《やあ、また来たよ》
その声が聞こえてきたのは、ちょうど一人での仕事が終わったときだった。
聞き覚えのある声に私は顔を上げて、どこにも声の主の姿がないことを確認してから、やっとその正体に思い至った。
「あ、気まぐれな精霊さん」
《ふふっ、あったり〜!》
精霊さん――オフィは無駄に上機嫌のようだ。
前に話したときも始終そんな感じだったよね。
二週間近く前のことだから、もう会いに来ないものかと思ってた。
「姿を見せてくれませんかね」
私は少しだけむっとしながら言った。
人の目を見て話すのが礼儀だって親に教わらなかったんだろうか。
そもそも精霊に親がいるのかどうかは知らないし、私からは見れないだけでオフィは私を見ているのかもしれないけど。
でも、声の聞こえる方向からすると、私の周囲を飛び回ってるよね、たぶん。
《見ようと思えば見れるはずだよ。キミの中にボクの仲間がいるんだから》
私の中に精霊がいるのは、隊長さんから聞いたから知っている。
なるほど、中に精霊がいると精霊の姿も見ることができるようになるのか。
自動翻訳以外にも便利機能が備わっていたりするってこと?
「見ようと思えば……ねぇ」
って言われても、どうすればいいんだか。
意味もなく目を細めてみる。視界が狭まっただけで効果はない。
うーん、じゃあ、もしかして。
照明をつけたときと同じ原理なのかもしれない。
私は心の中で、精霊の姿を見せて! とお願いしてみた。
すると、今まで見えなかったのが不思議なくらいにあっさりと、精霊の姿を捉えることができた。
「おお! かわいい!」
《ありがとー》
オフィは思っていたとおり小さくて、手のひらに乗るサイズだった。
見た目は人型なんだけど、全身がオパールみたいな不思議な色合いで、きぐるみを着ているみたいにずんぐりとしている。
羽とかは生えてなくて、目が大きくてくりくりってしていてかわいらしい。
イメージしていたのとはちょっと違うけど、いいね人外! いいねファンタジー!
「ねえ。精霊が私をこの世界に連れてきたって、本当?」
隊長さんに聞いたことを、どうせだからと本人に確認を取ってみる。
ネタは上がっているんだぞ、って自白を迫っているみたいだね。
まあ、異世界召喚ってある意味で誘拐みたいなものだし、間違ってはいないか。
別に被害者面するつもりはないけどね。もう今さらだもん。
《ホントだよ。たくさんの精霊が、キミを望んだ。精霊は個では世界を渡れないから》
「たくさんって、どのくらい?」
《ニンゲンの区分の仕方で言うなら、時の精霊と空間の精霊と大地の精霊と大気の精霊と光の精霊と人の子の精霊、かな》
「一気に言われても覚えられない……」
とりあえず、本当にたくさんの精霊の手によって異世界召喚がなされたってことはわかった。
私がこの世界に来ちゃった理由は、精霊に連れて来られたから。
うん、それだけわかっていればあとはいい。
《界を渡るのは精霊でも難しいんだ。たくさんの個体と力が必要になる。だからこそ燃えるんだけどね!》
「出た、お遊び精神」
戯れっていうの、冗談じゃなかったんだね。
精霊にとっては異世界召喚するのは高難易度のクエストでしかないんだ。
さすがに温厚な私でもちょっとイラッと来るけど、今さら文句を言ったところでどうにもならない。
それにね、悔しいんだけど、目の前のオフィが大変かわいらしくてですね。
これは、怒れない……。
なんとなく敗北した気分になって、私はため息を一つついた。
《キミを呼ぶのに、ボクも協力したんだよ。がんばっちゃった》
褒めて褒めて、とばかりにオフィは胸を張って自慢げに言う。
精霊ってみんなこんなふうに子どもっぽいのかな。
「もしかして、私の世界まで来た?」
異世界トリップする直前のことを思い出す。
お風呂場で聞いたあの笑い声は、この子だったのかな?
《ううん、キミを迎えに行ったのは、フルーオーフィシディエンだよ》
「フルーオーフィ……うん、フルーね」
精霊は名前が長いのがお約束なのかな。
オフィの正式名と似ているような気もするけど、一回聞いただけじゃ覚えられそうにない。
ということであっさり短縮しますとも。無駄ははぶかないとね!
《キミの中の子だよ》
「え!?」
マジで!? と私は自分の身体を見下ろす。
いや、見下ろしたところで見えるわけはないんだけど、思わずね。
《当然じゃないか。キミをこの世界に呼ぶために、キミをこの世界になじませるために、フルーオーフィシディエンはキミと融合したんだ。そしてフルーオーフィシディエンを目印にして、ボクたちはキミをこの世界に引っぱり込んだんだよ》
「へぇ、そうだったんだ」
じゃあお風呂場で聞いた笑い声はフルーのものだったのか。
オフィの説明はやっぱり難しくて、全部を理解することはできなかったけど、とりあえず自分の中にいる精霊がフルーっていうことはわかった。
《失敗すると、精霊が入ったままアッチの世界にとどまっちゃうことになるんだよね。そうなると変な力を持っちゃうし、タイヘンタイヘン》
ヘリウムよりも軽い調子で、オフィは語る。
変な力? と私は首をかしげた。
それってどういうものだろう、と考えてみて、ふとひらめいてしまった。
「……もしかして、超能力者とか霊感持ちとかって、そういう原理だったり?」
《そうかもしれないね。ボクもアッチの世界に残っちゃった子たちのことはよく知らない》
精霊、怖っ!
もしかしたら心霊現象なんかも、あっちにとどまっちゃった精霊が起こしてるんじゃ、とか思えてくる。
さすがにそれは考えすぎかもしれないけど。
オフィの口ぶりからして、可能性がないとは言えないみたいだし。
そうまでしてどうして異世界召喚をするのかな、君たち精霊は。
精霊の考えてることって、謎だね。
「私の中の子と意思の疎通はできたりしないの?」
せっかくオフィよりも身近に精霊がいるなら、お話できたほうが楽しいはず。
ここ二週間近く、私は中の子を意識しないで生活してきた。
意識しないも何も、特に前と変わったことがないんだから当然だ。
もちろん、中の子のおかげで言葉が通じてるっていうのは、隊長さんに聞いてるから理解しているんだけどね。
《もうキミの一部になってるから、無理だよ。キミはキミの心臓とお話できたりしないでしょ?》
「そういう器官と同列なんですか。なんだかちょっとキモいような……」
異世界に来て、器官が増えたってことだよね? うわぁ、びみょ〜。
《受け入れてあげてよ。もうキミと同じ存在になっているんだから》
同胞を思いやるようなオフィの言葉に、私はまた意味もなく自分の身体を見下ろす。
そうだよね、拒絶したらかわいそうだよね。
オフィみたいな見た目の精霊が私の中に入っていると考えると。
……やっぱりちょっと、複雑ではあるんだけども。
「がんばる」
今の私にはそう言うのが精いっぱいです。
嫌なわけじゃないんだよ。ただちょっとばかし複雑なだけなんだよ。
と、私は心の中で言い訳をした。
少しずつ、受け入れられるようになればいいよね。
《聞きたいことはそれでオシマイ?》
「うん、たぶん」
他にもあるかもしれないけど、今のところは思いつかない。
だいたいの疑問は隊長さんに聞いて解決ずみだったしね。
《前のときが説明不足だったって、みんなに怒られちゃって。今回はちゃんとできたよね!》
ピョンピョンと、オフィは跳ねるように宙を移動する。
みんなって、精霊仲間のことだよね。
こんな見た目の精霊が集まってわきゃわきゃしてるのとか、想像するとやばい。かわいすぎる。
「うんうん、大丈夫だよ」
子どもっぽいオフィの話し方を聞いていると、和むというか癒されるというか、気が抜けるというか。
ちゃんとできたよね! とか、親に褒めてもらいたい子どもそのものじゃないか。
かわいいけどね。めちゃくちゃかわいいんだけどね!
ああもう、ペットに欲しいこの子。
《じゃあ、またね!》
キャハハハ、と笑い声を残して、オフィの姿は霞のように消えてしまった。
いなくなるのはやっぱり唐突なんだね。
もう質問がないことを確認しただけ、今回のほうがマシだったけど。
精霊は気まぐれで、神出鬼没。
ということを、私は脳内にメモを書き記した。
精霊って、かわいいからなんでも許されちゃうのかもしれないね。
なんて、あきらめ混じりに私は思ったりした。