……疲れた。本気で疲れた。
私はぐったりとお行儀悪くテーブルに突っ伏していた。
時間的には二時間近く、ずっと質問に答えていた。
頭を使いすぎて、なんだかぐらぐらする……。
「お疲れさま。今日のところはこれで終わりだから、あとはゆっくりしていていいよ」
「はぁい……」
返事にも力が入らない。
よかった、まだ第二弾が待っているとか言われたら、逃げ出したくなるところだった。
質問くらいどんと来いって思ってたちょっと前の私に言いたくなる。
すごいよ、すごく頭使ったよ。脳をいつもより多く回しております状態だよ。
「……本当にお疲れさま。ありがとね」
私の様子にさすがにかわいそうになったのか、エリオさんはそう言って頭をなでなでしてくれる。
気持ちいい……なんだかこのまま寝れちゃいそうだ。
「えへへ、お役に立てたならよかったです」
へにゃりと私が笑うと、エリオさんも笑い返してくれる。
その笑顔に癒されます……。
エリオさんの笑顔は、見てると自然と元気になれる。
それを自覚してるから、エリオさんはいつも笑ってるのかもしれないなぁ。
「じゃあ、オレは行くから、休むなら部屋に戻るんだよ」
「わかりました〜」
そうだった、ついぐでーっとテーブルに伸びちゃってたけど、ここはエリオさんの部屋。
返事をしてからすぐに私は体勢を戻す。
のろのろとした動きになっちゃうのは、しょうがないってことにしておいてください。
エリオさんはもう部屋を出ていってしまってる。
すばやいなぁ、エリオさん。
これから質問の答えをタクサスさんのところに持っていくんだろう。
私にはよくわからないけど、私の答えから、私がいた異世界を特定するために。
異世界っていうのはたくさんあって、落ち人もいろんなところから来るから特定できるかは怪しいらしい。
でも、落ち人が来やすい異世界っていうのがいくつかあるから、もしそこから来たなら特定は可能。
もしそのどこでもなかった場合でも、異世界の情報を知ることは無駄にはならないんだって。
情報は、多ければ多いほどいい。
いつかまた同じ異世界から落ち人が来るかもしれないから。
そういうとき、意思の疎通を円滑にするためにも、ね。
……でも、正直疲れた。
さっきみたいな質問、これから何回もされるんだよね。
私、大丈夫かな? 知恵熱とか出そうな勢いなんだけど。
脳トレとかしとくべきでしょうか……?
質問自体は、奇抜なものってわけじゃなかった。
どうしてそんなことを聞くんだろう? っていうのはいくつもあったけど。
ただ、自分にとって当たり前すぎることを説明させられたり、深く深く追求されることが多かっただけ。
私は厳しい質問タイムの一部をぼんやりと思い返した。
* * * *
「男女を区別することについて、どう思う?」
いくつめかのエリオさんの質問に、私はまたぐるぐると思考を巡らせる。
男女を区別? そんなの……。
「身体つきが違うんだから、区別するのは当然なんじゃないでしょうか。
でも、区別と差別は別ですから、男女の差異が関係ないところでまで、男だから女だからっていうのは、違うような気がします。
たとえば肉体労働が得意な女性だって、家事が得意な男性だっているだろうし。
そういうのは一般的には変わっているのかもしれないけど、ダメってわけじゃないと思います」
思っていることを全部、という言葉を守って、私は言葉を連ねていく。
自分の考えを伝えるって、実は難しいことなんだってことを、質問を受けてすぐに実感した。
記憶がない、というのも理由の一つかもしれない。
実体験を語れないから、どうしても現実味が薄くなっちゃうんだ。
「女性が男性に混じって働いたり、男性が女性がするようなことをしても許されるってこと?」
「許されるも何も、そんなの個人の自由なんじゃないかなぁって。
男の人も女の人も、自分がやりたいことができるなら、そのほうがいいですよね」
男女を区別すること、から若干離れてきちゃっているような……。
それでも私の答えを書き取るエリオさんの手は止まらない。
こういう思想は国によっても全然違うだろうから、世界を特定する役に立つものなのか私にはわからない。
そもそも私の考え方が元いた世界で一般的なものか、っていう問題もあるよね。
そのへんはエリオさんたちもわかっていて、参考程度にってことなのかもしれないけど。
「じゃあそれに関連することを聞くけど、フィーラの思う“男性らしいこと”と“女性らしいこと”って何?」
「……えーっと、やっぱり男らしさって言ったら力を使うようなことでしょうか。
あとは政治関係も男の人が多いようなイメージがあります。女性がいないわけじゃない……と思うんですが、たぶん。
女の人は、家庭を支えるイメージがやっぱり強いです。
家を清潔に保って、子どもを育てて、夫の帰りを待つような。
ああ、でもそれはちょっと古いかも……」
「古い?」
「一昔前の考え方、というか。
今は働く女性っていうのもめずらしくないような……具体的には出てこないんですけど」
ああもう、記憶がないっていうのはもどかしい。
自分の考えっていうのは存在しているのに、現実的なこととなるととたんにわからなくなる。
かすみがかかっているみたいに、答えをつかめない。言葉が出てこなくなる。
「時代で移り変わっているってことだね。
男女平等って考え方が浸透してきているってことなのかな」
「たぶん、そうなんだと思います。
権利とか義務とかは男女でほとんど変わりないんじゃないでしょうか。
仕事とかになると、やっぱりまだ完全には平等じゃないと思いますけど」
たぶん、としか語れないのがつらい。
こんな答えでちゃんと役に立つのかなぁ。
心配にはなるけど、それでも少しでもたくさん答えたほうがいいはず、と私は頭をこねくり回す。
「じゃあ、次。
太陽や月はどうして昇って沈むか、わかる?」
それくらいは当然わかりますよ!
えーっと、でもどうやって説明すれば……。
* * * *
そんなふうに、何十問と質問されました。
いろんなジャンルの質問をバラバラに聞くのは、そうすることで思考がかたよらないように、なんだって。
頭の体操をしながらってことなのかな。よくはわからなかった。
質問の方向性があっちに飛んだりこっちに飛んだりだったから、頭を休める暇がなくて大変だった。
もちろんずっとしゃべりっぱなしだとつらいから、お茶を飲む時間くらいはあったけどね。
質問に答えたことで、私もこの世界のことをたくさん知ることができました。
一年は十二ヶ月で三百六十五日。四年に一度、一日増える。一日二十四時間の一時間は六十分。太陽も月も東から昇って西に沈む。月はだいたい三十日で満ち欠けする。
違和感がないってことは、たぶん私の元いた世界とほとんどおんなじなんだと思う。
異世界って言っても、こういう基本的なところは似通っていることが多いらしい。二時間で一刻だとか、単位が倍だったりすることもあるらしいけど。
生命ができる環境っていうのはすごく限られているらしいから、当然といえば当然なのかもしれないね。
「……とりあえず、ずっとここにいるわけにはいきません」
そう。思わず回想なんてしちゃったけど、ここはエリオさんの部屋。
いつまでもいたら、もしエリオさんが帰ってきたとき、エリオさんが休めなくなっちゃう。
私は自分の部屋に戻るか、違うところに行かないと。
椅子から立ち上がって、元に戻してから、エリオさんの部屋を出る。
私にあてがわれた部屋は隣だけど……。
さて、どこに行きましょうか?