あなたは森へと続く道を歩いていきます。
森の先には、高い塔が建っているのが見えます。
鬱蒼とした森の入り口からさらに奥へ行くと、水の流れる音が聞こえてきました。
さらに少し進むと、きれいな泉が目の前に広がっていました。
あなたが清らかな空気に癒されていると、音もなく近づいてきた誰かに手を後ろ手に拘束されました。
抵抗しようとしても、身体は金縛りにあったように動きません。
長い棒で顎を固定されてしまっているのです。
どうやら相当の手練れに後ろを取られたようです。
ぐ、と首に冷たい棒が食い込みます。
「君はあの魔女の手下?」
それは男の声でした。
なんのことだかわからなかったあなたは、違う、と答えます。
それでも男は簡単には信じてくれないようです。拘束が解かれることはありませんでした。
あなたは敵ではないことを必死で訴えかけます。
この森には入ってきたばかりだということ。魔女なんて知らないこと。そして、たぶん自分は男の味方だということ。
男は完全には信用していないようでしたが、なんとか解放してくれました。
「味方って、どういうことかな」
男の問いに、あなたは言います。
自分はこの物語をハッピーエンドにする使命がある、と。
この男が物語のヒーローであることは、あなたにはすぐにわかりました。
ヒーローがヒロインと幸せになる助けをしに、あなたはここにやってきたのです。
肝心の本人に疑われていては大変です。
「全部は信じられないけど、敵じゃないなら今はそれでいいよ。で、君は俺たちのために何をしてくれるつもりなの?」
ヒーローの言葉に、とりあえずあなたはほっと一安心。
まずは状況を説明してほしい、と頼みます。
ヒーローの様子を見て、すでに元の物語からだいぶ逸脱していることにあなたは気づいていました。
物語のとおりなら、ヒーローは塔から落ちて失明していなければならないのです。
ヒーローは失明どころか、かすり傷一つ見当たりません。
どんなふうに物語が変わってしまっているのか、あなたは把握する必要がありました。
ヒーローが語るには、こういうことだそうです。
不覚を取って塔からは落とされたけれど、防御の術を使ったので失明はしなかった。
ヒロインとできるだけ早く再会するためにも、ハンデを負うことはできないと思ったのだとか。
それからしばらく、ヒーローはこの泉の傍でヒロインを待っていました。
ここは森の中心地で、この国のどこにいてもヒロインの存在を感じ取れる場所でした。
すでに元の物語とは違ってしまっていますが、話のとおりならヒロインは荒野へと放逐されたはずです。
要は、ハッピーエンドになりさえすればいいのです。
再会したヒロインと、その後どう暮らしていくかまで、ヒーローはしっかり考えていました。
「なのに、まったく気配を感じ取れないんだよね。どうしてだかはわからないけど、フィーラはいまだに塔にいるらしい」
なるほど、物語が予定どおりに進行しなかった原因は、ヒーローの万能さと不測の事態のせいのようです。
どうして魔女はヒロインを放り出さなかったのでしょうか。
これは困りました。彼女が塔にいては、話は進みません。
すでにヒーローが失明していない時点で、だいぶ物語は予定とずれてしまっていますが、そこは気にしないことにするとして。
どうにかこの物語をハッピーエンドへと導くことはできないでしょうか。