10:膝枕をしてもらっちゃいました

 今日は二人そろっての休日です。
 昨日は遅くまで、お子さまには言えないような夜を過ごして。
 仲良く寝坊……しようとしたら隊長さんはいつもどおりに起きていたんですが。
 一緒に朝食を食べて、まったりして、昼食を食べて、まったりして。
 つまり、のんびりだらりとしかしていません!

 以前は、隊長さんはほとんど休みらしい休みを取っていなかったらしい。
 それこそ小隊長さんが休んでくださいと苦情を言うくらいに。
 あれだよね、元の世界でもあったよねそういうの。有給を使ってください、って注意されるの。
 軍は縦社会だし、脳筋が多いしで、この砦で一番偉い隊長さんが休まないと、他の人も休みにくかったりするんだとか。
 だから隊長さんは、小隊長さんによってたまに強制的に休日を作られていたんだけど、そんな日でも隊長さんは自室に仕事を持ってきていたんだって。
 こういうの、なんていうんだっけ。仕事大好き人間? ワーカーホリック?

 私が来てからは、以前よりはちゃんと休みを取るようになったって、小隊長さんが言ってた。
 けど、最近でも、仕事が始まる前だとか休憩時間だとかに書類のチェックをしているし、休みの日だってたまに仕事をしている。
 だから今日は、丸一日仕事から離れるように、と私が厳命したのです。恋人特権を使って。
 今日の私は、隊長さんにしっかり休んでもらうために、仕事をしないようにと見張る、重大な任務を遂行中なのであります。

 で、今は何をしているのか、と申しますと。
 現在、隊長さんの私室のソファーで、隊長さんに膝枕をしてもらってごろごろしているところであります。
 重大な任務とか言ってたじゃないか、と思うかもしれませんが。
 これでもちゃんと任務の一環ですよ。
 私の頭が膝にあったら、隊長さんはろくに身動き取れませんからね。
 書類を持ってくることもできないし、書く作業なんてもっとできません。
 今の隊長さんの手は、私の頭をなでるのに忙しいのです。
 なでなで……気持ちいい……。

「もっとなでてください」

 私がそうおねだりすると、隊長さんは無言で私の頭をなで続ける。
 時々髪を毛先まで梳くようにしたり、耳をくすぐったり。
 いたずらな手にくすくすと笑うと、隊長さんも目元を和らげる。
 始終穏やかな空気に包まれた、午後の陽気。
 たまにはこんなのんびりした休日もいいものですね。

「なんだか隊長さんの飼い猫になった気分です」

 あまりに隊長さんの手つきが優しいものだから、私はそう言ってしまった。
 ゴロゴロ、と猫みたいにのどを鳴らせそうな気がしてくる。

「お前は猫ではないだろう」
「わかってますけど」

 ただのたとえ話ですよー、と私は唇を尖らせる。
 その顔がおもしろかったらしく、隊長さんはくすりと笑みをこぼす。
 それから、何を思ったのか腰を折り、私の唇にキスを降らせた。

「恋人扱いしているつもりだが?」

 目をまん丸にした私に、隊長さんはそう言った。
 恋人である私にしか見せない、甘さを含んだ表情で。
 そうだね、これ以上ないくらいの恋人扱いだ。
 なんだかすごく、負けた気がする。

「……隊長さん、卑怯ですそれ」
「本当のことを言ったまでだ」

 私はむうっと顔をしかめつつ、じゃれつくように隊長さんのお腹に顔をくっつけた。
 そんな私の頭を、さっきと同じように隊長さんはなでてくれる。
 髪の毛にまで神経が通っているかのように、その指の一本一本の動きまで、感じ取ってしまう。
 恥ずかしいような、くすぐったいような。
 でもこれが、きっと、しあわせってことなんだろう。

 優しくて、あたたかい、大きな手。
 私を守ってくれる人の手。
 誰よりも私のことを大切にしてくれる人の手。
 この人なら大丈夫って信じさせてくれる手。
 隊長さんの、手。

「私、隊長さんに甘えてばかりですよね」

 隊長さんのお腹に顔を押しつけたまま、私はぽつりとこぼす。
 これは今のことだけを言っているんじゃない。
 今みたいな、物理的なものだけじゃなくて。
 もう、ずっと、私は隊長さんに甘えて甘えて、甘えまくっている。

「恋人に甘えずに誰に甘えるんだ」
「そうなんですけど。ちょっと甘えすぎかな、なんて思いまして」

 苦笑する私を、隊長さんはそっとお腹から引き剥がす。
 灰色の瞳が、私を見下ろしている。
 私の心の底を覗き込むように。

「男の意地というものもある。甘えてもらえないほうが悲しいものだ」

 隊長さんの言葉に、私は首をかしげる。
 そういうものなんだろうか?
 男の人って難しい生き物なんだね。

「俺にも、お前の願いをすべて叶えることはできないだろうがな」

 そう言って、隊長さんは自嘲気味の笑みを浮かべる。
 そんなことない。隊長さんはいつも、私の欲しい言葉をくれる。私のしてほしいことを当然のようにしてくれる。
 そんなふうに甘やかされて、私はどんどんわがままになっていく。
 もっともっと、これが欲しいあれが欲しいって、歯止めが利かなくなっていく。

「隊長さんは甘やかし上手です……」
「お前より十も年上だからな」

 むくれる私に、隊長さんはこれ以上ないくらい優しい微笑みを見せてくれた。
 私でもそんなには見られない表情に、胸がきゅーっとする。
 隊長さんは大きな手で、私の額にかかる前髪をかき上げて、そのままゆっくりと髪を梳く。
 太くて長い指の間から逃げていく私の黒い髪。
 私はもう、とっくの昔に隊長さんに捕まっていて、逃げられないのにね。

「悔しいなぁ」

 隊長さんの手を取って、それに頬を寄せる。
 直に伝わってくるぬくもりが心地いい。
 大きくて、骨がしっかりしてて、皮が厚くて硬い、戦う男の人の手。
 私は、たくさんの人を守ることのできるこの手がすごく好きだ。

「私、隊長さんのことがすっごくすっごく好きなんです」
「知っている」
「隊長さんにも、もっともっと、私のことを好きになってほしいんです」
「今でも充分すぎるほどだが」

 思ったままを口にすると、返ってくるのは隊長さんなりの愛の言葉。
 隊長さんは言葉が足りないなりに、少ない言葉でちゃんと気持ちを伝えようとしてくれる。
 全然不満に思わないかっていうと、そうじゃなかったりするけど。
 真摯な言葉はどれも私の心に響いて、キラキラ輝く宝物になる。
 愛されてるんだなって、しあわせな心地になれる。

「ふふっ、なんだかバカップルみたいですね」
「……否定はできない」

 私がぷっと噴き出すと、隊長さんはとたんに苦々しげな表情になる。
 眉間のしわは、怒っているからでも、不機嫌だからでもない。
 照れているんだって、ずっと隊長さんを見てきた私にはわかる。

「うん、やっぱり、実感しました」
「何をだ?」

 不思議そうに聞いてくる隊長さんに、私はにっこりと笑いかける。

「私は隊長さんのことが、本当に大好きなんだなってことです」

 この気持ちが全部そのまま隊長さんに伝わればいいな、と思いながら私は告げた。
 まだ、もやもやしているものとか、なくなったわけじゃないけど。
 考えたくないことは、とりあえず考えないでおこう。
 一番大切なのは、隊長さんのことが好きだっていう気持ち。


 そのことさえわかっていれば、今のところは、それでいい気がした。



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