27:嵐が怖いので一緒に寝てもらっちゃいました

 それは嵐の夜のこと。

「隊長さん、一緒に寝ましょう!」

 私は隊長さんの部屋に突撃をかました。
 ここに来るとき、二人ほど見回りっぽい人に呼び止められたけど、隊長さんの部屋に行くとこです。って答えたら通してくれた。
 怪しまれなかったのは、やっぱり私が隊長さんの愛人だと思われているからなんだろうなぁ。
 隊長さんには悪いと思うけど、私にとっては大助かりだった。

「……なんの冗談だ」

 強面をさらにしかめさせて、隊長さんはものすごく怖い顔をしている。
 普通の人なら逃げ出しそうな迫力だけど、私だってここで負けるわけにはいかない。

「冗談じゃないです。本気も本気です」
「なおさら悪い」

 ピシャリ、と隊長さんは冷たく言い放つ。
 どうあっても私と寝てくれるつもりはないようだ。
 でも、私にも私の都合がある。
 隊長さんをそれに巻き込むのは心苦しいけど、他に解決策がないんだもん。

「ダメなんです! 雨とか風とか雷とか、音が気になっちゃって気になっちゃって、一人じゃ寝れそうにないんです」

 私は手に持っていたバスタオルを、ぎゅっとつぶすように抱きしめながら言った。
 こういうときって普通は枕を持ってくるものだけど、私が抱えているのはうさぎのムーさんバスタオル。
 たためば枕代わりにもなるし、ちょっとサイズが足りないけどタオルケットにもなる。万能だ。

「そこでなぜ俺と一緒に寝るという発想が出てくるんだ。同室の奴にでも頼め」
「まだそんなに仲良くなってないのに、一緒に寝るなんてできません!」

 私は人見知りをするほうではないけど、一緒に寝るともなれば話は別。
 まだ知り合って十日ほどしか経ってないのに、一緒のベッドで寝てもらうなんて、頼めるわけがない。

「俺ならいいのか?」
「すでに深く交じり合っちゃった仲ですし」
「…………」
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。さすがに傷つきます」

 般若みたいな怖い顔をする隊長さんに、私はしょんぼりとしてしまう。
 十日ほど前までは一緒に寝ていたんだし、と思ったんだけどな。
 初めての相手よりは、経験ずみの相手に頼むほうがハードル低くない? 私だけ?
 あ、今の初めてとか経験ずみとかっていうのは、深読みしちゃダメですよ。同じベッドで寝たことがあるかどうかっていう、そのままの意味ですよ。

「嫌なのではなく、反応に困っているんだ」

 はぁ、と隊長さんは重苦しいため息をつく。
 その様子に私は首をかしげた。

「反応に困るようなことでした? だってほんとのことなのに」
「そういうことを、恥ずかしげもなく言われて困らない奴はいない」
「あ〜、そこはあれです、個人差があるんですよ。私は思ったことをはっきり言っちゃうタイプなだけです」

 あんたはもう少し歯に衣着せなさい、って友だちに言われたことがあったっけ。
 これでも人が言われたくないようなことは口に出さないように気をつけてはいるんだけどね。
 まだまだ配慮が足りない、と言われてしまえば、そのとおりですと謝るしかない。

「どうやら俺はそのタイプとは合わないらしい」
「えっ、そんなことないですよ! だって私と隊長さんの相性バツグンじゃないですか!」
「どこがだ」
「身体の……ごめんなさい冗談です睨まないでさすがにちょっとばかし怖いです」

 ギロリ、と人を殺せそうな視線を向けられて、私は身体を縮こませる。
 隊長さん、それは女性を見る目ではないです!
 親の敵でも見ているかのような顔は、さすがに迫力がありすぎて、ちょっとご遠慮願いたい。
 そんな顔をさせるようなことを言っちゃった自覚は、ないわけではないんだけども。
 相変わらず、冗談通じないなぁ隊長さん。

「……お前と話していると調子が狂う」

 再度、深いため息。
 ごめんなさい、ノリも口も軽いのが私なんです。

「それ、あっちでも言われたことありますよ。家族は慣れちゃってたみたいですけど」

 むしろ家族も似たようなノリだったりしたからなぁ。
 特にお兄ちゃん。似たもの兄妹だってよく言われたっけ。
 家で真面目だったのはお父さんくらいだったような気がする。

「俺は寝る。お前も部屋に戻れ」

 そう言って、隊長さんは寝室のほうに行ってしまう。
 扉を閉められたら終わりだ、と私もあわててついていく。

「だから、一緒に寝てほしいんですってば」
「却下だ」

 ベッドにどかりと座り込んだ隊長さんに、私は同じことのくり返しになるけど頼み込んだ。
 それでも隊長さんはにべもなく断る。

「お願いします、後生ですから〜!」

 私は隊長さんに深々と頭を下げる。
 私よりも目線の低くなった隊長さんが、じーっと私を見る気配がする。
 顔を上げてから、私は隊長さんの袖をつかんで、すがるように灰色の瞳を覗き込んだ。

「もうこの際、床でもいいので近くで寝かせてください!」
「……どうしてそこまで」

 私の勢いのよさに、隊長さんは引き気味だ。
 よし、この勢いで押しきれないかな。どうかな。

「子どものころにですね、兄と二人で山で遭難しかけたことがあるんですよね」

 理由を話せばほだされてくれるかも、と私は唐突に話し出してみる。
 その内容に隊長さんが軽く目を見開いた。

「山っていっても近所で、よく遊び場にしていたところだったんですけど。その日は急に天気が崩れちゃって。帰ろうにもそのときにはもう道がドロドロのベチャベチャで」

 天気予報はちゃんと見ていた。
 でも、私も兄も大丈夫だって楽観視してしまっていた。
 近場だったし、慣れ親しんでいた山だったから。
 まさかあんなに怖い目に合うことになるなんて、遊びに行ったときには思ってもいなかった。

「雷がすぐ近くで鳴ったんです。怖くて怖くて、私はお兄ちゃんにしがみついてることしかできませんでした。お兄ちゃんはずっと、大人が探しに来るまで、私のことを励まし続けてくれたんです」

 ガラゴロピシャン。間近に聞こえた雷の音を今でも覚えている。
 頼りにできたのは兄のぬくもりだけ。
 私はただ泣くことしかできなかったから、あのときのお兄ちゃんの苦労は想像することしかできない。
 お兄ちゃんはもっと怖かっただろうな、と今になると思う。

「そのせいだと思うんですけど、私、嵐がすごく怖いんです。またあんなに寒くて怖い思いをするんじゃないかって、不安になるんです」

 思い出すと、今でも身体が震えそうになる。
 あれが冬だったら、今ごろ生きてはいなかったかもしれない。
 それくらい身体が芯まで冷えきっていた気がする。
 ここはあの山じゃない。ちゃんと建物の中にいるから安全。
 頭ではわかっていてもダメなんだ。
 耳が、あの音を覚えてしまっているから。

「大学生……って隊長さんにはわからないと思いますが、それなりに大人になっても一人で暮らさないのは、嵐の日に一人になりたくないからっていうのが一番の理由だったりして。嵐の夜はいつもお母さんと一緒に寝てたんです」

 叩きつけるような雨の音。人の声にも聞こえる風の音。鋭くて痛いくらいの雷の音。
 嵐の夜は、自分をあたためてくれるぬくもりがないと安心できない。
 一日中、ベッドの中で震えてなきゃいけなくなる。
 だから私は嵐の日はお母さんの部屋に避難する。
 子どもみたいだって、情けなくてしょうがなかったけど、どうしようもなかった。

「人の気配があれば、少しは安心できるんです。一緒にいさせてくれませんか?」

 まっすぐ目を見てお願いすると、ダークブルーの瞳が揺らぐ。
 面倒見のいい隊長さんのことだから、理由を聞いたら放ってはおけないよね。
 あともう一押しかな、と私は穴が開きそうなくらいにじっと隊長さんを見つめる。
 離すまいとばかりに袖をつかんだまま。

 睨めっこに負けて、隊長さんは私から視線をそらした。
 それから前髪をくしゃりとかき回して、これみよがしにため息を一つ。

「……仕方のない奴だ」

 それは、私のお願いを聞いてくれるという答えだった。

「えへへ、隊長さんはやっぱり優しいです」

 折れてくれた隊長さんの優しさがうれしくて、私はにこにこしながらそう言った。
 ため息ばかりつかせちゃってるけど、隊長さんはいい人だから、きっと幸せも逃げてはいかないよね。
 むしろここは、私が幸せにします! とか言うべき?
 いやいや、甲斐性のない私には難易度高いです、その台詞は。

 隊長さんはベッドに上がって、掛け布団をめくる。
 ぽんぽんと自分の隣を叩きながら、私に視線を投げかける。

「床で寝かせるわけにはいかない。風邪でも引かれたら困るからな」
「じゃあ、お邪魔しま〜す」

 私は遠慮することなく、ムーさんバスタオルを枕にして隊長さんの隣にもぐり込んだ。
 別に私としてはソファーで寝させてもらうんでもよかったんだけどね。隊長さんがいいって言ってくれるなら、ベッドのほうがそりゃあ助かる。
 寝心地の問題だけじゃなくて、隊長さんとの距離的にね。
 少しでも近くに人がいたほうが、安心できる。

「ありがとうございます、隊長さん」
「……気にするな」

 暗くなった部屋で、隣に寝ている隊長さんにお礼を言う。
 まだ寝ていないよね、と思ったらやっぱり隊長さんは起きていた。
 久々に一緒のベッドで寝ることになったから、緊張でもしているのかな。まさかね。
 ぬくもりは感じられないけど、近くに人がいるってわかっているだけで、充分気分が楽だ。
 だんだんと、眠気が私を夢の中へと誘う。


 たぶん、それから十分以上は経っていたんだと思う。
 うつらうつらしてきたとき、ピシャン、という音に叩き起こされてしまった。
 思わずガバッと起き上がってしまって、あ、やばい、と遅れて気づく。
 隣を見れば、やっぱり隊長さんが目を覚ましてしまっていた。

「ご、ごめんなさい……」

 謝る声はどうしても小さくなってしまう。
 隊長さんの眠りをさまたげるなんて、何してるんだろう私。
 やっぱり、一人で寝ていたほうがよかった?
 この嵐の中じゃ、絶対に寝れなかっただろうけど。
 でも、隊長さんの睡眠時間を削るよりはよかったかもしれない。

「どうすれば安心する?」

 隊長さんは上体を起こして、私の頬に手を伸ばす。
 自分のものじゃないぬくもりに、こんなときなのにすごくほっとする。
 瞳の色は、今はわからない。
 でも、優しく私を映していることは、暗闇の中でもわかった。

「……ぎゅって、してもらってもいいですか?」

 だから、そんなことが言えたのかもしれない。
 嵐の夜に、いつもお母さんにしてもらうように。
 ぎゅっと私を抱きしめてくれたら、安心して寝れるはず。

 隊長さんは何も言わずに、ただ私を抱き寄せてベッドに横になった。
 全身を包むぬくもり。優しくて、あたたかくて、ずっとこうしていたいなっていう気になった。
 思えば、隊長さんには、最初から素直に甘えることができた。
 甘やかし上手、なんだろうね。

「えへへ、あったかい」

 私がそう言って厚い胸板に頬を寄せると、わずかに隊長さんは身じろぎをした。
 でも、私から距離を取ろうとしたりはしなかった。
 本当は、隊長さんも一人でゆっくり寝たいんだと思う。
 何しろ一緒に寝ていた一週間の間、まったく私に触れようとしなかった人だもんね。
 でも今は、私のわがままを聞いてくれている。
 優しい隊長さんに、感謝感謝です。


 おかげでその日は、嵐の夜とは思えないほどに、ぐっすりと眠れました。



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