気分転換にお庭に行くことにしました。
というのも、ふらりと一階に行ったらマルバさんがいて、どうやら私が元気ないように見えたらしくて、心配かけてしまったのです。
で、質問がやっと終わったところで、頭を使って予想以上に疲れたことを話したら、庭でも見てきたらどうでしょうって勧められたという。
なので早速、庭に出てます。
外に出るのは昨日ぶり。
私の部屋もエリオさんの部屋も窓があるから、窮屈な感じはしなかったけど、外の空気はやっぱりおいしい。
森の中だもんね。緑がいっぱいで空気が澄んでいる。
風が気持ちよくて、自然って素晴らしい! って叫びたくなる。
自分はインドアなんだろうって思っていたけど、外が嫌いってわけじゃないみたいだ。
ずっと座っていたからか、大きく伸びをするとコキッてどこかの骨が鳴った。
そんなに広くない庭は簡単に見渡すことができる。
森に囲まれているから、そんなにスペースを取ることができなかったのかな。
それでもお花はきれいだし、低い木々もかわいらしい。
この庭はマルバさんが整えているんだって。息子さんがここにいたときは彼が手を入れていて、今よりももうちょっとちゃんとしていたとか言っていたっけ。
ちょうどいいところにベンチがあったから、そこに座ってみる。
ベンチの横には壺みたいな大きい鉢があって、小さな一つの庭みたいにいろんな種類のお花が植えられていた。
下を向いているかわいらしい白い花。茎の短い紫色のお花。
純粋に、きれいだなぁ、かわいいなぁって思える。
……違和感がないってことは、似たようなお花が私の世界にもあるってことなのかな。
それとも花っていうジャンルとして捉えているから、違和感とか感じないだけ?
私にはわからないけど、あとで一応エリオさんに話しておこう。
ベンチに座ったまま、私は大きく深呼吸をする。
うん、やっぱり空気がおいしい。
大自然はいいものだね。住むのが大変な場所ってエリオさんが言っていた気がするけど。
空気の瑞々しさなんて、昨日は感じる暇もなかったからなぁ。
いつのまにか森の中にいて、目の前にエリオさんがいて。
お姫さま抱っこされて、屋敷が見えたと思ったら寝ちゃって。
そこまで思い出して、私はふと周囲を見回す。
タクサスさんが張っているらしい結界は、今は見えない。
あれ? ならどうしてあの時は膜みたいなものが見えたんだろう?
……私に影響をおよぼすものだった、から?
その可能性はあるかもしれない。原理はわからないけど。
エリオさんが最初に使った、知識を移す術とかっていうのも金色の光が見えたし。
その術の効果や、術の対象によって見え方が違ったり、見えなかったりっていうのはあるのかも。
結界の存在を確かめるために遠くを見ていた私は、すぐ近くから聞こえた草を踏む音に隣に目をやった。
するとそこには、白い人。
白い人ってなんだって思うかもしれないけど、そうとしか言えない。
だって、長い髪は真っ白で、肌も病的に白くて、加えて着ている服もほとんど白い。よく見ると瞳も薄い灰色をしている。
人間っぽくなさすぎて、幽霊か精霊か、この森の神さまなんて言われても信じちゃいそうだ。
……いつのまにそこにいたんですか。
さっきまで全然人がいる気配なんてしなかった。
いや、今でもあんまりそういう感じがしないというか……なんというか白い人は存在がとても希薄だ。
彫像みたいな無表情はよく似合っているけど、うん、やっぱり人間じゃないのかも。
「えっと、こんにちは」
「……」
とりあえず挨拶してみたけど、白い人はだんまり。
ち、沈黙が重いですっ!
タクサスさんもそんなにしゃべらない人だったけど、必要なことはちゃんと言ってくれてたから気にならなかった。
白い人はタクサスさんの寡黙度を五倍にしたくらいかもしれない。
何が言いたいかというと……とりあえずなんでもいいので話してください!
「えーっと……白いですね」
うわああ、自分で言ってて支離滅裂だ!
でも、こんなに真っ白な人が目の前にいたら、突っ込みたくもなるじゃないか!
白い髪っていっても、ただの白髪じゃないんだよ。さらさら風になびいちゃったりしていてきれいなんだよ。
だから余計に白さが際立つっていうか、目にまぶしいっていうか。
「白竜、だから」
初めてしゃべった!!
中性的で澄んだきれいな声です。
「はくりゅう……?」
でも、内容がわからなかったから、私は首をかしげてしまった。
はくりゅう。ハクリュウ。
う〜ん、今の話の流れからすると、白い竜で白竜かな?
「って、竜!? あのファンタジーの代表格の竜ですか!?」
興奮して白い人に詰め寄ると、白い人は初めて表情を動かした……不可解なものを見るように。
すみません、ちょっと冷静になったほうがいいですね。
白竜っていっても、別にそういう名前なだけかもしれないし。
ウロコのある姿で空を飛んだりはしないかもしれないし。
ああでも、どうなんだろう。すごく気になる。
「白竜さんってお呼びすればいいんですか?」
「ああ」
名前みたいな扱いでいいようです。
種族名とかではないのかな。それとも兼用なのかな。
……あとでエリオさんにちゃんとこの世界のことを聞こう。エリオさんなら私にもわかるように話してくれるはず。
「フィーラ」
「はい、って……え?」
返事をしてから、気づく。
私、まだ名乗ってなかったよね?
白竜さんは、名前なのかはよくわからないけど先に名乗ってくれてたんだから、礼儀的にはすぐに名乗るべきだったんだろうけど。
白いし、全然しゃべらないしで、タイミングを逃していた。
なのにどうして私の名前を知っているの?
「あの、私、警戒心持てってさっき注意されたばっかりなんですけど。
あなたのことも警戒したほうがいいんでしょうか?」
うっかり忘れていたことを思い出して、私はそう聞いてみる。
明け方にエリオさんに注意されたばっかりだったよね。
名前を呼ばれたことで思い出すっていうのも変な話だけど、思い出せたんだからよしとしよう。
「警戒は口に出してするものではない。むしろ問いかけるは逆効果」
「あ、それもそうですよね、すみません」
「謝るべきところでもない」
「じゃあどうすればいいでしょう?」
私が首をかしげると、白竜さんはほんの少しだけ眉をしかめた。
あんまり表情が動かない人だなぁ。
何を考えているのか、表情から読めないっていうのはけっこうつらい。
実はかなり呆れられていたりするのかな。
「判断を委ねるべき相手は我ではなく陽光」
「ようこう……? お日さまに聞くんですか?」
とってもメルヘンですね! 精霊とか妖精みたいな外見によく似合います!
メルヘンの似合う男の人っていうのもすごいです。美形は何をやっても様になるものなんだね。
「そなたの保護者。我は陽光と呼んでいる」
保護者ってことは、エリオさんのことか。
陽光かぁ。お日さまの光。すごくエリオさんに似合う呼び方だ。
どうして普通に名前で呼ばないのかはわからないけど、この人なりのルールがあるのかもしれない。
そういうのに他人が口を挟んじゃいけないよね。
それにしても、ぶつ切りにしゃべる人だなぁ。
会話をしてるはずなのに、なんとなくテンポがずれてる感覚。
エリオさんとジェスチャーしあったときより、よっぽど異文化コミュニケーションって感じがします……!
「来た」
「へ……?」
私の後ろ、屋敷のほうに視線を向ける白竜さん。
そのあとに続いてわたしも振り返って見てみると、そこには。
「あ、エリオさん」
なんだか厳しい顔をしたエリオさんがこちらに向かってきていました。
……私、何か怒られるようなことしましたっけ?