「どうしてですか?」
私がそう聞くと、エリオさんはエリオさんらしくない表情をした。
まるで、人を小馬鹿にしているような。
すごく似合っていなくて、でもどう見てもエリオさんの顔で。私はビックリして固まってしまった。
「むしろ、どうしてそんなに簡単に人を信じられるのかを聞きたいな」
エリオさんは皮肉げにそう言った。
「オレが君をだましていたらどうするの?
君とオレは実は知り合いで、どこかから君をさらってきていたのかもしれないよ」
そんなこと、考えたこともなかった。
エリオさんが私をだます? なんのために?
エリオさんが私をさらってきた? ……ありえない!
「それが本当ならそんなふうに言ったりしません」
「可能性を排除させようとしているのかもしれない」
一般論を言ってみるけど、エリオさんはそれをあっさり否定する。
どうしていきなりそんなことを言うんだろう。
エリオさんは、いい人だ。
私をだましたりしているようには、とてもじゃないけど見えない。
「たしかにエリオさんと会ってからまだ一日も経ってませんけど、エリオさんが悪い人じゃないってことくらいはわかります。
エリオさんなら大丈夫だって、エリオさんを信じたいって思うのは、理屈じゃないんです。
森で、何も覚えていなくて不安な私に優しくしてくれたエリオさんを疑うなんて、私には無理です」
うまく言葉にできないもどかしさ。
エリオさんなら大丈夫、って思うのは、無条件に近い。
ここがどこだかわからなくて、自分が誰だかもわからなくて。
そんな状況でパニックにならないですんだのは、エリオさんのおかげだから。
ちょっとした表情や動作から私の思いを読み取ってくれた。安心できる笑顔や言葉をくれた。名前を、教えてくれた。
それがどれだけうれしかったか、エリオさんにはわからないんでしょうか。
なんとかなるさって、そう思えたのは、エリオさんがいてくれたからなのに。
だまされているなんてこれっぽっちも思わなかった。
こんなに親切すぎて大丈夫かなこの人、って心配になっちゃうくらいだった。
優しいだけの人じゃないって今はもう知っているけど。
それでも、やっぱり優しくていい人っていう評価は、揺るがない。
「それは刷り込みだよ」
「そう……かもしれませんけど」
そこは、否定できない。
記憶に残っている中で一番最初に出会った人。
ひな鳥ほど単純なつもりはないけど、第一印象がプラス補正されていたりはするかもしれない。
「オレが正しいことをしているように見えたとしても、それは一面でしかない。
多数にとっての善は、少数にとっては悪かもしれない。
フィーラ、君は落ち人である以上、少数にならざるをえないんだよ」
落ち人。異世界人。
この世界の住人じゃない。ってそれだけの意味だと思ってた。
でも、それじゃいけないってエリオさんは言っているんだよね。
少数派は、多数派の前では敵わないものです。
私は、この世界だとどこにいても少数派になってしまうんだ。
……寂しいけど、悲しいけど、それは仕方ないことなんだ。
「エリオさんは私に疑ってほしいんですか?」
私は声が震えないように気をつけながら問いかける。
さっきから、エリオさんのまとっている空気は冷ややかで。少しも冗談なんて許されないくらいの緊張感がのどを乾かす。
「違うとは言いきれないね。
簡単に信じ込まないでほしいんだ」
簡単になんて、信じているつもりはないんだけれど。
私は私なりに、ちゃんと考えているつもりなんだけれど。
まだまだ、足りないんだろうか。
悲しいのか、悔しいのか、よくわからない。
でも、不思議とエリオさんを責めるような気持ちにはならない。
厳しさの中に、私への配慮があるように感じるせいかな。
「落ち人っていうのは、君が思っているよりもずっと危うい存在なんだよ。
詳しくはあとで話すことになるけど、力を欲している人にとっては落ち人は色々と都合のいい存在なんだ。
確実に、君を狙うものが出てくることは覚えていてほしい」
物騒な言葉に、私は目を丸くする。
「私を、狙う? どうしてですか?」
「力を持っているから。この世界に頼る人がいないなら洗脳することもたやすいから」
「せんのう……」
エリオさんの言っていることを、たぶん、半分も飲み込めていない。
私には力なんてない、って言いきることはできない。だって、自分のことを何も知らないから。
ただ、私には今、エリオさんしか頼る人がいないんだって、自覚する。
タクサスさんもいるけど、やっぱり一番最初に保護してくれたエリオさんの存在のほうがすごく大きい。
洗脳しやすいっていうのも、少しわかる気がする。
その人しか頼る人がいないって状況なら、その人の言うことをなんでも信じちゃいそうだもの。
……ん? つまり、私は今そういう状況ってこと?
だからエリオさんを無条件で信じちゃっているっていうこと?
そんなことない、って言えたらよかったんだけど。
こういうときの自己申告があてにならないものだってことはわかってる。
だから、エリオさんは私に信じてほしくないのかな。
なんだか、もやもやする。
「もしオレが君を洗脳しようとしていたら、どうする?
すぐに人を信用してしまう君が、オレから逃げられる?」
「エリオさんは洗脳しようとなんてしてないのに、そんなもしも話をするのはおかしいです」
「おかしくないよ。
ただ、もっと警戒心を持ってほしいってだけなんだ」
「人並みに警戒心はあるつもりなんですけど」
なんだか情けない気持ちになってきて、思わずそうつぶやくと、エリオさんに「足りない」と一刀両断された。
そんな、判断能力のない幼児じゃあるまいし。
自分の年齢もわからないから、もう立派な大人です! なんて言えないけど。
少なくとも危ないものに近づかない、とか、怪しい人についていかない、とか。ちゃんとそういう常識は持っていますよ。
……エリオさんは知らない人だったけど怪しくはなかったから、セーフということにしておきます。
「なんでもかんでも疑えっていうのは、酷だと思う。
それでもそれが必要なときもあるんだよ。特に落ち人の君には」
エリオさんのすることに間違いはないなんて、そんなことは言えないし、言わない。
でも、エリオさんにとって正しいものを、私も正しいと思う気がする。
もし、エリオさんが私を悪だって言うなら、私は自分を悪だと認識する気がする。
何も覚えていない私自身より、親切にしてくれたエリオさんのほうが信じられるっていうのはおかしいこと?
……おかしい、のかもしれないけれど。
他にしっかりとした判断基準が、私にはないんだ。
刷り込みかもしれなくて、洗脳にも近いかもしれなくて。
それでも、エリオさんを信じることをやめようなんて思えない。
こういうのは、はい、やめた! ってすっぱりできる問題でもないと思うのですよ。
無理なものは無理、嫌なものは嫌、って思う。
私にとってエリオさんを疑うことは無理なことで、嫌なことなんだ。
それに、エリオさんがどうして急にこんな話をしたのか、なんとなくわかるから。
えりおさんの金色の瞳に浮かぶ不安そうな色の理由に、気づいてしまったから。
やっぱり、いい人だとしか思えなくなってしまうんです。
「エリオさんは、私を心配してくれてるんですよね」
だから危機感を持たせようとして、自分のことを信じるなって言ったり、もしもの話で怖がらせようとしているんだ。
そうわかってしまうと、どうしても、エリオさんはいい人だなぁっていう結論になってしまう。
うう、それじゃいけないってことをエリオさんは語ってくれていたのに!
せっかくたくさん注意してくれたのに申し訳ないけど、やっぱり私はエリオさんを信じたいし、信じてる。
ごめんなさい、と、ありがとう。
そんな気持ちを込めて笑いかけると、エリオさんはへにゃりと眉を八の字にした。
「……これだから、警戒心が足りないって言ってるんだけど」
「大丈夫ですよ。エリオさんを疑うことはできませんけど、他の人ならちゃんと疑います!」
「いまいち信用できない」
握りこぶしを作って言いきっても、エリオさんの表情は晴れない。
髪をくしゃくしゃとかき回して、あーあ、とため息混じりに気の抜けた声をもらしている。
その憂い顔って、私のせいだったりしますよね。
エリオさんが心配してくれていることはわかっているんです。でも、そんなエリオさんだから、疑うことなんてできないんです。
「オレは君の信用に足る人間じゃないんだよ。
今だって、君にたくさん隠しごとをしているんだから」
信用に足る人間、ってなんだろう。
そんなの、私のほうがよっぽどなんじゃないかな。
何しろ、身元がわかっていなくて、記憶がなくて、極めつけにここの世界の人間じゃないんだから。
そうなると私が自分よりエリオさんを信じているのもおかしくないように思えてきた。
「隠しごとくらい、普通は誰だってあるものですよ。
私はエリオさんに助けられました。だからエリオさんがいい人だってことはよく知ってます。
信じる理由なんてそれくらいでいいんです」
信用っていうより、信頼に近いなぁって思う。
信じてる気持ちの大きさもあるけど、あんまり対等じゃなくて、こっちが一方的に頼っちゃってるあたり。
おんぶに抱っこでごめんなさい。
その分、依頼の協力はがんばりますから、よろしくです!