むくり。
ぼへー……。
…………はっ、おはようございます。
清々しい朝ですね!
って、ごめんなさい、適当なこと言いました。ちゃんと見れば窓の外は真っ暗です。
まだ頭がぼーっとして、現状把握ができてないんですが。
それなりの時間寝ちゃってたようです。
とりあえず、目が覚めたら全部夢でした展開はない、みたい?
自分がどこの誰なのか、やっぱりなんにも思い出せないまんまです。
寝る前のことは、ちゃんと覚えてる。
森の中でエリオさんに会って、なんだかんだで保護してもらうことになって、タクサスさんのお屋敷まで運んでもらって。
屋敷の近くまで来たところで急に眠くなって、そこで記憶は途切れています。
運んでもらってるとき、エリオさんの背後にお日さまが見えた。屋敷は東って言ってたから、あのときは夕暮れ前。
人さまの腕の中で寝落ちたあげく、こんなに暗くなるまで起きなかったなんて。
我ながら図太い神経だなって感心したくなるね!
たぶんここはタクサスさんの屋敷内のお部屋。
このふわふわもこもこの、やだやだ起きたくないってダダをこねたくなる魅惑のベッドまで、エリオさんが運んでくれたんだろう。
重ね重ね、ご面倒をおかけします……。
ベッドにもぐったままきょろきょろ室内を見てみる。
クリーム色の壁紙に、ベージュの床。今寝てるベッドは壁際にあって、そのすぐ横にはお嬢さまが手紙とか書いていそうな一人用の書机。窓の近くに私が横になれるくらいの、座り心地のよさそうなソファー。他の調度品とかも統一感があって、落ち着いた雰囲気だ。
部屋は広いし、天井は高いし、ベッドもおっきいだけじゃなくて天蓋つきだったりするし、お金持ちの家! って感じがするのに、不思議とまったりできる。
これってすごいことな気がする。タクサスさんは趣味がよろしいようです。
……ふわぁあ。
ダメだ、これ以上ベッドの中にいたら二度寝してしまう。
現状把握のためにも、ここでふわもこの誘惑に負けるわけにはいかない!
床に足を下ろして、またビックリ。床も少しもこもこしています。
足の裏がくすぐられてるみたいでちょっぴりくすぐったい。
思わず床にごろりんってしたくなるけども、今は我慢。
立ち上がったら急に、ちょっと自分でもどうかと思うんだけども、お腹が空いてきた。
最後にいつごはんを食べたのかもわからないからなぁ。
水分すら取ってないから、もう少ししたらお腹の虫がすごい鳴き声を上げてしまいそうだ。
私ってもしかして、食いしん坊キャラなんだろうか。
こういうとき、よくあるパターンとしてはテーブルの上とかにごはんが用意してあるものですが。
やっぱりそれはフィクションの中だけのお約束なようです。
ベッドの横の机には、ただポツンと指輪が転がっているだけ。……え、指輪?
なんでこんなところに指輪があるんでしょう。誰かの忘れ物かな。
一目惚れというと違う気もするけれど、なんだか惹かれて、そっと手にとってみる。
透明な黄緑色の宝石のついた、華奢なデザインの指輪。
そうすることが自然なように思えて、私は自分の右手の薬指にはめてみた。
……あつらえたみたいにピッタリです。
こんなにピッタリだと、ここに置いてあったこともあるし、自分のものだってのを疑うほうが難しいくらいだ。
もしかしたら、森で目が覚める前に外れちゃってたのを、エリオさんが拾って置いておいてくれたのかもしれない。それならここにある理由もつく。
でも、エリオさんがこの指輪のことを言わなかったのはなんでだろう?
もんもんと考えながら周囲を見回すと、ふと黒髪の女の子と目があって思わず飛び上がる。
すごくびっくりしたけど、よく見ると鏡に写った私自身のようです。やっと自分の顔を確認できました。
不細工ではないと思うけど、特別かわいくもないというか、いたって普通!
目の色は明るい黄緑色。鼻はあんまり高くなくて、唇はうすい。
外見年齢は十五歳くらい?
でも、童顔の可能性もあるし、本当は何歳なんだろうか、私。
自分のことがなんにもわからないのは、少し不安だったりもするけど。
うん、これが自分なんだなぁって、やっぱり納得。
大丈夫だとは思ってたけど、違和感とかなくてほっとした。
それから、なんとなく窓を開けて、外を眺めてみる。
周りの木々や地面までの距離を見ると、ここは二階らしい。
空は真っ暗。今が夜になったばかりなのか、夜中なのか、夜明け近いのかはわからない。
風はそんなに強くないけど、少し肌寒い。そのおかげで頭がすっきりしてきた。
変な夢を見た気がする。
二つの光があって、声のような意思が伝わってきて。
あっちとかこっちとか、つりあっちゃダメとか。
記憶喪失もののお約束としては、ここは過去の夢を見るものだと思うんですよね!
起きると内容は忘れちゃってるんだけど、「懐かしい感じがする……」って涙を流したりするものですよね!
あれは絶対に過去とかじゃなかった。というかあれが過去だったら私って何者。
正直、あっちこっち言われたって意味がわからんのです。
重要っぽかった最後のほうは聞き取れなかったし。
夢の中で気をつけようって思ったのは嘘じゃないけど、そもそも何に気をつけたらいいのかも謎だ。
記憶の片すみにとどめておけばいいのかなぁ。
とんとん、とノックの音がして、考え事に没頭していた私は飛び上がった。
「うひゃっ! は、入ってます! ……って、え、あれ?」
驚いて変な声をもらし、あわてて返事をして、返事ができたことにまた驚いた。
一人漫才みたいな流れだけど、そんなこと考えてる余裕はない!
「ちゃんと、話せて、る?」
うそ! なんで!?
寝ちゃう前は変な声しか出なかったのに!
「大丈夫? 開けるよ?」
「あ、はい……」
思考停止状態で、特に深く考えずにそう返した。
扉が開いて、そこにいたのは、金魚みたいな赤茶色の髪と、お日さま色の瞳の男の人。
……エリオさん、だ。
なんだかすごく安心して、肩の力が抜けていくのを感じる。
「おはよう、よく眠れた?」
「お、おはようございます。はい、たぶん」
にっこり笑顔に、思わず私も笑顔で答える。
しゃべれることに驚いてはいるんだけど、エリオさんの顔を見ただけでけっこう落ち着いた。
エリオさんは驚いてないってことは、何か知ってるのかな。
「あの、私、なんで――んぎゃ!」
いったーい! 舌かんだっ!!
たくさん聞きたいことがあって、しゃべれるならって気がはやって。
何から話せばいいのかとか全然考えてなかったから、うまく口が動かなかった。
あう……舌がひりひりする〜。
ううん、それだけじゃないのかも。
これは、魔法で聞き取れるようになった、エリオさんの話していた言葉と同じ言語。
口の動かし方に、まだ私の身体が慣れてないんだ。
あれ? ってことはこれも、エリオさんの魔法のおかげ、なのかな。
そう思ってエリオさんを見てみると。
……扉の向こうでお腹抱えて笑ってました。
やっぱり笑い上戸なんですね、エリオさん……。