09:お久しぶりの彼と話をしました

《やあ、サクラ。元気にしてた?》

 そんな声が聞こえてきたのは、昼食を食べ終わって中庭をお散歩していたときだった。
 声の聞こえてきたほうを見てみれば、ふわふわと浮いているオパール色の未確認飛行物体――ではなく、精霊。

「あ、オフィ。久しぶり」
《久しぶり!》

 片手を上げて挨拶してみると、オフィは私の周りをくるくると回りながら、明るい声で挨拶を返してきた。
 このテンションの高さも、久しぶりだなぁ。
 相変わらずオフィは元気いっぱいのようです。よかったよかった。

「最近見なかったけど、どうしてたの?」

 なんだかんだで一ヶ月近く姿を見ていなかったような気がする。
 オフィは、というか精霊は気まぐれな生き物みたいだから、そんなもんかと思ってたけど。
 こうして戻ってきてくれると、それまでどうしていたのか気になるものだよね。

《西に行って遊んでた!》
「西? 西に何かあるの?」

 隊長さんに見せてもらったこの国の地図を脳裏に思い描いてみる。
 でも、あまり出来のよくない頭では、虫食いだらけの地図にしかならなかった。
 たしか、この砦は国の南東部にあって、この砦から一番近い町はここから北西に馬で数十分のところにあって。
 西っていうと……国の中心に近くなる? それともこの国よりも西ってこと?

《この国の都だよ。ニンゲンが多いから、人の子の精霊もたくさんいるよ》
「じゃあ、仲間に会ってきたんだね。楽しかった?」
《うん、みんなサクラに会いたがってたよ!》
「わ〜、オフィサイズがいっぱいとか、かわいいだろうなぁ。にぎやかで楽しそう」

 会いたいだなんて、モテモテじゃんか、私。
 これがトリップ主人公補正というものか! ……なんか違う気もする。
 やっぱりみんなオフィみたいな色をしているのかな。それとも精霊によって色が違うのかな。
 力のある精霊は人間の姿を模することができるって、本で読んだけど、本当なのかな。
 精霊の存在自体がファンタジーだから、興味は尽きそうにない。

《そのうち必ず会えるよ》
「そうなの? ちょっと楽しみ」

 必ず、か。精霊さんたちが会いに来てくれるのかな。
 大名行列ならぬ精霊行列……想像しただけでかわいい。

「そういえばオフィ。気になってたことがあるんだけど」
《なになに?》

 私の手のひらにちょこんと乗ったオフィが、こてっと小首をかしげた。
 その仕草をかわいいなぁと思いながら、私は問いかける。

「精霊の客人は元の世界に戻れないって、本当?」

 隊長さんからも小隊長さんからもそう聞いていたし、精霊の客人に関する本にも書いてあった。
 だから、答えはわかっていたようなものだけど、最終確認に私をこの世界に連れてきた張本人に聞いてみようと思っていたのだ。
 タイミングを逃して今の今まで聞けなかったから、ちょうどいい。

《ホントだよ。ボクらは連れてくることはできても、送り返すことはできないんだ》

 いつもどおりの明るい声で、オフィは告げる。
 その声にふさわしくない内容を。
 落胆が、なかったと言うと嘘になる。
 でも、やっぱりな、というあきらめの気持ちのほうが強かった。

「どうして?」

 それでも一応、私は尋ねてみる。
 好奇心とかそういうものじゃない。
 期待をこてんぱんにやっつけるために、異世界トリップの原理を知るのは必要なことだ。

《うーんと、説明が難しいんだけど。まず、異世界人を呼ぶには、二つの世界の空間をつなげなくちゃいけないんだよね。でもって、精霊を送って融合する。そうすることで網をかけるんだ。で、あとはそれをこっちの精霊が引っぱって連れてくる。ここまではいい?》
「うん」

 ちんまりした眉をひそめながら説明してくれるオフィに、私はしっかりとうなずく。
 私の中にはフルーオーフィシディエンという精霊がいるらしい。
 お風呂場で聞こえた笑い声の主で、自動翻訳してくれたりしていて、前にその子のせいで大変な目にあったこともある。
 お話しするどころか、存在を感じることすらできないけど、きっとこの先一生のお付き合いになるんだろう。

《もし元の世界に帰すなら、引っぱるんじゃなくて、今度は押し出さないとでしょ? でも、押し出そうとしても、異世界まで届かないんだ。飛ばすには、ニンゲンはおっきすぎる。だから、精霊の客人は帰れない》

 オフィの語り口調はあっけらかんとしていて、深刻な様子は欠片もなかった。
 でも、だからこそ、本当なんだなと理解できてしまった。
 そもそもオフィが嘘をつくとも思えないしね。

「……そっか」

 小さくつぶやいて、苦笑をこぼす。
 つまり、簡単に言うなら、連れてくるよりも帰すほうが難しくて、帰すには力が足りない、ということなんだろう。本で読んだとおりだった。
 元の世界に帰る方法は、どこにもない。
 その事実は、変えようのないものなんだ。

《帰りたいの?》

 不思議そうにオフィは問いかけてきた。
 罪悪感も何もなく、ただ純粋に疑問に思っているように。
 精霊は、人間とはまったく違う生き物なんだな、と不意に実感した。

「ちょっと、聞いてみただけ」

 私はそう言うことしかできなかった。
 複数人から聞いていたし、本にも書いてあったし、わかっていたことだった。
 帰りたいとか、元の世界のこととか、できるだけ考えないようにしていた。
 目の前のことでいっぱいだったし、誰も恨みたくないし、自分が不幸だなんて思う気もないし。
 ふと、寂しいな、と感じるときにも、隣に隊長さんがいてくれた。
 だから、トドメを刺してもらうために、オフィに聞いたのかもしれない。

「精霊はどうして異世界人を招くの?」

 オフィに追及されないように、私のほうから話を変えてみた。
 精霊の客人は、だいたい数十年に一人か二人現れるものらしい。
 私にはけっこうな頻度に思える。
 精霊はどうしてそんなに頻繁に異世界から人を連れてくるんだろうか。
 理由があるなら、聞いてみたかった。

《この世界がシアワセで満ちるように、かな》
「……よくわからないね」

 笑顔でそう言ったオフィに、私は眉を垂れさせる。
 精霊の考えを、ただの人間が理解しようとすること自体、無茶なのかもしれない。

《ニンゲンにはわからないかもしれないね。でも、ボクらはニンゲンが大好きなんだ。客人は、もっと大好き。だからみんながシアワセなほうがうれしいんだ》

 オフィは元気よく弾んだ調子で語る。
 キャハハハ、と楽しいことしか知らないような無邪気な笑い声が響く。
 人間が大好きなのも、みんなにしあわせでいてほしいのも、本心なんだろう。
 オフィの言葉に嘘がないことは、よく伝わってきた。
 それでなぜ異世界から人を連れてくるのかは、やっぱりわからないものの。

「みんながしあわせ、っていうのは難しいと思うけど」
《一人でもシアワセな人を増やすため。ボクらが客人を招く理由は、それだけだよ》

 しあわせって、なんだろう。そんなことをぼんやりと考える。
 何を持ってしあわせと呼ぶのかなんて、人それぞれだ。
 精霊にとってのしあわせと人間にとってのしあわせだって、きっと違う。
 しあわせなんて、計れるものじゃない。比べられるものじゃない。
 これがしあわせなんだ、って答えがあるものじゃない。
 オフィの言うしあわせって、なんなんだろう。

 でも、もし。
 私がこの世界に来たことで、しあわせな人が増えたのだとしたら。
 それが隊長さんだったら、うれしいなと思った。

《サクラは、シアワセ?》

 オフィは子どもみたいな率直さで、その問いを口にした。
 くりっとした大きな瞳で私を見上げながら。
 まるで何もかも見透かされているような、私の悩みも全部知っていながら聞いているんじゃないかって、そんな気分になった。

「そうだね、しあわせだよ」

 私は笑みを浮かべて、そう答えた。
 それだけは、間違いない。
 大好きな人がいて、お友だちがいて、何かとかまってくれる人たちがいて。
 仕事だってやりがいがあるし、毎日が楽しい。


 それだけじゃ満足できない自分が、時々ひょっこりと、顔を出してしまうけれど。



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