「オレの思い違いじゃないなら、フィーラ、オレの目の色が好き?」
「大好きです!」
エリオさんの問いに、私は間髪入れずに宣言した。
何を今さら、ってくらいの勢いです。
だって、すごくすごくきれいな色をしているんですよ。
はちみつみたいに甘そうで、柑橘類みたいにさわやかで、八重咲きの花みたいに鮮やかで。
そして、春のお日さまみたいにあたたかくて優しい色。
好きになるなっていうほうが無理な話です。
「……普通さ、人の目の色をいきなり認識できるようになったら、おかしいと思わない?」
言葉の意味が理解できずに、私は首をこてんと横に倒す。
認識できるように? 目の色を?
私の頭が悪いんでしょうか、言っていることがよくわかりません。
「ええと、どういうことでしょうか?」
わからないことは聞くしかありません。
聞かぬは一生の恥、ですからね。
「フィーラは落ち人だからわからないかもしれないけど、オレの目の色は少し珍しくてね。
だから、いつもは目を見ても色が認識できないように術をかけてる。
この屋敷ではそういった術が無効化されるから、今は色が見えるようになってるんだ」
……つまり、いつもはエリオさんの目の色が金色だってことがわからない、ってことでいいんでしょうか。
見ても認識できないっていうのがどういうことなのか謎だけど、見たはずのものが記憶になかったりすることってあるから、そういう感じなのかな。
そもそも私の場合、森にいたのより前の記憶は全部抜け落ちてますけどね!
「フィーラ? 理解追いついてる?」
「た、たぶん……?」
意図せず語尾が疑問形になってしまった私に、エリオさんは苦笑する。
わかってます。これじゃあ理解できてませんって言っているようなものだってことくらい。
だからそんな残念な子を見るような目を向けないでください!
「軽い暗示みたいなものだよ。
いつもなら普通の人には目の色が見えないってことだけわかっていれば大丈夫」
「それも術の効果、なんですよね?」
「認識の阻害って言えばいいのかな。存在感を消したりするのの応用」
暗示。認識の阻害。
やっぱり想像するしかできないことだけど、とりあえず効果はわかった。
見えているはずのものを見えない状態にしてしまうってことだ。
この場合、目の色がその対象だから、目を覗き込んだりしても、タレ目だとかはわかるけど、色までは見えない。
そのものを消しているわけでも変化させているわけでもないから、暗示みたいなものってことかな。
「便利そうですね」
納得して、そう返せば、エリオさんは怪訝そうな顔をする。
「……それだけ?」
「目の色を隠していたのにはエリオさんなりの理由があるんでしょうし、私がどうこう言うことじゃないと思うんです。
きれいだって思ったものをきれいだって言うのは悪いことじゃないでしょう?」
私はこっちの世界の常識を、“普通”を知らない。
だからエリオさんが目の色を隠す理由もわからないし、話してもらってもたぶん理解できない。
今のところ、エリオさんの事情は知らなくても困らない。
ただ、きれいな色だなって思ったのは本心だっていう、それだけのことだ。
「それはまあ、そうかもしれないけど」
エリオさんはまだ少し納得できていない顔だ。
何か間違ったことを言ってますか?
「あ、じゃあこの屋敷から出ちゃったらエリオさんの目の色、見えなくなっちゃうんですか!?」
思いついた可能性に、私は大きな声を上げてしまう。
こんなきれいな色を見れなくなっちゃうなんて、悲しすぎる!
「いや、フィーラにはもう見られてるから、術はかからなくなってる。
この術は一度でも認識されちゃえば意味がなくなるからね。
視覚に直接影響する術を使えば隠せるけど、そこまでするほどじゃないしね」
「そっか、よかった」
ほーっと私は息をついた。
思わず敬語が取れちゃうくらい、安心した。
息をついた私を見て、エリオさんは不思議そうな表情をする。
私を映している金色の瞳は、きらきらとやわらかい光を宿している。
猫の目みたいって思ったりもしたけど、やっぱり猫よりもずっときれいだ。
猫の目はガラス玉みたいだもんね。エリオさんはもっと大きいお日さまだもの。
「……フィーラの世界では、珍しい色でもなかったのかもね」
短い沈黙のあと、エリオさんはそうつぶやくように言った。
何かをあきらめたような、何かを悟ったような、そんな優しくて少し悲しい笑顔で。
どうしてそんな顔をするのか、私にはわからないけど。
目の色を隠している理由がきっと関わっているんだろうなって、それくらいは見当がついた。
「そうかもしれません。
とってもきれいな色だなぁって、思います」
「きれい、ね」
エリオさんの笑顔が少し歪んだように見えた。
まるで、自嘲するように。
そんな表情は見たくなくて、私は必死に褒め言葉を考える。
「お日さまみたいにあたたかくて優しい色をしてます。
エリオさんそのままです!」
結局、褒め言葉というよりもずっと思っていたことをそのまま伝えただけになってしまった。
おかしい。たぶん、語彙が少ないからいけないんだ。
つまりこっちの世界の言葉だからいけないんだ。と、責任転嫁をしておきます。
「……はあ、まったく」
毒気を抜かれたような顔で、エリオさんは笑う。
うん、こっちのほうがずっといい。
悲しそうにしているよりは、私に呆れて笑っちゃうほうがずっと健康的ですよ。
「出会って間もない人をそんなに信用するもんじゃないよ」
エリオさんは子どもに言い聞かせるみたいな声音でそう言った。
心配だ、ってさっき言ってたのは、そういうこと?
でも、信用するななんて、言われてできることじゃない。
そもそも助けてくれた人を信用しないで、誰を信用すればいいんでしょう。
エリオさんを信じたいと思うのは、いけないことでしょうか?