27.魔法が使えたら楽しそうですね

 どうしましょう、大変です。
 私、期間限定でもここに住むなんて無理かもしれません……!

「フィーラ、大丈夫?」

 エリオさんの心配そうな声にはっとする。
 飛びかけていた意識が戻ってきて、私はこくこくとうなずいた。

「だ、大丈夫です、たぶん」
「ならいいんだけど……」

 明らかに信じていなさそうなエリオさん。
 薄暗くても私の顔色の悪さはそれだけわかりやすいのかもしれない。
 何しろ冷や汗ダラダラですからね!

 あれからまた少し説明を受けて、今は屋敷内を案内してもらっています。
 衣食住は保障するって森で言っていたように、私はしばらくここで暮らすことになるようです。
 さっきまでいた部屋が私のための客室だそうで。
 あんなに広い部屋を一人で使っていいのかなぁとか、何から何までお世話になりっぱなしで申し訳ないなぁとか、色々と思うのですが。
 エリオさんは私を不安にさせないように気を配ってくれているし、思わず納得させられちゃう説得力がある。
 だから、いつの間にかここに住むことも了承させられちゃってたんだけど。

 やっぱり無理なんじゃないかなこれ……!

 そう思ってしまったのにはちゃんと理由がある。
 今、私たちがいるのは一階の応接室。だだっ広いです。
 二階はいくつかの部屋を見せてもらったけどほとんど客室で、三階はタクサスさんの居住スペースだから今は行っちゃダメ。
 一階に下りてきても引き続き、さわっちゃいけないものだとか、開けちゃいけない扉だとかを丁寧にエリオさんは教えてくれています。ここ以外にパーティでも開けそうな広すぎる部屋もありました。

 で、何が無理かというとですね。
 廊下を歩いてて、ふと気づいたわけなのですよ。
 壁にかかっている照明が、私たちが近づくほどに明るくなっていくことに。部屋に入ると薄ぼんやりと明かりがつくことに。
 エリオさんが操作しているのかなって思って、聞いてみました。
 そしたら……。

「この屋敷はほとんどタクサスの力で動いてるよ。
 照明もだけど、大きなものを違う階に移動させる陣だとか、他にも色々。
 オレたちはそれを利用してるだけ」

 当然のようにそう説明してくださいました。
 それって、魔法が使えないと暮らせないってことじゃないんでしょうか……。
 私、魔法使える気が全然しないんですが、いったいどうすれば?
 もしかしてエリオさんたち、魔力をまとっていたからとかそんな理由で、魔法も使えるものだと思ってる?

 そんなこんなで、冷や汗ダラダラしているのです。

「あ、あの……私、魔法使えませんよ?」
「本当に?」
「え?」

 ちゃんと断りを入れておこうとした私は、重ねられたエリオさんの問いかけに目を丸くする。
 本当にって、魔法が使えないことに対してだよね?
 そりゃあ使えません……よね、たぶん、きっと。
 あ、そうだよ、私には記憶がないんだから、使えるかどうかなんてわかるはずがないんだ。
 なのに使えないって言いきっちゃったから変に思われたのかな。

「た、たぶんですけど、使えそうな気がしないので」
「そっか……」

 考え込むようにエリオさんは目を伏せる。
 ぼんやりとした明かりの下でも、エリオさんの金色の瞳は猫みたいに光を宿しているように見える。
 まつげ長いなぁ、さすがイケメンさん。女性的な顔立ちではないけど、きれいだと思う。

「そういうのって、見ただけじゃわからないものなんですか?」

 エリオさんには私は魔法が使えるように見えるのか気になったので、聞いてみる。
 魔法を使える人が見ただけでわかるなら色々と便利な気がするんだけど。
 実際どうなんだろう?

「魔力があるかどうかはわかるけど、術を使えるかどうかはわからないね」
「じゃあ私は魔力があるんですか?」
「あるよ。それはすぐにわかった」

 なんと、魔力持ちですか私。
 ということはがんばれば魔法が使えるようになっちゃうのかもしれない。
 エリオさんの話し方からすると、魔力を持ってる人と魔法を使える人は別ってことだよね。
 魔法を使うためにはちゃんと練習しないといけないのかな。
 適正とかそういうのもあるのかもしれないけど、使えたら楽しそうだ。

 ……って、話が脱線してしまった。
 今問題にするべきところはそこじゃない。ここに住めるかどうか、ですよ。

「もしかして、魔法が使えないとここに住めませんか?」
「それは大丈夫。……ああ、心配してたのはそこか」

 そこですよ! そこ以外に何があるんですかっ!
 何やら一人で納得しちゃっているエリオさんにちょっと恨みの念を送りたくなりました。
 でも、大丈夫と言われたことにほっとして、その前に気が抜けちゃいました。
 よかった、私はここにいても大丈夫なんだ。
 思っていたより、この屋敷を気に入っていたみたいです。

「この屋敷は全部タクサスの力で制御されてるんだ。そうでもしないとこの森に人は住めない。
 で、大がかりで面倒な術を使ってるんだからついでにってことで、色々と便利機能が備わっているんだよ。
 照明は『明るくなってほしい』と思うだけでつくから、特別なことをする必要はないよ」

 エリオさんの説明に素直に驚く。
 この森って実はけっこう危険地帯だったりするんですか。
 照明もそうってことは、たとえば普通は電気やガスで動くようなものが全部、タクサスさんの力で動いてるってことなのかな。
 でも、明るくなってほしい、なんてあいまいだなぁ。

「心の中でそう思えばいいんですか?」
「そう。フィーラの寝室も起きたとき明るくならなかった?」
「あ、なってました!」

 そういえば気がついたら部屋が明るくなってたんだ。
 何かのスイッチを押した覚えもないし、今の今まで疑問にも思わなかったけど、なるほど。そういう仕掛けだったのか!

「この森……ルーの森は特殊で、人が住むには適していない場所なんだよね。
 でも放っておくとちょっと危険だから誰か管理する人が必要で、それは賢者くらい力を持っている人間じゃないと務まらない。だからタクサスがここに住んでる。
 そんなところに建ってる屋敷が普通なわけがないよ」

 やっぱりこの森はちょっと特殊なようですね。
 タクサスさんは森の番人って感じなんでしょうか?
 ん? 見張っているだけじゃなくて管理しているなら、番人じゃなくて管理人?
 どっちでもあんまり意味は変わらないか。

「タクサスさんが寝てたりしても、ちゃんと動くんですね」

 さっき部屋で、タクサスさんはまだ寝てるってエリオさんが言っていたもんね。
 タクサスさんが寝ていても、力が途絶えて屋敷が動かなくなるってことはないんだろう。

「一度力を流し込んでおけば、あとは勝手に動いてくれるからね。
 動力が違うだけで、機械仕掛けと似たようなものだよ」
「難しいですね……」

 回路みたいなものがすでにあるってこと?
 先にそこに魔力を流しておけば、あとは全自動?
 充電電池に電力をいっぱいためておくようなものと思えばいいのかな。
 ちゃんと説明されても、全部理解できる気はしない。
 なんでだろう、私が馬鹿なのかな……。

「フィーラの世界にはそういう力がなかったのかもね」
「どうなんでしょう?」

 エリオさんが魔法を使ったとき、ビックリはしたけど素直に魔法だーって思ったから、似たようなものはあったのかもしれない。
 でも、屋敷全体が魔法で動いてると言われると、簡単には想像つかない。
 この違いはなんなんだろうなぁ。

 私がぼんやり考えていると、急にエリオさんが応接室の入り口を振り返る。
 そっちに私が顔を向けるのと同時に、

「エリオ」

 その場に低い声が響いた。




 ……エリオさん以上の美形さんのご登場ですよ。



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