29:いつものお礼にブラウニーを作りました

 お昼休憩もそろそろ終わり、という時間に、私は隊長さんの部屋に飛び込んだ。

「隊長さん隊長さん! 食べてみてください!」

 部屋で書類に目を通していた隊長さんに、手に持っていた小袋をつきつける。
 休憩中なんだからちゃんと休憩しましょうよ!
 ついでに話し相手になってくれたりしたらうれしいです。
 それよりも何よりも、今は食べてほしいものがあるんだけどね。

「なんだそれは」
「ブラウニーです!」

 不思議そうに小袋を見る隊長さんに、私はネタばらしをした。
 ネタというほどのネタでもないだなんて言っちゃいけない。
 丹精込めて、愛情も込めて作った傑作品なんだから!

「お前が作ったのか」
「はい! 料理長の監督つきだったんですけど、全部一人で作りました!」

 少しは隊長さんの興味を引けたようだ。
 これでも私、料理やお菓子作りは人並み以上にできるんだから。
 母親が料理好きだとね、子どもにもやらせようとするものなんだよね。
 だから子どものころから台所にはよく立っていたし、初めて一人で料理をしたのは小学二年生のときだった。
 オムレツとおみそ汁、だったっけ。だしを入れ忘れるなんていう初歩的な間違いは、あれ以来していない。

「自信作なんです。食べて感想ください」

 私は小袋を隊長さんに押しつけた。
 袋から出して、はいあーんってしてもいいけど、前回がそうだったようにきっと隊長さんは素直に食べてはくれないだろうから。
 だったら自分で好きなように食べてもらったほうがいい。
 今重要なのは、隊長さんに食べてもらって、感想をもらうことなんだから。

「そこまで言うならもらおうか」

 と言って、隊長さんは小袋からブラウニーを一つ取り出す。
 一口サイズに切り分けてある、チョコレート色のブラウニー。
 うん、見た目も完璧!

「うまいな」

 一つ食べて、隊長さんは口元をほころばせた。
 その感想が嘘じゃないことは、顔を見れば一発でわかる。

「よかったぁ、隊長さんの口に合わなかったらどうしようかと思いました」

 甘いものは嫌いじゃないって言っていたけど、それでも好みっていうものはあるからね。
 一応、ブラウニーは甘さひかえめにして、男の人でも食べやすいだろう味にはなっていると思う。
 材料がいろいろあったからこそできたことだね。

「中に何か入っているな」

 三つ四つと食べていた隊長さんが、ふと気づいたようにブラウニーに視線を落とす。

「オレンジピールです。オレンジとチョコは相性最高なんですよ!」

 よくぞ言ってくれました。
 ふふん、と私は得意げな顔をして説明した。
 レモンピールでも悪くはないんだけど、好みとしてはオレンジピールかな。そっちのほうが一般的でもあるし。
 もちろん定番中の定番、クルミも入ってますよ。ブラウニーにクルミは欠かせないよね。
 というかこっちの世界にも普通に同じような材料があってビックリしたよ。うれしい誤算だったね。

「これは全部俺がもらってもいいのか?」
「あ、はい。厨房の人たちにはもう配りましたし、それは隊長さんのためのものです」

 隊長さんに食べてもらうために作ったブラウニーだけど、監督してくれた料理長さんや、周りで冷やかしてくれた人たちにできたてを食べてもらった。
 ブラウニーって、一回でそれなりの量作れるしね。
 全部隊長さんにって渡したら、今日の夕ご飯が入らなくなっちゃう。
 手作りのお菓子っていうのはあんまり日持ちしないからなぁ。
 ちなみに厨房の人たちにもそれなりに好評でした。それなり、というのは、みんな料理人だけあって舌が肥えているからしょうがないよね……。

「隊長さんにはすごくお世話になってますし、何かお礼ができたらなって思いまして。日頃の感謝を込めて、作ったんです」

 にこにこ、笑いながら私は言う。
 ありがとうございます、と何度も言葉にして隊長さんに伝えてきた。
 でも、それだけじゃ足りない。私が納得できない。
 何か、私にもできることがあれば。
 それで思いついたのが、手作りのお菓子ってわけだ。

「気にしなくてもいいものを」
「気にしますよ。いつもありがとうございます!」

 人間どんなときだって、感謝の気持ちは忘れちゃいけないよね。
 人を守ることがお仕事の隊長さんとしては、私の面倒を見るのも義務みたいに思っているのかもしれない。
 それを抜かしたって、ファーストコンタクトの負い目があとを引いているみたいだし。
 だからって、私がそれに甘えちゃっていたら、隊長さんの負担は増えるばかりなわけで。
 何かしてもらうのを当たり前だと思わないように、私はありがとうの気持ちをなくしちゃいけないんだ。

「お前は変わっているな」

 ふっ、と隊長さんの表情が和らぐ。
 あ、私の好きな表情だ。
 眉間のしわがなくなって、優しい顔になる瞬間。
 ……ちょっとだけ、ドキッとした。

「お前も食べるか?」

 隊長さんはそう言って、ブラウニーを一つ袋から取り出す。
 味見はしたけど、そんなに食べてないんだよね。
 うう、見ていると食べたくなるね。甘いものは大好物なんだもの。

「いただきます!」

 ということで遠慮することなく、もらうことにした。
 隊長さんが持っているブラウニーをパクっといただく。
 一口サイズに切ってあったから、無理なく食べられます。
 口の中に広がる濃厚なチョコレートの甘みとさわやかなオレンジの香り。

「うん、やっぱりおいしいですね〜。自画自賛だろうとかまやしません」

 大成功って言ってもいいね、これは。
 料理長には、キメが粗いとかダメ出しされたけどね。
 ただの女子大生だった私が、プロのお眼鏡にかなうようなものが作れたらビックリだ。

「……お前な」
「へ?」

 なぜか深い深いため息をつかれて、私はきょとんとする。
 どうしたんですか隊長さん。
 その宙に浮いたままの手はいったい何が。
 あれれ、何かしましたっけ、私。

 直前の自分の行動を振り返ってみて、もしやと気づく。
 あ、もしかして隊長さん、手渡そうとしてたのか!
 やばいよ、そのまま食べちゃったよ!
 私のほうが『はいあーん』されてどうする!
 隊長さんにそのつもりはなかったっていうのに!

「えーと、ごめんなさい?」

 とりあえず、私の過失のようなので謝ってみる。
 『はいあーん』とか、そんなつもりは全然なかったんだよ。
 手渡されるっていう発想が、そもそも思いつかなかっただけで。
 ……もっと悪いか、それ。

 私にブラウニーを食べられたまま固まっていた手が、すっと動かされる。
 その手はまっすぐ私のほうに伸びてきて。
 なんとなくその動きを目で追っていると、伸びてきた指が私の唇をゆっくりとなぞった。
 へ!? な、ななな何これ! なんのつもり!?
 何やら猛烈に恥ずかしい気がするこれ……!
 もしやキスとかする流れですか。そうなんですか隊長さん!?

 混乱しまくっていると、指は何事もなかったかのように離れていく。
 よく見るとブラウニーのカスをつまんでいた。
 ああ、つまり、それを取ろうとしたわけなんですね。
 他意はなんにもなかったわけなんですね。
 なんだかぐっと疲れました……。

「あとは、お前が食べろ」
「え? でもこれ、隊長さんのために作ったんですけど」

 隊長さんに小袋を押しつけられて、私は困惑する。
 袋の中にはまだ半分近くのブラウニーが残っている。
 さっきまでおいしそうに食べていたのに、急にどうしたんだろう?

「……今はもう、甘いものはいい」

 私から視線をそらして、隊長さんはそう言った。
 何か、本当に言いたい言葉を飲み込んで、別の言葉を選んだような。
 そんな、すっきりしないニュアンスがあった。

「……もう、充分だ」

 ため息混じりのその言葉は、私の心に重く響いた。
 隊長さんは、甘いものは少しでいい派なのかな。
 それとも、甘すぎたのかな、ブラウニー。
 甘さひかえめに作って、隊長さんにもきっと食べてもらえるって思ってたけど。
 あんまり、喜んでもらえなかったのかな。


 ……恩返し、失敗かなぁ。



前話へ // 次話へ // 作品目次へ