いつもどおり夜が来て、いつもどおりお腹がすいたくらいの時間に隊長さんが戻ってきて。
いつもどおり、応接室で二人で夕食タイム。
ここに来てからまだ一週間とちょっとだけど、毎日続いていると、いつもどおりって感じがするよね。
それだけここになじんできたってことなのかな。
隊長さんの部屋になじめたところで、明日にはここを出ることになるんだけども。
「最後なんですねぇ、こうやって隊長さんとご飯食べるの」
「そうだな」
スープの入ったカップを両手で持ちながら、私はしみじみとつぶやいた。
隊長さんはなんでもないことのように同意をする。
「なんだか寂しいですね」
ちょっと期待を込めて、私はそう言った。
ただの相づちでもいいから、今みたいに「そうだな」って返してくれないかな、と思って。
それとも隊長さんは寂しくもなんともないのかな?
「使用人は基本、食堂で食事を取る。寂しくはないだろう」
隊長さんの答えはどこかずれていた。
あれ、隊長さんって天然属性あったんですか?
ここでまさかの新事実発覚です。
「そりゃあ、たくさん人がいるとこで食べられるのは、にぎやかでいいかもしれませんけど。そうじゃなくってですね」
わざわざ説明するのはなんだか恥ずかしいなと思いながら、私はそこで言葉を区切る。
視線を隊長さんに向ければ、彼はパンを食べていた手を止めてこちらを見た。
「隊長さんと二人っきりで食べるの、けっこう楽しいですから。もうそんな機会はないんだなって思えば寂しくもなりますって」
「……そうか」
私が笑顔を作ると、隊長さんは目を背けた。
やっぱり、隊長さんは寂しく思ってくれたりはしないのかな。
ひどい……私とのことは遊びだったのねっ!
と、いうのは冗談だけれども。
私だけかな、寂しいの。
「隊長さんはいつもここで一人で食べてるんですよね?」
「ああ」
私が確認すると、隊長さんは一言で肯定する。
「じゃあ、隊長さんが寂しかったら言ってください。たまにこっちに食べに来ちゃいます!」
いいことを思いついた、と私はにこにこ笑顔で提案をした。
たまには食堂じゃなくて、隊長さんのところで食べるっていうのもいいんじゃないかな。
隊長さんがいいって言ってくれれば、だけど。
ダメかな? と私はじーっと隊長さんを見つめる。
「……今しがた言ったように、使用人は食堂で食べるものだ。例外が認められるのは、病気の場合と、配偶者と共に食事をする場合だけだ」
「え〜!? どうしても、無理なんですか?」
期待を裏切るようで気がとがめるのか、隊長さんはためらうように、けれど容赦なく事実を口にした。
使用人は絶対に食堂で食べないとダメらしい。
どうしてなんだろう。別に食べる場所くらいどこでもいいじゃん。
「無理だ。隊長自ら規則違反を見逃すことはできない」
隊長さんはしかめっ面をしながらきっぱりと言った。
真面目で、堅物。
わかってたことじゃないか。
すごく隊長さんらしいし、そんな隊長さんが素敵だとも思う。
でも、しょんぼりとしてしまうのはしょうがない。
「……残念です。隊長さんとご飯、食べたかったです」
私は正直にそうこぼして、肩を落とす。
デザートのイチゴをつまんで一つ食べる。甘酸っぱいけど、落ち込んでいるせいでおいしさは半減だ。
視界の端で、隊長さんが何かを言いたそうにしているのが見えた。
たぶん、慰めてくれようとしているんだろうな。
隊長さんは優しいもんね。
一緒にご飯を食べられないのは、そう決められているから。
別に隊長さんが私を拒絶したわけじゃない。
そう信じたい。
「隊長さんは……」
少しくらいは、寂しいと思ってくれてますか?
その言葉を、私はあわてて飲み込んだ。
こんな、まるで遠距離恋愛になる男女みたいな質問、してもいいような関係じゃないでしょ私たち。
「いえ、なんでもないです」
私がそう取りつくろうと、隊長さんは眉をひそめた。
しわ、また増えてますよ。もう癖になっちゃってますよ。
その怖い顔も、隊長さんらしいなぁって笑えてきちゃうくらいに、慣れちゃったけど。
隊長さんはやっぱりどんな顔をしていてもイケメンだよね。
「私、お仕事がんばりますね!」
「ああ」
意気込んで言った私に、隊長さんはがんばれとばかりにかすかな笑みを見せた。
そう応援してくれるくらいには、私のことを憎からず思ってくれてるんじゃないかなっていうのは、希望的観測ってやつだろうか。
「だから、たまにでいいので、かまってください」
今度はちょっとどころじゃない期待を込めて、私は隊長さんにお願いをしてみた。
異世界トリップしてきちゃって、初めて会った人。
この世界でただ一人、頼ることができる人。
私は隊長さんに見捨てられたら、どうすることもできない。
これから私の世界は広がっていくんだろうけど、それでも隊長さんとのつながりを絶たれるのは、嫌だし、怖かった。
「できうるかぎり目をかけるつもりでいる。何かあれば言え」
「なんにもなくても、お話したいです」
欲しいのは、困ったときに相談できる人じゃない。もちろん隊長さんは頼りにできる人だけど。
なんでもないことで笑い合える人。一緒にいて安心できる人。……自分の、居場所が欲しい。
私の声やまなざしに甘えが含まれていたことに、気づいたんだろうか。
灰色の瞳に、動揺が走った、ような気がする。
「……俺でよければ」
少しの沈黙ののち、隊長さんはひかえめな言葉を選んだ。
私のお願いを許容する、優しい言葉。
大丈夫、隊長さんは私を拒絶しないでいてくれる。
ここにいてもいいよって、言ってくれている。
今はこれだけで、満足するべきなんだよね、たぶん。