塔に閉じこめられた蝶の物語
http://sky.geocities.jp/koinokagi/zakka
 ヒロインは魔女に囚われているから逃げられない、とあなたは嘘をつきました。
 実際のところは知りませんでしたが、嘘も方便です。
 その可能性だって充分にあるのですから、嘘とも言いきれないことですし。

「……それ、本当?」

 少しの疑いのこもった問いに、あなたは大きくうなずきます。
 物語の管理人として、人をごまかしたり嘘をついたりは得意なあなた。
 嘘とも言いがたい真実味のある言葉だったこともあり、ヒーローはなんとか信じてくれたようです。

「まったく、敵に回すと厄介この上ないな……。しょうがない、魔女とはあまり戦いたくなかったんだけど、助けに行ってくるよ」

 ヒーローはぶつぶつと何かを言ったあと、あなたに向けてそう言いました。
 これこそ、あなたの狙っていた展開です。
 ヒロインがなぜ塔から放り出されなかったのかはわかりません。
 けれど、物語には主人公補正というものが存在します。
 つまり、ヒーローさえその場にいれば、物語は主人公たちに都合のいいように展開していくのです。
 ヒロインとヒーローがそろえば、もう向かうところ敵なしでしょう。
 魔女だって簡単にやっつけてしまえるはずです。

 計画どおり、と悪役笑いをしたいのをこらえ、あなたはヒーローに気をつけてと声をかけます。
 魔女の考えはあなたにもわかりません。
 ヒロインがどう行動するのかも、わからないのです。
 いくら主人公補正があったとしても、多少の困難はあるかもしれません。
 ヒーローはあなたの言葉に深くうなずきました。

「君はどうする? ついてくるかい?」

 ヒーローの問いに、あなたは微笑みを浮かべたまま首を横に振ります。
 物語に介入しすぎては、後々影響が出てしまうこともありえます。
 きちんとハッピーエンドになるかどうかは見届ける必要がありますが、彼についていかなくとも見る方法はあるのです。

「じゃあ、ここでお別れだね。教えてくれてありがとう」

 ヒーローのほうもにこやかにそう言います。
 塔へと向かうヒーローに、あなたは手を振りました。
 振り返ったヒーローも軽く手を上げて応え、それからすぐにその姿は見えなくなりました。

 周りに誰も人の目がなくなったことを確認してから、あなたは隠し持っていた本を開きます。
 それは、この物語の書かれた本でした。
 これに新たに増えていく文字を読んでいけば、無事にハッピーエンドを迎えられるかどうか、すぐにわかるのです。
 物語はちょうど、ヒーローが塔にいるヒロインを救出するために、魔女と対峙しているところでした。




「タクサス、フィーラをこの塔から解放しにきたよ」

 塔の前で、ヒーローは銀色の棒を魔女に突き立てました。
 魔法を帯びて輝く棒は、ビリビリと物騒な音を立てています。
 突き立てられた魔女――どう見ても男ですが、設定上魔女と呼びます――は、殺気を向けられているにも関わらず、まったく動じていません。

「エリオ、まず武器をしまえ」
「できれば戦いたくないんだけど、そこを動く気がないならオレだって容赦しない。殺す気でやり合えばオレが勝つよ」
「そうだろうな」

 魔女は静かに塔の前から退きました。
 それから、小さくつぶやきます。

「……やっとか」
「やっと?」
「待ちくたびれたぞ。行動派のお前ならすぐにでも来ると思っていたんだが」
「……どういうこと?」
「フィーラの面倒を見きれるかどうか、簡単なテストのようなものだ」

 怪訝な顔をするヒーローに、魔女は種明かしをしました。

「君が彼女を囚われの身にしているわけじゃないの?」
「俺はフィーラの親に押しつけられて、彼女の面倒を見ていただけだ。多少不自由な思いはさせたが、元はと言えば好奇心旺盛すぎて次々問題を起こすフィーラにも非がある」
「……騙された」
「俺は騙したつもりはないぞ。試しはしたが」
「いや、うん、そうじゃなくて……まあいっか」

 ヒーローは気持ちを切り替えるように首を振り、まばたきをします。
 それだけで、苦々しげな表情は跡形もなく消えました。

「フィーラを解放してくれるんだろう」
「うん。彼女はここにいるよりも、外を知ったほうがしあわせになれると思う」
「それは否定しない。お前なら守りきれるだろう」
「うん、守るよ。絶対に」
「……そういうことは本人に言え」
「じゃあ、迎えに行ってくる」

 言うが早いか、ヒーローは魔法の力で塔を上っていきました。
 その先にはヒロインが待っているのです。
 ハッピーエンドは、もうすぐ傍です。

《寂しくなるね、タクサス》
「元の生活に戻るだけだ。それに、俺にはお前がいる」

 どこからともなく響いてきた声に、魔女はそう返します。
 その声は少しだけ寂しそうで、けれど晴れ晴れとしたものでした。




 パスワードその1「e」


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