42.普通がいいんです

「ん?」

 少し怯えている私に気づいたのか、エリオさんが笑いかけてくれた。
 空気が元に戻って、私はほっとする。
 いつもにこやかなだけに、不機嫌なエリオさんはすごく怖いです。
 白竜さんの話題、やめたほうがいいのかな。
 でも、さっき二人が話していた内容、全然わからなかったから知りたいんだよね。

「そんなすごい竜人さんが、どうしてここにいたんでしょう?」

 とりあえず私は会話を続けることにする。
 機嫌が悪くなったら即方向転換しよう、と考えながら。

「それは……頼まれたから、って言ってたね」
「そういえばそうですね。
 彼女って誰ですか?」
「共通の知り合い」

 簡潔に答えて、エリオさんはにこりと笑む。
 それ以上は話してくれなさそうだ。
 話すようなこともないのか、私に聞かせたくないことなのか。
 あ、もしかしてエリオさんの恋人さんだったり? って、それはさすがに飛躍しすぎですね。

「情報を制限したっていうのは?」
「竜人が古代の竜と同じ力を持った存在だってのは話したね。
 その力っていうのが、世界を管理するための力。
 情報を制限っていうのは、そのままで、フィーラのことが人に知られないようにしたってこと」

 世界を管理するって、よくわからないけどすごい気がする。
 たぶんそのことについては今聞くべきことじゃないんだろうから、口ははさまないでおく。

「フィーラがこの森に落ちてきた時、かなりの衝撃があって、魔力による歪みが発生したんだよ。
 ちょっとでもそういうことに対しての察知能力がある人間なら気づいたはず。
 他の賢者も、国も、そんな状況を見逃さない。
 遅かれ早かれ、落ち人が現れたってことは公になるはずだったんだ」
「……けっこう大事だったんですね」

 衝撃に、歪み。
 どんなものだったのか想像つかないけど、それってもしや災害レベル?
 私は気づいたら森にいましたって感じだったけど、そういえばエリオさんは強い魔力を感じたから森に見にきたって言ってたもんね。

「そうだよ。でも、竜人の力でフィーラに関する情報が制限された。
 フィーラが落ちてきたときの衝撃も、そのことによる歪みも、それを感じたすべての人間の記憶に鍵がかけられる。
 すでにフィーラのことを知っているオレとこの屋敷の住人以外、誰もフィーラのことを知ることができなくなったんだ」

 衝撃に気づいた人みんなの記憶を、その部分だけなくしちゃったってこと?
 私のことを知っている人は、この屋敷にいる人たちだけ。
 誰も私のことを知ることができなくなった……。
 自分がこの世界の人間じゃないってことはわかっていたはずなのに、自分を知っている人が数えるほどしかいないということが急に怖くなった。
 知ることができないっていうのは、これから知り合いを増やすこともできないんだろうか?

「……ええっと、なんだか怖いんですけど」
「竜人にはそれができてしまうんだよ。
 私利私欲で力を使ったらどんなことになるのか、想像することもできないくらいの力を持ってるんだ」

 エリオさんですら想像できないんじゃ、私なんかにはまず無理だ。
 白竜さん、人間じゃないみたいにきれいな人だったけど、恐ろしい力を秘めてたんですね。

「まあ、今回のことに関しては助かったかな。
 他の賢者はまだしも、国に動かれたらやりずらかったから」

 あっけらかんとそう言うエリオさんに、私はぽかんとした。
 え、国? そういう次元の話だったんですか?

「制限したっていっても、限界はあると思うよ。
 たとえば誰かに直接フィーラを見られたりしたら、そこから制限がゆるむ。
 勘のいい人間なら一月もしないで気づくんじゃないかな」
「気づかれたら、どうなるんですか?」
「狙われるかもしれないね」

 エリオさんは皮肉げな笑みを口元にたたえる。
 あ、意地悪エリオさんだ。

「落ち人だから?」

 落ち人は力を持っていることが多くて、洗脳しやすいから狙われやすいってエリオさんは言っていた。
 国とかが動くとは思っていなかったけど、危険だってことは聞いている。
 私のことを狙う人が出てくるだろうってことも。
 情報が制限されたってことは、少なくともそれを先延ばしにできるってことなんだろう。

「その通り。少なくとも興味は持たれるだろうね」
「……面倒くさいんですね」

 ついつい本音がもれた。
 私は、ただエリオさんたちに協力したいだけ。
 それでついでに記憶も元に戻ったらいいなぁと思っているだけ。
 普通に、過ごしたいだけ。
 狙われたりだとか、興味を持たれたりだとかはノーセンキューだ。

 異世界人ってだけで、普通になんて無理なのかもしれない、とも思う。
 でも、少なくともエリオさんやこの屋敷の人たちは私を変な目で見たりはしない。
 普通に話してくれて、普通に笑いかけてくれる。
 だから、同じ世界の人がいないことへの寂しさだとか、記憶がないことへの不安だとか、感しないでいられている。
 それに甘えているだけなのかもしれないけど。
 このまま何も起きなければいいな、なんて思ってしまうんだ。

「だから、オレがいるんでしょ。守るよ」

 エリオさんは真顔でそう言った。
 それが自分の役目だ、と当然のように。

 身の安全を保障する。
 そう、保護を申し出てくれたときに言っていた。
 そのときはそんなに気にしていなかったけど、あれはそういうことだったのか。
 気軽に承諾してしまった昨日の自分がのんきすぎて申し訳なくなる。




 というか……格好良すぎるよエリオさん!



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