11:宣戦布告をしました

 一日の仕事が終わって、これから隊長さんの部屋に行こう、と思っていたところで、その人とすれ違った。

「あっ」
「アンタ……」

 エマージェンシーエマージェンシー! ただちに緊急配備せよ!
 頭の中にそんな警報が発令されました。
 相手は誰かって? そんなの聞かなくても察してくださいよ!
 ビリー・アベンツ。
 以前私に卑猥な誘いをかけてきたあいつです!

「ビリーさんでしたよね」

 私の横をすり抜けようとした男に、私は逃がさないようにと声をかける。
 仕方なしにといった様子で、ビリーさんは振り返る。
 なんで俺の名前を知ってるんだよ、とその顔には書いてあった。

「人の顔と名前を覚えるのは特技なんです」
「得意じゃなくて特技かよ……」

 眉間にしわを寄せて、呆れたようにビリーさんはため息をついた。
 別にそんなのどっちでもいいじゃないか。
 細かい男はモテないぞ!

「あのですね、宣戦布告しておこうと思いまして」

 私の言葉に、ビリーさんは眉間のしわをさらに深くする。
 何言ってるんだこいつ、と思っているのが丸わかりだ。

「隊長さんの敵は、私の敵ですからね!」

 ビシッ、と人差し指を突きつけて、私は言ってやった。
 隊長さんに反感を持っている、とエルミアさんたちは言っていた。
 それはあのときの彼の態度からもなんとなく伝わってきた。
 隊長さんのことが嫌いだから、私に声をかけてきたんだよね、きっと。
 嫌いな人の大切なものを傷つければ、嫌いな人が傷つく、という単純な構図。
 その構図の、大切なものに私が収まっていることは、なんだか照れちゃうわけなんだけども。

 私は隊長さんのことが好きで、隊長さんのことが大切だ。
 どのくらい好きなのか再確認したばっかりだ。
 だから、隊長さんを傷つけようとする人は許せない。
 隊長さんが誰かと戦わなきゃいけないなら、私は微力ながら隊長さんの役に立ちたい。隊長さんの味方でいたい。
 魔物相手じゃ私は戦えないけど、人間相手ならまだなんとかなる気がした。

「全然、怖くねぇ」
「舐めてもらっちゃ困りますよ。現代女性には痴漢撃退術というものが備わっていてですね」
「ふぅん」
「本気にしてませんね! あとで痛い目見ても知りませんから!」

 ガルル、と私は牙をむく。
 私は一見、御しやすしと見えるらしくて、高校生のときは本当に大変だったんだから!
 十人くらいの手を針で刺して、二人ほど警察につきだした記憶がある。
 大の大人相手だって、手加減はしませんよ!

「つーか、わざわざ自分から喧嘩売りに来んなよ。痛い目見んのはそっちだっての」
「や、やる気ですか!?」

 ビリーさんの言葉に、思わず変なかまえを取ってしまう。
 いかん、今は武器を持っていない。
 空手とか合気道とか、習っておけばよかったかな。

「なんもしねぇよ。もう手ぇ出す気もない。元々、ちょっと脅かしてやろうと思ってただけだし」

 私の相手をするのも面倒くさそうに、ビリーさんは視線を外した。
 コキコキと首を回しているのは、私との会話に飽きてきているんだろうか。
 私としては、手を出す気がないというのが本当なのかどうか、もうちょっと見極めたいところなんだけど。
 嘘をついているようには見えない、かな、たぶん。

「そういう冗談ってはやりませんよ。モテませんよ」
「関係ねぇし」

 ついつい軽口を叩いたら、ビリーさんに睨まれてしまった。
 図星? モテないのかなビリーさん。
 それはそれは、申し訳ないことを言いました。
 繊細な男心を刺激してはいけないよね。 

「じゃあ、ビリーさんは隊長さんの敵じゃないんですか?」

 私は直球を投げかけてみた。
 反感を持っている、とかいうくらいだから、イコール敵だと私は認識していたんだけれど。
 どうやら、ちょっと微妙な感じ?

「同じ隊に敵がいたら困るだろ。まあたしかに、アイツのことは気に食わねぇけど」
「嫌いだけど、敵ではない、と」
「実力は認めてる。だからこそムカつくんだよ」
「あ、もしかして嫉妬ですか?」

 ふと思い当たって、私は聞いてみる。
 隊長さんの実力を知っているなら、同じ男として嫉妬してもおかしくないよね。
 だって隊長さんは強くて格好よくて、それに優しくて、向かうところ敵なしなんだから。

「……アンタ、もうちょい空気読めよ。そこは普通気づいても指摘しないだろ」
「空気は読むものじゃなくて吸うものです!」

 えっへん、と私は偉ぶって言ってみる。
 空気なんて読めませんよ私には。
 や、読むときは読むけど、読む必要がないって思ったらまったく読まなくなりますよ。
 読んでいるつもりでも全然読めていないときもあるけどね!
 ちなみに今は、最初から読むつもりがありません。

「……隊長も、なんでこんな女がいいんだか」

 はぁ、とビリーさんはため息をつく。
 何やら思いきり呆れられたような気がする。

「失礼な。隊長さんの趣味にケチをつけるつもりですか!?」
「アンタにケチをつけてんだよ」

 そうか、ケチをつけられてたのは私か。なんだ。
 ん? どっちにしろダメなんじゃないかな、それって。
 つまり隊長さんに私はふさわしくないって思われているってことだよね。
 今のところ隊長さんの別れる気なんてさらさらない私としては、うれしくないことだ。
 でも、私の言動がちょっとばかし変なのは今に始まったことじゃない。
 今さら変われと言われて、簡単に変われるわけがない。

「私は、私以外にはなれないので。隊長さんが好きだって言ってくれた私のまま突っ走りますよ!」

 握りこぶしを作って、私はビリーさんに言った。
 隊長さんが選んでくれたのは、今の私だ。
 その隊長さんが今の私のままでいいって思っていてくれる限りは、それでいいかなって思う。
 周りからどう見られていたって関係ない。
 ……そりゃあ、まったく気にならないかっていうと、そうでもなかったりもするんだけど。
 凸凹カップルでも、それはそれで味があっていいんじゃないでしょうか。

「好きにしろよ。俺には関係ねぇ」

 ふんっとビリーさんは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 さっさと話を切り上げたいんだってことがわかった。
 言いたいことは言ったし、ビリーさんの立ち位置も確認できたし、私ももう話すことはないかな。

「まあでも、ビリーさんが敵じゃないってわかってよかったです。やっぱり諍い事はないほうがいいですもんね」
「隊長に殺されたくないから、関わらないだけだ」

 私が笑顔を向けると、むっつりとした顔のまま、そう返してくる。
 素直じゃないなぁ、この人。
 ビリーさんの人となりがなんとなくわかったような気がして、私はうれしくなる。
 人間、いい感情だけでつながることは難しい。どうしたって仲良くなれない人もいる。
 隊長さんとビリーさんがそうなように、私とビリーさんも、きっと仲良くなることはできないだろう。
 けれど、少なくとも、私はビリーさんのことが嫌いじゃないな、と思った。

「それでも、いいんです。お話に付き合ってくれてありがとうございました!」

 にこにこしながら私はお礼を言う。
 嫌いな相手から笑顔を向けられても、うれしくもなんともないだろうけど。
 笑顔は良好な人間関係を築く基本だからね!

「……別に」

 ビリーさんはちらりと私を見て、そのまま去って行ってしまった。
 最後まで不機嫌そうな表情のままだった。
 うーん、毛嫌いされているのかな、私。
 嫌いな隊長さんの恋人だから嫌い、っていうことなのかもしれない。
 無理に好きになってもらう必要もないし、別にいっか。


 すっきりした気持ちで、私は隊長さんの部屋に向かうのでした。



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