「……なぜあなたがここにいらっしゃるんですか」
私たちのすぐ傍まで来たエリオさんは、私をかばうような立ち位置で白竜さんに相対する。
エリオさん、なんとなく不機嫌?
言葉は丁寧なのに、ケンカ腰に見えるのはなんでなんだろう。
「わからないか」
「憶測だけならいくらでも。
オレたちにあなたを理解しろというのは無茶な話です」
「そうか」
私からすると、なんの話をしているやら、です。
白竜さんがここにいる理由? そんなの来たかったから、とかじゃダメなんだろうか。
実は身分がある身だとか、あんまり外に出たらいけない人だったりするのかな。
それにしても、丁寧口調のエリオさんも格好いい、とか思っちゃう私は頭が平和すぎる気がする。
「ええと……お知り合い、なんですね?」
とりあえず私はエリオさんの袖を引いて、確認してみる。
「ああ、うん。知り合いっていうか……知り合わざるをえないっていうか……」
「よかった。それなら警戒する必要はないんですね」
「……たぶん」
たぶんってなんだろう、たぶんって。
煮えきらないエリオさんってめずらしいなぁ。そんなにエリオさんを知っているわけじゃないけど。
なんだか、白竜さんのことを苦手視しているように見える。
なんでもできそうなエリオさんにも苦手なものがあるんだなって、新鮮。
「あの、はじめまして。フィーラって言います。
記憶がなかったり、どうやら違う世界から来ちゃったりで、このお屋敷にお世話になることになりました」
まずは警戒しなくていいとわかったので、私は白竜さんに向き直った。
名前はもう知っているみたいだけど、改めて自己紹介。
「フィーラ……この方だからいいけど、今後は簡単に身の上は話さないこと。
落ち人は色々と危険がつきまとうって、説明したばっかりだよね?」
「あ、そうでした。気をつけます」
うっかりうっかり。
そうだよね。名前はまだしも、違う世界から来たなんて普通は言っちゃいけないよね。
トップシークレットってやつですね。
「ほんと、危機感が足りないんだから……」
エリオさんは物覚えの悪い教え子を見るような目を私に向けてくる。
うう、そんなつもりはないんですよ。
ただちょっと、危険だっていう実感がないだけで。
それを危機感が足りないっていうんだろうけど。わかってはいるんだけど。
次は気をつけるようがんばります。
「当面は心配いらない。情報を制限した」
ずっと黙っていた白竜さんが話に割り込んでくる。
おお、ちゃんと会話できてる。
でも情報を制限ってどういうことだろう。
エリオさんは白竜さんの言葉に厳しい顔というか、むしろ怖いくらいの顔をしている。
「……あなたの力で、ですか」
「万緑に頼まれた」
「え? 彼女は今……」
そこでエリオさんはちらりと私を見る。
え、なんでしょう?
というか万緑って何? 彼女ってことは人?
「我々に外身の休息は関係ない」
「なるほど。ではここに来たのも彼女に頼まれたから、ですか?」
「そうとも言える。そうではないとも言える」
白竜さんの言葉は難しい。
エリオさんには伝わっているのかもしれないけど、私にはまったくもって意味がわからない。
彼女っていうのが誰だかわからないっていうせいもあるのかもしれない。
ただ、エリオさんがすごく真剣な顔をしているから、何か重大な話をしているんだってことはわかった。
もしかしたら、依頼に関係していることなのかもしれない。
「フィーラ」
「え、あ、はい」
白竜さんに名前を呼ばれて、私はあわてて返事をする。
白竜さんの声は、雪が降り積もる音みたいに静かで、けれど凛としていて、きれいだと思う。
だからなのか、すごく心を揺らされて、反応が少し遅れてしまう。
「しばらくは見ている。困ったら、呼べ」
わかりました。と言う前に、白竜さんは目の前からかき消えた。
何がなんだかわからなかった。気づいたら、そこには最初から誰もいなかったみたいに消えてしまっていて。
ぱちぱちと何度も目を瞬かせても、白竜さんはいなくなったまま。
もしかして、魔法?
そう気づくのに、何十秒もかかってしまった。
「呼べって……名前も教えてもらえなかったのに」
「いや、問題はそこじゃないから」
白竜っていうのが名前なのか、結局聞けなかった。
思わず私がそうこぼすと、エリオさんがすかさず突っ込む。
うん、ツッコミがいると安心だね。何がなのかはよくわからないけど。
「ならどこが問題なんですか?」
「たくさんありすぎてオレにもわからなくなってきてる」
「エリオさんもですか。それじゃ私にわかるわけないですね」
「そこ、納得しない」
ぽん、とエリオさんの手のひらが私の頭の上に乗る。
それはなでるようなものではなくて、でも叩いたわけでもなくて、本当に置いただけ、といった感じで。
頭の上にエリオさんの手を乗せたまま、私はエリオさんを見上げてみる。
「白竜が来ることは知っていたんだ。
でも、まさか直接フィーラに会いにくるとはね。
まったくあの方は何を考えて……」
独り言みたいに、エリオさんはぶつぶつとつぶやいている。
「実は何も考えてなかったりして」
「フィーラじゃあるまいし」
にっこりと笑顔でそう言われた。
別に私は何も考えてないわけじゃないですよ!
考えてることが無駄になったりとかは、ある気がするけど。
それはたぶんしょうがないことなんです。
「……エリオさんの性格がちょこっとわかってきました。
人畜無害そうに見えて意外と毒舌というか、わりと歯に衣着せませんよね」
あのお人好しすぎるように見えたエリオさんは、猫をかぶっていたのかな。
今のエリオさんは最初とは印象が違って見える。
それでももちろんいい人には変わりないんだけど。
むしろ、欠点の一つや二つあったほうが、こっちも付き合いやすいよね。完璧超人よりはずっといい。
今のほうが親しみやすく思えるのは、私がマゾなだけなんでしょうか……?
いや、そんなことはない。たぶん!
「これくらいは軽口の範疇です」
そう言いながら、エリオさんは私の頭をなでる。
なんだろう、この手は。
褒められるようなことはしていないし、ペットみたいにでも思われているんだろうか。
かわいがられている感じはしないんだけどな。
むしろなんていうか……手癖?
そっか、エリオさんは人の頭をなでるのが好きなのか。
納得納得。
さっき、白竜さんがいたときみたいな怖い顔は、もうしていない。
何を話していたのか全然わからなかったし、だから当然エリオさんのあの表情の理由もわからないんだけど。
やっぱり、エリオさんは笑っているときのほうがいいなぁ。
「なに笑ってるの?」
エリオさんは不思議そうな顔をする。
あれ、私笑っていたんだ。
頬に手をやると、たしかにゆるんでいるような気がする。
「エリオさんの笑顔が好きなんだなって思ってました」
「……そっか」
正直に答えると、エリオさんは苦笑した。
その笑顔も嫌いじゃないですよ。
困った子って思われているようで、なんだかいたたまれなくなるけど。
なんというか全体的に、エリオさん自身が好きなのかもしれません。