20:最後の晩餐と相なりました

 いつもどおり夜が来て、いつもどおりお腹がすいたくらいの時間に隊長さんが戻ってきて。
 いつもどおり、応接室で二人で夕食タイム。
 ここに来てからまだ一週間とちょっとだけど、毎日続いていると、いつもどおりって感じがするよね。
 それだけここになじんできたってことなのかな。
 隊長さんの部屋になじめたところで、明日にはここを出ることになるんだけども。

「最後なんですねぇ、こうやって隊長さんとご飯食べるの」
「そうだな」

 スープの入ったカップを両手で持ちながら、私はしみじみとつぶやいた。
 隊長さんはなんでもないことのように同意をする。

「なんだか寂しいですね」

 ちょっと期待を込めて、私はそう言った。
 ただの相づちでもいいから、今みたいに「そうだな」って返してくれないかな、と思って。
 それとも隊長さんは寂しくもなんともないのかな?

「使用人は基本、食堂で食事を取る。寂しくはないだろう」

 隊長さんの答えはどこかずれていた。
 あれ、隊長さんって天然属性あったんですか?
 ここでまさかの新事実発覚です。

「そりゃあ、たくさん人がいるとこで食べられるのは、にぎやかでいいかもしれませんけど。そうじゃなくってですね」

 わざわざ説明するのはなんだか恥ずかしいなと思いながら、私はそこで言葉を区切る。
 視線を隊長さんに向ければ、彼はパンを食べていた手を止めてこちらを見た。

「隊長さんと二人っきりで食べるの、けっこう楽しいですから。もうそんな機会はないんだなって思えば寂しくもなりますって」
「……そうか」

 私が笑顔を作ると、隊長さんは目を背けた。
 やっぱり、隊長さんは寂しく思ってくれたりはしないのかな。
 ひどい……私とのことは遊びだったのねっ!
 と、いうのは冗談だけれども。
 私だけかな、寂しいの。

「隊長さんはいつもここで一人で食べてるんですよね?」
「ああ」

 私が確認すると、隊長さんは一言で肯定する。

「じゃあ、隊長さんが寂しかったら言ってください。たまにこっちに食べに来ちゃいます!」

 いいことを思いついた、と私はにこにこ笑顔で提案をした。
 たまには食堂じゃなくて、隊長さんのところで食べるっていうのもいいんじゃないかな。
 隊長さんがいいって言ってくれれば、だけど。
 ダメかな? と私はじーっと隊長さんを見つめる。

「……今しがた言ったように、使用人は食堂で食べるものだ。例外が認められるのは、病気の場合と、配偶者と共に食事をする場合だけだ」
「え〜!? どうしても、無理なんですか?」

 期待を裏切るようで気がとがめるのか、隊長さんはためらうように、けれど容赦なく事実を口にした。
 使用人は絶対に食堂で食べないとダメらしい。
 どうしてなんだろう。別に食べる場所くらいどこでもいいじゃん。

「無理だ。隊長自ら規則違反を見逃すことはできない」

 隊長さんはしかめっ面をしながらきっぱりと言った。
 真面目で、堅物。
 わかってたことじゃないか。
 すごく隊長さんらしいし、そんな隊長さんが素敵だとも思う。
 でも、しょんぼりとしてしまうのはしょうがない。

「……残念です。隊長さんとご飯、食べたかったです」

 私は正直にそうこぼして、肩を落とす。
 デザートのイチゴをつまんで一つ食べる。甘酸っぱいけど、落ち込んでいるせいでおいしさは半減だ。
 視界の端で、隊長さんが何かを言いたそうにしているのが見えた。
 たぶん、慰めてくれようとしているんだろうな。
 隊長さんは優しいもんね。
 一緒にご飯を食べられないのは、そう決められているから。
 別に隊長さんが私を拒絶したわけじゃない。
 そう信じたい。

「隊長さんは……」

 少しくらいは、寂しいと思ってくれてますか?
 その言葉を、私はあわてて飲み込んだ。
 こんな、まるで遠距離恋愛になる男女みたいな質問、してもいいような関係じゃないでしょ私たち。

「いえ、なんでもないです」

 私がそう取りつくろうと、隊長さんは眉をひそめた。
 しわ、また増えてますよ。もう癖になっちゃってますよ。
 その怖い顔も、隊長さんらしいなぁって笑えてきちゃうくらいに、慣れちゃったけど。
 隊長さんはやっぱりどんな顔をしていてもイケメンだよね。

「私、お仕事がんばりますね!」
「ああ」

 意気込んで言った私に、隊長さんはがんばれとばかりにかすかな笑みを見せた。
 そう応援してくれるくらいには、私のことを憎からず思ってくれてるんじゃないかなっていうのは、希望的観測ってやつだろうか。

「だから、たまにでいいので、かまってください」

 今度はちょっとどころじゃない期待を込めて、私は隊長さんにお願いをしてみた。
 異世界トリップしてきちゃって、初めて会った人。
 この世界でただ一人、頼ることができる人。
 私は隊長さんに見捨てられたら、どうすることもできない。
 これから私の世界は広がっていくんだろうけど、それでも隊長さんとのつながりを絶たれるのは、嫌だし、怖かった。

「できうるかぎり目をかけるつもりでいる。何かあれば言え」
「なんにもなくても、お話したいです」

 欲しいのは、困ったときに相談できる人じゃない。もちろん隊長さんは頼りにできる人だけど。
 なんでもないことで笑い合える人。一緒にいて安心できる人。……自分の、居場所が欲しい。
 私の声やまなざしに甘えが含まれていたことに、気づいたんだろうか。
 灰色の瞳に、動揺が走った、ような気がする。

「……俺でよければ」

 少しの沈黙ののち、隊長さんはひかえめな言葉を選んだ。
 私のお願いを許容する、優しい言葉。
 大丈夫、隊長さんは私を拒絶しないでいてくれる。
 ここにいてもいいよって、言ってくれている。


 今はこれだけで、満足するべきなんだよね、たぶん。



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