22.タネも仕掛けもありません?

「ご、ごめん。大丈夫?」

 一応、紳士的に謝ってるけど、声が震えてますエリオさん。
 目のはしに涙たまってるし、ごまかすように咳払いしたって意味ないです。
 舌かんだくらいでなんでそんなに笑うんですかっ!
 納得行きません。理不尽です。エリオさんも何か笑える失敗をすればいいと思います。
 ……ちょっと想像つかないけども。

「君が寝てる間に、話せるように魔法をかけさせてもらったんだ。
 あの魔法は意識がないほうが抵抗が少なくてすむから。
 無断でごめんね」

 笑いの発作は治まったのか、ちゃんと申し訳なさそうな顔をしてエリオさんは説明してくれた。
 思ったとおり、話せるのはエリオさんのおかげらしい。
 あのときの頭痛は私の脳みそがビックリしたとかそういう理由だったってことかな。
 でもって寝ているときならそんな副作用もなく安心安全だと。
 ふむふむ、魔法って万能じゃないんですね。

「いえ、話せたほうが私も助かります! ありがとうございます」

 ぺこり、私は頭を下げる。
 最低限の礼儀は心得てるつもりなのですよ! たぶん!

 森ではあんなに大変だったのに、あっさり話せるようになっちゃって拍子抜けはしちゃうけど。
 考えてみると、記憶がないことより話せないことのほうが差し迫った問題だった気もする。
 知識を移す魔法とやらも二度目だから特に戸惑いとかもなかった。

 しゃべり方がわかるのと、実際にしゃべるのとは勝手が違うみたいで、自分の口の動きに違和感はある。
 そのうち慣れるんだろうけど、記憶がなくなる前も私は公用語を知らなかったんだなって確信する。
 頭で覚えるのと身体で覚えるのって全然別なんだね。
 記憶がなくても、この言葉をしゃべったことがないってのは、身体がわかってる。
 今までどんな言語を使ってて、今はどうしてそれを話せないのかは、わからないんだけど。

 いろんな国で使われてる言葉を知らなかったなんて、たぶんすごく遠いところから来たってことだよね。
 なんであんな深い森の中に一人でいたのかなぁ。

「よかった、どこも異常はなさそうだね」
「はい! 元気いっぱいです!」

 ほっとしたような表情をしたエリオさんに、私は握りこぶしを作って言いきった。
 たくさん寝たからか、気分がすごくさっぱりしてる。
 記憶がないことや話せないことで、知らないうちに気を張ってたのかな。
 私の返事にエリオさんは笑みを深める。そうすると金色の瞳がやわらいで、春の日射しみたいにあたたかく感じられた。

「もしこのまま起きてるつもりなら、タクサスはまだ寝てるから、先に話しておこうと思うんだけど」

 思ってもみなかった提案に、私は目をまたたかせる。
 このまま起きてても大丈夫な時間なの?

「え? 今って夜ですよね?」
「夜中、というより明け方近いね。あと一時間もすれば夜が明けるよ」

 そう答えながら、エリオさんは後ろに目をやる。そっちに時計があるらしい。
 ここからだとエリオさんであんまり見えないけど、扉の向こうにもまた部屋がある。二部屋続き?
 明け方近いって、半日くらい寝てたのか、私。
 エリオさんはあれから寝てないのかな。それとも早起きさんなのかな。どっちだろう。
 とりあえず眠そうには見えないし、心配ないよね。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 エリオさんの提案は私にとって願ったりだ。
 ぐっすり寝ちゃってたから眠気はないし、知りたいことはたくさんあるし。
 何より話せるようになったから意思の疎通もラクラク!
 うっかり質問攻めにしちゃったらすみません。

 の、前に。なぜかエリオさんとの距離が微妙に気になる。
 私は窓の前にいて、エリオさんは扉の前から一歩も入ってきていない。
 声は届くけど、話しにくくないのかな?

 私が首をかしげると、エリオさんは困ったように微笑んだ。
 それから、「こっちで話そう」と言って手招きする。私のせいでジェスチャーする癖がついてませんか。
 断る理由もないからうなずいて、扉の向こうに消えるエリオさんを追う。

 てっきり、部屋がつながってるだけだと思っていた私は、またもやビックリ。
 扉の向こうの部屋は、寝ていた部屋とは全然違った。
 壁の一面はほとんど窓になっていて、その向こうにはベランダが見える。窓の横にはすくすく伸びてる観葉植物。窓の外が見えるくらいの位置に丸テーブルと椅子。
 他にも、たぶん出入口と思わしき扉の横にある花瓶に花が生けてあったり、壁に絵画がかけられていたり、部屋全体がどこか華やかで。
 まるで優雅にお茶会でもするためにあるような部屋です。
 これは、もしやあれですか。居間と寝室が分かれてる客室ってやつですか。
 リッチですね! さすがお金持ち!

「さ、どうぞ」

 エリオさんは椅子の背を引いて、手を差し伸べてくる。
 えっと、あの、すみません。
 天然キザ紳士のエリオさんにはエスコートだとかレディーファーストだとか普通なのかもしれないけど。
 そういう扱い、私には不要です! 無茶ぶりすぎます!!

「うあ、ありがとう、ございます?」

 変な声を出しつつ、その手は取らずに座らせてもらう。ごめんなさい、小市民なんです。
 「いえいえ」とか笑顔で言われてもほんと心臓に悪いだけなんです。
 よし、記憶はないけど、自分がお嬢さまじゃないってことはわかったぞ!

 あ、帯が後ろで結んであるせいで背もたれに体重かけられないや。
 中途半端な体勢でちょっときつい……ベッドでも横向きで寝てたんだよね。
 私が座ったのを確認してから、エリオさんも隣の椅子に座る。
 隣っていってもそんなに近くはない。丸テーブルが大きめだから、正面に座ったら遠いんだろうなぁ。

「まずは、腹ごしらえでもどうかな?」

 おお、さすがエリオさん、わかってますね!
 実は今にもお腹の虫が情けない声を上げそうで困ってたんです。
 夜中というか夜明け前だけど、半日寝てたんだからエネルギー摂取は必要なはず。
 ん? でもタクサスさんはまだ寝てるってさっき言ってたから、当然ごはんは食べ終わっちゃってるってことだよね?
 まだ残ってるのかな? それとも新しく作ってもらうのかな?

「いいんですか?」

 お腹の虫さんをがんばって抑えながら、訊いてみる。
 ここで鳴られたら、笑い上戸のエリオさんに大爆笑されること確実だからね。

「うん、実はもう作ってある。
 百聞は一見にしかずってことで……」

 そう言うと、エリオさんはテーブルを人差し指でトンとつつく。

「…………」

 私は絶句するしかなかった。
 だって、だって!




 一瞬前までなんにもなかったテーブルの上に!

 いきなりおいしそうなごちそうが出てきたんですから!



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