「……フィーラが危なっかしいのはすごくよくわかったよ」
エリオさんは困ったような笑みをこぼす。
困らせているのって、もしかしなくても私、ですか?
「え!? どうしてそうなるんですか!」
「どうしてもこうしても、見てればすぐわかる。
森でもこの子大丈夫かなって心配になってたんだから」
はあ、とため息つきの言葉に、私は驚く。
は、初耳です……。
私が親切すぎるエリオさんに対して持っていたみたいな感想をエリオさんも思っていたんですね。意味合いは違いますけど。
「立ち話が長くなっちゃったけど、オレはこれからタクサスのところに行くから。
フィーラは寝ていてもいいし、屋敷から出なければ好きにしてていいよ」
「自由時間ですか?」
私がそう聞くと、エリオさんはおかしそうに笑ってうなずく。
「そ、自由時間。
ただし案内したときに注意した点は忘れないように」
「入っちゃダメなとことかですよね。わかってます!
でも迷子になりそうなので、部屋でおとなしくしてますね」
一回の案内で、全部の部屋を覚えられたかどうか怪しい。
建物内とはいえ、迷子にならないか心配なのです。
だからできればみんなが起きている時間に探検したいなぁと思っていた。
もし迷っても通りすがった人に部屋を教えてもらえるように。そこから仲良くなることもできるかもしれないしね。
「わかった。あと一時間もしたら誰か呼びにくるから、そのつもりで」
一時間かぁ、じゃあ本格的に寝ちゃうわけにはいかないな。
いや、あんなにたくさん寝たから眠くはないんですが。
それより当初の予定通り、自由時間は考え事をしようと思うのですよ。
「慣れてない言葉を話して、口も疲れたでしょ。
ゆっくり休ませといてね」
「……ばれましたか」
そう、今まで話したことのなかった言葉を使うってことは、今までと違う唇と舌の動かし方をしないといけないってことなんです。
前にどんな言葉を話していたのか、それはわからないけれど、少なくとも今しゃべっているのとは全然違うと思う。
だって、慣れない動きにすごく疲れるんですよ!
舌とか引きつりそうになるんですよ!
「見てればわかるよ。
とにかく話して慣れるしかないから、しばらくはつらいかもしれないけど、あきらめてね」
そう言ったエリオさんはなんというか……イイ笑顔でした。
あれ? もしかしてエリオさんって、これが素?
ちょっとイジワル系キャラだったりしますか?
盲点です。いつも優しいけど実はちょっぴりイジワル、というギャップ萌えなのですね。
一見冷たそうに見えて実は優しい、というギャップを持っていそうなタクサスさんとセットにするとバランスがよさそうですね。
「が、がんばります」
そう答えた私にさっきとは違う優しい笑顔を向けて、「またあとで」とエリオさんは部屋を出ていきました。
ぽつんと急に静かになった部屋で、窓の外に目をやる。
屋敷内を案内してもらっているときに白んでいる空が窓から見えた。今はもう太陽も輝いていて、朝って言ってもいい時間だ。
案内してもらいながら色々とお話してもらったところ、今は初春だってことがわかりました。
冬が終わったかなってくらいにしては暖かいですが、このへんは温暖な気候らしくて、冬でもそこまで寒くならないそうです。
過ごしやすくてよさそうだけど、だったら雪は見れないんだね、残念。
そもそも見れたとしても一年後で、そのときまでこの世界にいるかもわからない。
……帰れるのかな。
エリオさんは、落ち人について自分は詳しくない、と言っていた。
タクサスさんのほうがまだ詳しいし、賢者仲間には落ち人や異世界を専門に調べている人がいるそうです。その人とも会うことになるかも、と教えてくれた。
その賢者仲間さんなら、知っているのかな。
落ち人が元の世界に帰ったことがあるのかどうか。
落ち込む、というほどじゃないけれど、少し沈んできた気持ちにふたをする。
今はそんなことを考えていても始まらない。
考えるべきことは、他にも山ほどあるんです!
寝室に入って、靴を脱いでベッドに倒れ込む。
スプリングが利いていて気持ちがいいです。お布団もふかふかだし。
今まで履いていた靴も落ち物の一つ。部屋を出るときにエリオさんに履いてみたらって勧められて、ぴったりだったのでそのまま履かせてもらっていたのです。
仰向けになるために、帯も解いてしまう。
解き方も結び方も身体が覚えているようです、よかった。
これで考え事の姿勢が整った。
お行儀悪いとか、言ってはいけませんよ。
ごろんとベッドに横になっても、眠くはならない。
そりゃあ半日も寝ていたんだから当たり前だ。
まず考えるべきことを、順にあげていこう。
私はどうして記憶を失ってしまったのか。
異世界でちゃんと暮らしていけるのかどうか。
エリオさんたちへの協力内容のこと。
さっきエリオさんに注意されたことについて。
とりあえずはこんなものだろうか。
記憶をなくしてしまった理由は、異世界に落ちてきた衝撃のせいかもしれない、とエリオさんが言っていた。
その可能性もある、という程度のものだったけど。
私が落ちてきたときに、エリオさんたちはすごい衝撃を感じたんだそうだ。
それこそ、記憶くらいふっ飛んでもおかしくないかもしれないくらいの。
衝撃による一時的なものなら、普通にしていれば自然に戻るはず。
そうだといいなぁ、と思ってしまうのは、何か特別な対処法を試すのは不安だし面倒だ、というのがある。
なんとなくですが、自分の性格もつかめてきましたよ。
基本的に事なかれ主義で面倒くさがり屋ですね。
細かいことは気にしない楽観主義者で、落ち込んだりしても気持ちを切り替えるのもわりと早いようです。
次に、異世界でちゃんと暮らしていけるかどうか。
これは実際に過ごしてみないとわからない、としか言えないかな。
今はまだ、どれくらい元の世界と違うところなのかどうか、わからない。
記憶がなくても身体は覚えているものだから、元の世界との差異に戸惑うことはこの先きっと出てくる。
そのときどうするか、どうすればいいのか。
私のキャラからいって、悲嘆にくれるってことは少なくともありえなさそうだ。
エリオさんもいるし、タクサスさんもいる。他にも使用人さんが三人いるらしい。
一人じゃないなら、なんとかなると思う。本当に助けてもらってばかりで申し訳ないけども。
三つめ、これからエリオさんたちにどうやって協力していくのか。
質問にたくさん答えてもらう、ってエリオさんから聞いている。
どんな質問か、どういった意図によるものかも、大まかには説明を受けている。
質問はタクサスさんに考えてもらっているらしいけど、一般常識的なものから、個人的な価値観まで、はば広くなりそうだとか。
私にとって当たり前なことを知ることで、異世界を特定できるかもしれないのと、質問が記憶を思い出すきっかけになるかもしれない、とも言っていた。
帯の巻き方を身体が覚えているように、記憶がなくても、私の中に残っているものはちゃんとある。
それを一つ一つ探っていこう、っていう趣旨なんだろうと思う。
はたして質問に答えるだけで協力していることになるんだろうか。
もっと自分にできることはないんだろうか。
私を保護してくれたエリオさんに、ここに住まわせてくれるタクサスさんに、お返しできることが他にもあればいいのに。
それを見つけることが、当面の目標でしょうか。
……なんでもできそうなお二人だから、すごーく難しい気もしますが、がんばりますよ。
最後に、さっきエリオさんが言っていたことについて。
警戒心が足りないって、危なっかしいって。
そんなこと、ないつもりなんだけども。
エリオさんを無条件に信じちゃっていることについては自覚している。
でも、それが悪いことだとは思っていない。
だって、助けてくれた人だよ。私からすれば、信じないほうが不思議なくらいだ。
こういう考え方が、警戒心が足りないって言われる理由なのかな?
私だって、人を疑ったりしないわけじゃないと思う。
記憶がないから断言はできないけど、たぶん怪しい人がいたら、遠慮なく疑う。
エリオさんやタクサスさんは、私にとって疑うべき人じゃなかったってだけの話だ。
それがいけないと言われちゃうと、もうどうしようもない気がする。
現状維持……で、いいかな?
会う人会う人、みんなを疑うことなんて私にはできそうにない。
もちろんエリオさんが心配するなら、がんばって警戒心を持つようにはするつもりだけど。
エリオさんを信じるなっていうのは、やっぱりどう考えても無理だ。
さてと、考え事も終わりました。
残った時間、何をして過ごしましょうか。