今日はお外の草刈りです。
見晴らしをよくしておかないと、いざというとき危険ということで、定期的に刈っているんだとか。
外には庭らしい庭はないんだけど、お花が植わっている一角とかはある。
ベンチもあるから休憩にちょうどいいんだよね。
「いい天気〜」
私は空を見上げてそうつぶやいた。
青い空、白い雲。まぶしい太陽。ちょっと暑いくらいの日差し。
聞いたところ、今は五月で、春の終わりかけなんだとか。
暦が一緒だっていうのにはビックリしたよ。もしかしたら、異世界というよりもパラレルワールドに近いのかもしれないね。
このあたりは私の住んでた関東よりも温暖で、四季は穏やからしい。
話を聞いただけだから正確にはわからないけど、たぶん、夏は三十度くらいまで行って、冬は10度を下回らないくらいなんじゃないかな。
「ぼさっとしてないの。早くこっち来て」
「は〜い!」
エルミアさんに呼ばれて、私はあわてて返事をした。
いけないいけない、今は仕事中だった。
仕事中にぼんやりしてるなんて、たるんでるよ私!
* * * *
お昼休憩は、いつもどおりというかなんというか、隊長さんの部屋に遊びに行く。
でもね、遊びに行くって言っても、遊べないんだよ。
この世界のことについて、勉強会を開いているようなものなんだ。
生活に密接していることについては、エルミアさんやハニーナちゃん、使用人頭さんとかが教えてくれるから、隊長さんからはこの世界やこの国の一般常識なんかを聞くことが多い。
もちろん普通にお茶したりってこともあるけど、たいていはちょっとした話の流れで、隊長さんにいろいろと教えてもらうことになる。
今日もそんな感じで、首都がどんなところか、という世間話からこの国の政権の話になった。
「じゃあこの国は絶対王政なわけですね」
この国には王さまがいて、王族がいると隊長さんは言った。
王さまが頂点に君臨している、ということはそういうことだよね。
と思ったんだけど、隊長さんは首を横に振った。
「少し違うな。最終決定権は国王にあるが、政治を執り行う議会がある」
「王族と議会と軍で三権分立、ってことなのかな」
「そのような感じだ」
軍隊がある種の権力を持っているっていうのは前に聞いたっけ。
私の世界での警察みたいな役割も担っているわけだし、軍人さんって忙しそうだな。
「軍は第一師団から第十一師団まであり、さらにそれとは別に魔法師団がある」
ふむふむ、魔法師団ね。
納得しようとして、ふと気づく。
「あれ? でも隊長さんも魔法使えましたよね?」
炎を見せてもらった記憶はまだ薄れてはいない。何しろ初めて見た魔法だったんだから。
軍の中でわざわざ魔法師団って分けているのに、魔法使い全員が魔法師団に入るわけではないってこと?
だったら魔法師団ってどんな役割があるんだろう?
「魔法師団というのはただ魔法が使える人間が集まっているわけではない。魔法専門の研究機関のようなものだ」
「へ〜、軍なのに研究者がいるって不思議ですね」
「魔法に関する研究者はいくらでもいるが、魔法師団は公的機関だ。狭き門だがな」
ふむふむ、魔法について研究したい人はみんな魔法師団に入ることを目指すってことかな。
公的機関とか聞くと、なんだか世知辛いというか、現実なんだなぁって感じがしてくる。
制度とかちゃんとしてないと、うまく回っていかないものだよね。
隊長さんの説明は簡潔でわかりやすい。
一回で理解できなかったらもう一回、前よりかみ砕いて説明してくれるし。
いい先生役です、隊長さん。
説明をくり返さなくちゃいけないのは私の理解が遅いせいなわけで、私はいい生徒役ではないけどね。
「第一師団は王族や王宮の警護。第二師団は王都の警備。第三師団と第四師団は国境の警備。第五師団から第十師団までは主要都市の警備や魔物への備えのために国中に散っている。第十一師団は別名隠密部隊だ」
隊長さんは今度は軍について説明してくれた。
興味を引かれる言葉が出てきて、私は瞳を輝かせた。
「隠密部隊……格好いい! でもそれ、私に教えちゃってもいいんですか?」
「この国の人間なら普通に知っていることだ」
なんだ、いわゆる忍者とか間者とかとは違うのかな?
どんな仕事をしているのか、気になるところだね。
会ってみたいなぁ、隠密部隊の人たちに。
ここには第五師団の人しかいないわけで、無理なのはわかっているけどね。
「師団によって隊員の人数は違う。第五師団なら、総勢は千と少しといったところだ。そのうち三百ほどがこの砦に詰めている」
「数にしてみると意外と少ないんですね」
三百人って、一つの学校よりも人数が少ない。
けっこう人がいるように思えたけど、隊員さん以外にも働いている人がいるからかな。
三百人の生活を支える使用人さんたちがいるんだもんね。
私もその一人だって自覚をちゃんと持たなきゃ。
「魔物が現れる地点はいくらでもある。過去の被害の規模と照らし合わせて、人員を裂けるぎりぎりの人数といったところだ」
過去の被害ってさらっと言ってるけど、それってつまり……そういうことだよね。
魔物っていうのがいるんだから、しょうがないとわかってはいる。
ここは私のいた世界じゃないんだし。
私のいた国にだって昔は戦争があったんだから、人が傷つく理由が違ったって、結局は同じことなのかもしれない。
少しでも、人が傷つかないようにって、隊長さんたちはここにいるんだ。
魔物を狩ることで、人里に魔物が行かないように。
「第五師団の他の人たちはどこにいるんですか?」
「ここと同じように魔物の出やすい地域を守っている。町に詰めていることもある」
「私たちの安全は隊長さんたちの苦労の上に成り立ってるわけなんですね」
ここにいる人たちが、どんな仕事をしているのかって話はすでに聞いている。
毎日それなりに遠くまで見回りに出て、魔物を狩っているって。
身体を鍛えるのだって仕事のうちだし、周辺地域の魔物の情報だとかを集めたり、近くの村町の自警団の指導なんかもしているらしい。
情報は全部、隊長さんに集まってくるらしいから、それをまとめるのはきっと一苦労だよね。
ほんと、頭が下がる思いだ。
「苦労というほどのことはしていない。ある意味単純作業だ」
魔物を狩るのを単純作業と言いますか。すごいな隊長さん。
隊長さんは五年も隊長をしているって言っていたし、大変な仕事にも慣れちゃったのかもね。
「いろいろと教えてくれてありがとうございます! いつも助かってます」
話が一段落したようなので、私はお礼を言った。
今さらだけど、休憩時間なのに人に勉強を教えるようなことをするのって、面倒じゃないかな。
教えてもらわないと困っちゃうし、頼れる人も少ないしで、しょうがなく好意に甘えることになっちゃうんだけど。
数日前のブラウニーでお礼、っていうのも失敗しちゃったしなぁ。
どうにかして恩を返せないものだろうか。
「この程度、礼を言うようなことでもないだろう」
謙虚というか、奇特というか。
隊長さんは私の面倒を見ることに不満は持っていないのかな。
どうしてこんなことをしなくちゃいけないんだとか、少しも思わないのかな。
そんな隊長さんだからこそ、お礼をしたいって思うんだよね。
「そんなことないですよ。何かしてもらったらお礼を言うのは当然です。だから素直に受け取ってください」
「……ああ」
私の言葉に、隊長さんはかすかに笑みをこぼした。
灰色の瞳にはやわらかな光が灯っている。
……また、だ。
最近、こんな目で見つめられることが増えたような気がする。
穏やかで、だけど少し熱いような。
私を包み込むような、それでいて、私に何かを伝えようとするような。
そんな、温度を感じるまなざし。
そういう目で見られると、なんだか急に居心地が悪くなって、そわそわしてしまう。
どうしてそんな目で見るんだろう?
私、何かしましたっけ?