43.小鳥はとっても歌が好きなのです

 小鳥のさえずりが、真上から聞こえてきた。
 思わず見上げてみると、明るい黄色の小鳥がこっちに向かって飛んでくる。
 それはわたしの肩に降り立って、またかわいらしい声でピィと鳴いた。

「小鳥さんですね」
「そうだね」

 肩に乗っている小鳥におそるおそる手を伸ばしてみる。
 人差し指の背で首のあたりをさすると、気持ちよさそうに小鳥は身をすりよせてきた。

「人懐っこいです」
「たぶん飼われていただろうからね、君に」

 ……私に?
 記憶がないんだから当然だけど、そんな覚えはない。
 なんでエリオさんがそんなことを知っているんだろう。
 というか、わたしは異世界からやってきたわけで……ああ、そっか。

「あ、この子が最後の落ち物ですか?」

 そういえば話に聞いていた、とやっと思い出した。
 その通り、とでも言うようにエリオさんは一つうなずく。
 この子がそうなんだー、と思いながら私は小鳥さんに視線を戻す。
 小鳥は羽ばたいて、私の肩から指に場所を移す。
 小枝のような足が指に巻きついて、わずかな重みが腕にかかる。
 正面から小鳥の顔を覗きこんでみると、何? と聞くように小鳥は首をかしげた。

「かわいい……」
「君に慣れているみたいだし、やっぱり君の小鳥かな」
「そうかもしれません。
 なんとなく、ですけど」

 見ているだけで愛しさがこみ上げてくる。
 指に乗った重みに覚えがあるような気がしてくる。
 違う言い方をするなら、違和感がない、ということ。
 この子が私の飼っていた小鳥だって可能性は高いように思えた。

「直感は大切だよ。
 記憶はなくても身体が覚えてるかもしれないからね」

 それは、わかるような気がする。
 たとえば今しゃべっている言葉を、まだ少し話し慣れないと思ってしまうように。
 たとえば自分の背格好や容姿に違和感を覚えないように。
 たとえば当然のように指輪を指にはめていたように。

 私にとっての“普通”が重要なんだって、エリオさんは言っていた。
 きっとこれも、同じこと。
 私が小鳥さんをかわいいと思って、こうして指にとまらせていることを受け入れている。
 それが一つの判断材料になるんだ。

「そういうものかもしれませんね」
「まあ、オレには記憶喪失になったことないからわからないけどね」
「それもそうですね」

 記憶喪失になんてならないほうがいいですよ、と思う。
 なんだかんだでやっぱり不安ですから。
 私の場合はすぐにエリオさんに拾ってもらえたからなんとかなったけどね。
 もしエリオさんが記憶喪失になっちゃったら……あれ、なんだか自分の力だけでどうにかしちゃいそうな気がするんですが。
 想像の中のエリオさんとの違いに、密かにショックを受ける。

 ……うん、考えないようにしよう。
 賢者っていうのはずいぶんなチート集団みたいだから。
 一般人の私と比べちゃいけないんですよ。

 気を取り直して、指にとまっている小鳥と目を合わせる。
 たまにピィピィと鳴く小鳥さんは、茶色なのか緑色なのかわからない不思議な目の色をしている。
 その色をずっと前から知っていたような、気のせいのような。
 あいまいな感覚が、もどかしい。

「私の子なのかも、とは思いますけど。
 ……名前を呼んであげられないのはつらいですね」

 過去の私は、この子をどう呼んでいたんだろう。
 私が飼っていたのかさえもはっきりとはわからないけれど。
 知っている子なんだとしたら、名前を呼んであげたかったのに。

「新しくつけてあげれば?」

 エリオさんの提案に、少し考えてから、私は首を横に振る。

「うーん、それでもいいですけど。
 ちゃんと元の名前を思い出せるまで、小鳥さんって呼ぶことにします」
「フィーラがそうしたいなら、それでいいんじゃないかな」

 顔を上げると、エリオさんのやわらかな笑み。
 金色の瞳も優しげに細められていて、なんだかほっとする。

「……あ」
「どうかした?」
「いえ、ちょっと思いついて」

 エリオさんは不思議そうに首をかしげる。
 いきなりすぎだし、なんのことだか話さないとわかんないよね。

「最初にエリオさんの瞳の色を見たとき、すごくほっとしたんです。
 あたたかくて優しくて、どこか懐かしいような感じがして。
 もしかしたらこの子の色に似てるって思ったのかもしれませんね」

 その時を思い出しながら、私は笑みを浮かべた。
 小鳥さんの羽の色は輝くような黄色で、エリオさんのお日さまみたいな瞳の色に近いように見える。
 ただの偶然かもしれない。もしかしたら違う金色に重ねて見ていたのかもしれない。
 はっきりしないけれど、金色に親しみを感じるのはたしかだ。
 とてもきれいで、安心できる色。
 エリオさんらしい色。

「小鳥と同列かぁ」
「あ、ごめんなさい。
 失礼でしたか?」

 苦笑するエリオさんに、私はあわてる。
 考えてみれば、小鳥に似てるってあんまりうれしくないよね。
 かわいらしい小鳥さんだけど、エリオさんは男の人だし。

「別にいいけどね」

 困ったような顔でそう言うエリオさんは、別に気分を害したわけじゃないみたいだった。
 よかった、と私はほっと吐息をつく。
 言葉には気をつけないと。
 ついつい考えるより先に口が動いちゃうけど。
 エリオさんが心が広いからって、それに甘えてちゃいけない。




 目指せ、気の利く女性! ですね。



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