夢を見た。
それはとてもたわいのない、穏やかな日常。
お父さんがいて、お母さんがいて、お姉ちゃんとお兄ちゃんがいて、ミケがいて。
みんなと一緒に、私は笑っている。
そんな、あたたかくて、しあわせな夢。
「……どうかしたか?」
朝、隊長さんが仕事に行くまでのまったりした時間。
ベッドに座ってぼーっとしていた私に、支度を終えた隊長さんは声をかけてきた。
「へ? どうもしませんよ」
隊長さんを振り仰いで、私は返事をした。
内心でギクリとしながら。
「お前は嘘が下手だ。無理はするな」
灰色の瞳が静かに私を見下ろしている。
嘘も、ごまかしも通用しないんだって、悟ってしまう。
心配かけたくないんだけどなぁ。
でもきっと、隊長さんはそんな私の遠慮もわかっていて、自分から聞いてきたんだろう。
優しいです隊長さん。惚れそうです隊長さん。
「隊長さんには家族がいますか?」
どう話したらいいのかわからなくて、気づいたら私は質問で返していた。
「父と、弟と妹がいる」
嫌がることなく答えてくれたことにほっとする。
家族の話は地雷ではなかったらしい。
隊長さん、長男なんだ。イメージそのまますぎませんかね。
「どんな人たちですか?」
「父はのんびりしている。弟は文官で、頭がいい。妹はお転婆だな」
父親も弟も、隊長さんとはあんまり似ていないんだろうか。
お転婆な妹がいるから私の扱いに慣れているのかな。私、末っ子気質だし。
一緒にするなって? はい、そのとおりですね。
隊長さんの妹なら美人さんなんだろうなぁ。
「仲はいいですか?」
「悪くはないと思っているが」
「じゃあ、寂しいですね。家族の元に戻りたいと思ったりはしませんか?」
質問ばっかりだな、と気づいて申し訳なくなった。
面倒がらずに答えてくれる隊長さんの優しさに甘えちゃっているね。
「息災に暮らしているならそれでいい。年に二度は顔を合わせる機会もあるしな」
「そっか……」
年に二回っていう頻度は、家族と暮らしていた私にしてみればすごく少ない。
もう家庭を持っている姉も一人暮らししている兄も、けっこう頻繁に実家に顔を見せていたし。
そうして、ずっと家族に囲まれて育ってきたから。
それが当然すぎて、大切だとか今さらすぎたし、感謝なんて伝えたこともなかった。
……離れてから。もう二度と、会えなくなってから。
家族が大好きだったんだって、思い知ることになるなんて。
「寂しいのか?」
問いかけというより、それは確認に近かった。
言葉にできなかった私の思いを、隊長さんは正確に読み取ってしまった。
隊長さんが鋭いというよりも、私がわかりやすすぎるだけなのかもしれない。
「そう、みたいです」
素直に認めるのは少しだけ勇気が必要だった。
でも、今の私には虚勢を張れるほどの気力もない。
しあわせで、しあわせすぎて残酷な夢に、元気を全部吸い取られてしまったようだった。
「きっと帰れる、と言ったところで気休めにもならないだろうな」
そうですね、と私は心の中でうなずいた。
精霊の客人が元の世界に帰ったことは、過去に一度もない。
それは隊長さんが用意してくれたたくさんの本からも、わかっている。
私は、元の世界に帰れない。
――二度と、家族とは会えない。
「隊長さんは正直者ですね」
「お前ほどじゃない」
私が笑いかけると、隊長さんは眉間のしわを増やした。
ちゃんと笑えていなかったのかもしれない。
沈黙が、二人の間に落ちる。
何を言ったらいいのかわからなかった。
心配させたくなかったけど、聞いてきたのは隊長さんで。
素直に胸のうちを話しちゃった私は、若干気まずい。
隊長さん、話を変えてくれないかな。
そんなふうに考えていると。
「この世界でも、お前に家族ができればいいんだが」
ぽつり、と隊長さんは言った。
私はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。
この世界で、家族?
考えたこともないことだった。
大学生だった私は、元の世界にいたときですら、新しい家族を作ろうなんて思ったことがなかった。
私の家族は父と母と姉と兄と猫。それに祖父母、あと姉の旦那さん。
元の世界にすべて置いてきてしまった。ただ一つ持ってこれたのは、うさぎのムーさんバスタオルだけ。
けれど、この世界で、これから一生を生きていくことになるなら。
誰か、このままの私を認めてくれる人がいたなら。
いつか新しい家族が、できるのかもしれない。
その可能性は、一人ぼっちの私にしてみれば希望のようなもの。
家族。新しい家族。うん、いい響きだ。
「……欲しいなぁ、家族」
私は小さくそうつぶやいた。
これは一種の、執着。
孤独が苦手な私に用意された、わずかな可能性。
「いつかは、できる」
隊長さんはそう断言してくれた。
相変わらず怖い顔をしているけど、心から私のことを思いやってくれていることが伝わってくる。
隊長さんは、恋人じゃないし、友だちですらないけど。
他人ではないのかもしれない、と思った。
そうだといいなぁ、と願った。
「隊長さんがなってくれますか? 家族に」
だから私は、冗談めかして距離をつめてみた。
隊長さんから見れば、いつもの私なんだろうけど。
全部が本気とは言えない、でも冗談ともちょっと違う、そんな期待を込めた言葉。
「でかい子どもだな」
「じゃあ奥さんにしてくださいよ」
「……」
調子に乗った私の言葉に、隊長さんは押し黙ってしまった。
眉間のしわは、跡が残りそうなくらい深く刻まれている。
「冗談なのでそんな嫌そうな顔しないでくださいってば」
わかってますよ、隊長さん。
あなたは優しい人だから、一人ぼっちの私を放っておけないだけ。
勘違いなんてしないから、安心してください。
期待は、ちゃんときれいに消しておきますから。
「いや、……なんでもない」
隊長さんは迷うように視線を宙に泳がせて、それからため息をついた。
何か言いたそうに見えたけど、いったいなんだったんだろう?
なんでもないと言われたからには、しつこく追求するわけにもいかない。
めずらしくはっきりしない隊長さんを不思議に思いつつ。
微妙な空気のまま、隊長さんは仕事に行ってしまって。
隊長さんの部屋で過ごす、最後の朝が終わりを告げました。