そんなこんなで、朝帰りをしたわけなのですが。
「あんた、今までどこに行ってたのよ?」
当然というかなんというか、部屋に戻ってきてすぐに、エルミアさんにとっ捕まった。
「えーと、あはは」
「笑ってごまかさない」
残念、笑って話をうやむやにする、という手は通用しなかった。
エルミアさんは、逃がさない、とばかりに私の肩に腕を回している。
ハニーナちゃんは今日の支度をしながら、そんな私たちを見て苦笑していた。
「ごまかされてほしいんだけどなぁ」
エルミアさんの追求って鋭そうで怖いです。
どうにかして逃げられないものだろうか。
「ちょっと行ってきます、の一言で朝帰りしといて?」
そういえばそんなふうに言って部屋を出たんだっけ。
たしかにそれじゃあ気になっちゃうのもしょうがないのかもしれない。
でも、素直に話すと、隊長さんの部屋で一夜を共にしたってことなわけで。
何もやましいことがなくても、普通に考えると誤解されちゃうようなことなわけで。
私は別にいいんだけどね、誤解されても。
隊長さんが困っちゃうんじゃないかな、と思うとね。
「ほら、謎が多いほうがいい女って言いますよね」
「いい女ってのは同じ女には嫌われるものよ」
「え、エルミアさん私のこと嫌いだったんですか?」
寝耳に水で、私は思わず聞き返してしまった。
まだ知り合ってから十日くらいしか経ってないのに、いつのまに嫌われていたんだろう。
生理的に合わない人っていうのも、中にはいるけど。
普通に話してくれていたから、少しずつ仲良くなれているものだと思っていたよ。
「話がずれてるし。嫌いだったら聞かないわよこんなこと」
そう言ってエルミアさんはため息をつく。
よかった、嫌われているわけじゃなかったんだね。
でも、こんなこと、からは離れてほしかったなぁ。
「あのね、サクラさん。エルミアはサクラさんを心配しているんですよ」
「心配?」
支度を終えたハニーナちゃんが話に入ってくる。
心配とはなんぞや?
「サクラさんが何も話してくれないのは、何かあったからなんじゃないかって。いなくなったのが夜のことでしたし、なおさら」
ハニーナちゃんは淡く微笑みながら、明言を避けつつ説明してくれた。
その言葉の意味がわからないほど、私は鈍くはなかった。
「あ、もしかして誰かの部屋に連れ込まれたんじゃないかとか、そういう?」
「……そこまでは言ってませんが」
はっきりとした言葉を口にした私に、ハニーナちゃんは困ったように笑う。
でも、つまりはそういうことだよね。
男性の多いこの砦で、そういう心配をするのは当然といえば当然だ。
特に昨日は嵐だったし、多少の物音じゃ誰も気づいてはくれなかっただろうし。
むしろそのことに思い至らなかった私がおかしいというか。
「心配かけちゃってごめんなさい。そういったことは何もなかったので、大丈夫ですよ」
私はいまだに肩に腕を回したままのエルミアさんに向かって、そう謝る。
本当は頭を下げたいところなんだけど、この体勢じゃ無理がある。
心配かけちゃうのは悪いなって思いつつも、心配してもらえるのはうれしいものだよね。
「で? 何があったのかは教えてくれないわけ?」
エルミアさんは黄緑色の瞳を鋭く細めて問いかけてきた。
やっぱりうやむやなままにはしておいてくれないみたいだ。すっぽんなみだね。
「うーん、別になんにもなかったわけだけど、深読みもできちゃうから話さないほうがいいかな、みたいな」
同じ部屋の同じベッドで寝ました。と言えば、邪推しない人のほうが少ないと思う。
そもそも寝るって言葉自体、いくらでも深読みできちゃうものでもあるし。
ただでさえ愛人だって噂が立っちゃってるのに、その噂を助長するようなことを言うのもなぁ。
「ああそう、つまりは隊長の部屋で一夜を過ごしたってことなのね」
「……エスパーですかエルミアさん」
エルミアさんは見事に正解を言い当てた。
私はビックリして、エルミアさんから距離を取る。
もしかしてこの世界って、心を読むような魔法とかもあったりする?
「そもそも夜にあんたが行ける場所なんて数えるほどもないじゃない」
「それはたしかに」
言われてみればそのとおりで、私は納得せざるをえなかった。
ごめんなさい、隊長さん。あっさりバレちゃいました。隠そうとはしたんですよ、これでも。
私は心の中で隊長さんに謝った。
「わかってるわよ、なんにもなかったんでしょ。誰にも言わないわよ」
エルミアさんは、しょうがないわね、とでも言うような表情をする。
女子の『誰にも言わない』ほど信じられないものもないんですけどね。
まあ、エルミアさんもハニーナちゃんも、言うなれば社会人だし。
学生よりは口がかたいことを願いましょう。
「お願いしますね。隊長さんの評判に傷がついちゃいます」
「今さらな気もするけどね」
私が念押しすると、エルミアさんはそんなふうに言った。
今さらっていうのは、愛人って噂が広まっちゃっていることを指しているんだろう。
たとえ今さらでもなんでも、気をつけるに越したことはないはず。
隊長さんに迷惑をかけている自覚はあるから。
少しでも、それを減らせたらいいなって、思うわけなのです。
これもただの自己満足でしかないんだろうけどね。
本当に迷惑をかけたくないって思っているなら、隊長さんのところに遊びに行かなきゃいいって、わかってはいる。
そういう私の行動が、噂を助長しているんだろうって。
それでも、隊長さんとの関係が切れてしまうのは、嫌だって思ってしまう。
わがままだよね、私。
「さっさと付き合っちゃえばいいのに」
無責任にそう言うエルミアさんに、私は苦笑するしかない。
「そういう関係じゃありませんから」
隊長さんはただ、私を気にかけてくれているだけ。
私に、同情してくれているだけ。
精霊の客人だから。私には他に頼れる人がいないから。
だから、自分から面倒を買って出てくれているってだけ。
「お似合いだと思いますよ。サクラさんと隊長さん」
ハニーナちゃんの言葉に、私は何も返すことができなかった。
そうだったら、うれしいかもしれないなって。
思ってしまった自分がいたことに、少しばかり動揺してしまったから。
いやいや、社交辞令だからね。本気にするな私。