頭を使いました。
というか、これだけの量の質問を考えるほうだって大変だよね。タクサスさんお疲れさまです……。
「あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「別にいいけど……あとにしたほうがよくないかな」
エリオさんがそう言ったのは、私が見るからに疲れきっていたからだろう。
突っ伏していたテーブルから顔を上げていただけの体勢から、起き上がってピシリと椅子に座り直す。
いけないいけない、ちゃんとしないと。
「いえ、がんばります」
私は力強く握りこぶしを作って答えた。
これくらいでへこたれてちゃいけないよね。
エリオさんやタクサスさんは、たぶん私なんかよりよっぽど疲れるようなことをしてるんだろうから。
「そっか。じゃあ、何?」
にこりと笑ってエリオさんは尋ねる。
標準装備の笑顔がまぶしいです。思わず質問内容を忘れそうになります。
でも大丈夫、昨日寝る前から考えていたことだから、覚えてる。
「《賢者》ってどんな人たちのことなのかとか、神さまっているのかとか。
この世界のことがもっとよく知りたいんです」
ちゃんと、エリオさんたちのことを、この世界のことを知りたいって、そう思っていた。
それは記憶がないからでもあるのかもしれない。
とりあえずは、目の前にあることから。
少しずつでも知っていけば、私の世界はきっと広がる。
何がきっかけになって記憶が戻るのかもわからないんだし。知っておくに越したことはないはず。
「そうだね、少し難しいけど、ちゃんと話しておかなきゃいけないことだね」
エリオさんは、どこか複雑そうな苦笑を浮かべた。
そんな表情をする理由も、この世界のことを知れば理解できるんだろうか。
できるならエリオさんにはいつも笑っていてほしいものなんだけど。
そうもいかないのかなぁ。
「ついておいで」
エリオさんはそう手招きして、部屋から出た。
どこに向かうんだろう、と思いながらついていくと、エリオさんは一階まで下りていって、ある扉の前で立ち止まった。
あ、ここ、昨日説明された気がする。
えっと、エリオさんはなんて言ってたかな。
答えが出るよりも先に、エリオさんはその扉を開いた。
「う、わぁ……!」
目の前に広がる光景に、私は歓声を上げた。
中に入っていくエリオさんの後ろをついていき、部屋中を見回す。
右も左も、上も下も、本だらけ。
図書室というより、図書館と言ったほうが正しい規模だ。
「すごいですね、エリオさん!
本がいっぱいですね!」
声を弾ませながらエリオさんを振り返る。
私のその様子に、エリオさんは苦笑しながら、子どもを見るような目を向けてくる。
いけない、はしゃぎすぎちゃったかな。
「フィーラは本が好き?」
「好きな気がします!」
たくさんの本を目にして、心がすごくわくわくしている。
たぶん私は本が好きなんだと思う。
今すぐ本を手に取って、読みふけりたい。
一日中この部屋にいてもいいくらいだ。
「そっか、それなら残念だね」
「? 何がですか?」
エリオさんの言葉に私は首をかしげる。
「フィーラは文字が読めないだろうから」
文字が……読めない?
そうだ、私は異世界人。
こっちの世界の文字が読めるわけがない。
本にはしゃぎすぎて、うっかり頭から抜けていた。
でも、言葉が理解できるように、術をかけてもらったはずだ。
文字までは読めるようにできなかったんだろうか?
「ほらね」
エリオさんは手近な本を一冊手に取って、開いて私に見せた。
ミミズがのったくったような文字。
……まったくもって、読めない。
読むどころか、それが文字なんだって理解することすら難しい。
まるで絵を眺めているような感覚だ。
「……ほんとだ」
呆然と、私は小さくつぶやいた。
目頭が熱い。のどがガラガラする。
込み上げてくるものが、我慢できない。
「っ、フィーラ!?」
エリオさんの驚いたような声がする。
どんな顔をしているのかは、視界がぼやけてしまっているから見えなかった。
ぼたぼたと涙がこぼれているのは、私の目からだ。
あとからあとから流れてきて、止まらない。
急に泣き出しちゃって、エリオさんもビックリしたよね。
泣きやまなきゃって思うのに、どうやって泣きやめばいいのかわからない。
どうしてこれくらいのことで泣いちゃうんだろう。
すごく、すごく悲しくて、胸が痛くて、感情が制御できなくて。
ままならないことがつらくて、さらに涙が止まらなくなる。
「なん、か、悲しい、みたいです……」
嗚咽混じりに、私は言った。
「見ればわかる。
きっと、本当に本が好きだったんだろうね」
エリオさんのため息が聞こえた。
困らせちゃったかな。呆れられちゃったかな。
ごめんなさい、私も早く泣きやみたいんだけど、どうすればいいのかわからないんです。
しゃべるのもつらくて、私はただ涙をこぼす。
ぽんぽん。
そっと、優しいぬくもりが、私の頭をなでた。
それがエリオさんの手だってことに気づくのに、数秒かかった。
「つらいなら、いくらでも泣いていいよ。
オレが傍にいるから」
ぬくもりと同じで、優しい声。
うれしくて胸がぎゅーっとして、さらに涙が止まらなくなった。
ぽんぽんと、軽く跳ねるように私の頭をなでる大きな手。
一人じゃないっていうのは、誰かの傍で泣くことは、とても心地のいいものなんだなって思った。
人間、優しくされても、涙って出るものなんですね。