35.もふもふは正義、かわいいは正義です

 仰向けに寝っ転がりながら、枕をぽーんと上に投げてみる。
 意外と重みのある枕はすぐに落ちてきて、広げた腕に難なく着地。
 あれ? 地面じゃなくても着地って言っていいのかな?
 まあ細かいことはどうでもいいよね。

 ……暇です。とてつもなく暇です。

 横になっていても全然眠くはならないし、一人で屋敷内を探検する勇気もない。
 たぶん、私はインドア派なんだと思う。
 探検も建物内ならインだろってツッコミはなしで。基本的な行動パターンの話だからね。
 インドアならインドアで、何かしら趣味があったんだろうけど、記憶喪失だから当たり前ながら覚えがない。
 帯のときみたいに、身体が覚えているっていうことも特にない。
 趣味に使う道具か何かを手に持ったりしたら、わかるのかもしれないけど。
 確かめてみたくても、そもそもそういう道具が客室にあるとは思えない。

「ひ〜ま〜」

 ごろごろとベッドの上で転がる。
 エリオさんは今ごろタクサスさんと話し込んでいるんだろうか。
 それともお話はもう終わっていて、他のことをしているんだろうか。
 そういえば私が食べたごはんに使った食器は、厨房に送っておいて、あとで片付けるって言っていたっけ。
 あんなにおしゃれなごはんが作れちゃうくらいだから、やっぱりきれい好きなのかな。
 エリオさんの女子力が高すぎて勝てる気がしません。

 子どもみたいに枕を抱えてごろごろしていた私は、ふと気づく。
 ベッドに広がった黒髪の合間からのぞくものに。
 手を伸ばしてそれをつかんでみると、緑色の紐がしゅるしゅるとほどけていく。……私の髪から。
 飛び起きて頭の後ろのほうをさわって確かめてみると、不自然に絡み合った部分がある。
 ゆるく三つ編みにされていた一房が、寝っ転がったことでくずれたんだと思う。

「え、これって今だよね? 今だよね?」

 誰に聞くでもなくつぶやきながら、そうあってほしいと願った。
 こんなぐっしゃりした髪でエリオさんと一緒にいたとは思いたくない。
 何も言われなかったから大丈夫だと思いつつ、気配り上手のエリオさんなら見て見ぬふりをしてくれた可能性もある。
 起きたとき横向きで寝ていたとはいえ、半日もずっと同じ姿勢でいたかなんてわからない。ベッドは乱れていなかったから、寝相は悪くないんだろうけど。
 とりあえず絡んだ髪を手櫛で整えておこう。

 それにしても……この紐、見覚えがない。
 光沢のある緑色の組紐。
 丈夫で、飾り気はまったくなくて、実用性重視みたいな感じがする。
 着ているひらひらの服とはあんまり合わない気がする。

 なんて言えばいいのかな。
 そう、違和感。

 指輪も、靴も、何も覚えてはいないのに身につけたとき自然だった。
 服だって似合わないとは思ったけど変だとは思わなかった。
 黒い髪も、黄緑の瞳も、これが私の色なんだって納得できた。
 でも、この紐にはそれがない。あるのは違和感だけ。

 エリオさんが言っていたのは、こういうことなのかな。
 私にとっての“普通”を知ることが重要だって。
 帯を解いたときにも思ったみたいに、身体が覚えているということ。
 私が当たり前だと思っているものには、違和感なんて感じたりしないんだ。
 違和感がなかった指輪や靴は、たぶん私のものであってるんだ。

 じゃあ、この紐は?
 私のものじゃないってこと?
 だったらどうして私の髪に結ばれていたんだろう。

 紐の両端を持って、ピンと張ってみる。
 丈夫そうで、髪を結うものにしては長いように見える。
 地味な、どちらかと言えば、男性的な紐。
 もし、誰かの手で私の髪に結ばれたのだとしたら。
 ……エリオさん、な気がする。ただの勘だけど。

 もちろんこの世界に落ちてくる前に結ばれたものだって可能性もある。
 でも、服装とのミスマッチ具合や強い違和感からすると、こっちの世界のものだってほうが自然に思える。
 何よりも引っかかるのは、優しいだけじゃなかったエリオさんだ。
 結界のことを黙っていたエリオさん。たくさん隠しごとがあると言っていたエリオさん。
 些細なことだけど、これもその隠しごとの一つなのかもしれない。

 そう結論づけると、次に気になるのは理由。
 他人に髪をさわられることに抵抗なんて別にない。
 ただ、不思議に思うだけ。
 長い髪が邪魔そうだったから、っていうなら素直に一つ結びにするはず。
 プレゼント、とかだったら黙っていたりはしないだろうし。
 長い髪を見てたら遊びたくなった……とか?
 実はエリオさんは女の子を着飾らせるような趣味もあるのかもしれない。今回は着せてませんが。
 でも、それならもう少しかわいいリボンとかを選ぶ気がするなぁ。
 う〜ん、まったくもって謎です。

 髪を結ばれていたのがエリオさんの仕業だとして、問題なのはこの紐をどうするか。
 エリオさんのものの可能性があるので、捨てるだとかは却下。
 どういう理由で結ばれていたのかわからない以上、放置するのも悪い気がする。
 かといってくずれる前みたいに後ろで一房だけ三つ編みなんて、そんな器用なことが自分でできるとは思えない。
 悩んだ結果、単純に一つにまとめることに決めました。

 一応、鏡の前で確認しながら、不恰好にはならないように気をつける。
 似合わなくはない、と思う。
 長い髪がまとめられて、動きやすくなった。
 それだけでもエリオさんに感謝、かな。

 髪型がくずれるからもうベッドで寝転がっちゃいけないし、ソファーにでも座ろう。
 と、ソファーに近づいて、私は運命の出会いをする。

「かわいい〜!」

 愛くるしいぬいぐるみが贅沢にもソファーを独り占めしていた。
 つぶらで、でもやる気のなさそうな真っ黒いフェルトの瞳。
 ベビーブルーのとてつもなくキュートなマンボウのぬいぐるみ。平べったいフォルムがたまらん。
 どうしようもないくらい愛おしさがこみ上げてきて、ソファーに座りながらぎゅーっと抱き込んでみた。
 ああ、すごく満たされる。癒される〜。

 そういえばエリオさんが落ち物の一つはぬいぐるみだって言っていた覚えがある。
 私のいた世界のものだし、私に関係あるかもしれないからって、全部この部屋に置いておいたとも言ってたかも。
 じゃあ、このぬいぐるみが最後の一つかぁ。小鳥さんは置いておけるものではないので除外ということで。
 このあふれる愛おしさは、絶対に私のものだってことだと思う。
 一目惚れって可能性もなくはないけど、ぎゅーってしていてすごく自然なんだもん。
 もし私のものじゃなくっても、お持ち帰りしたくなるくらいにかわいい。

 表情はなんだかアホっぽいんだ。アホっぽくて憎めないんだ。
 目はちゃんと両面についてて、どっちもまんまるなんだけど、どうしてかやる気なさげに見える。
 縫いつけられている口が真一文字だからかなぁ。
 アホっぽくてもマヌケ面でも、かわいいことには変わりないのです。




 もふもふ、ぎゅっぎゅ。

 うん、これだけでいくらでも時間つぶせそうです。



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