ヒロインは魔女に囚われているから逃げられない、とあなたは嘘をつきました。
実際のところは知りませんでしたが、嘘も方便です。
その可能性だって充分にあるのですから、嘘とも言いきれないことですし。
「……それ、本当?」
少しの疑いのこもった問いに、あなたは大きくうなずきます。
物語の管理人として、人をごまかしたり嘘をついたりは得意なあなた。
嘘とも言いがたい真実味のある言葉だったこともあり、ヒーローはなんとか信じてくれたようです。
「まったく、敵に回すと厄介この上ないな……。しょうがない、魔女とはあまり戦いたくなかったんだけど、助けに行ってくるよ」
ヒーローはぶつぶつと何かを言ったあと、あなたに向けてそう言いました。
これこそ、あなたの狙っていた展開です。
ヒロインがなぜ塔から放り出されなかったのかはわかりません。
けれど、物語には主人公補正というものが存在します。
つまり、ヒーローさえその場にいれば、物語は主人公たちに都合のいいように展開していくのです。
ヒロインとヒーローがそろえば、もう向かうところ敵なしでしょう。
魔女だって簡単にやっつけてしまえるはずです。
計画どおり、と悪役笑いをしたいのをこらえ、あなたはヒーローに気をつけてと声をかけます。
魔女の考えはあなたにもわかりません。
ヒロインがどう行動するのかも、わからないのです。
いくら主人公補正があったとしても、多少の困難はあるかもしれません。
ヒーローはあなたの言葉に深くうなずきました。
「君はどうする? ついてくるかい?」
ヒーローの問いに、あなたは微笑みを浮かべたまま首を横に振ります。
物語に介入しすぎては、後々影響が出てしまうこともありえます。
きちんとハッピーエンドになるかどうかは見届ける必要がありますが、彼についていかなくとも見る方法はあるのです。
「じゃあ、ここでお別れだね。教えてくれてありがとう」
ヒーローのほうもにこやかにそう言います。
塔へと向かうヒーローに、あなたは手を振りました。
振り返ったヒーローも軽く手を上げて応え、それからすぐにその姿は見えなくなりました。
周りに誰も人の目がなくなったことを確認してから、あなたは隠し持っていた本を開きます。
それは、この物語の書かれた本でした。
これに新たに増えていく文字を読んでいけば、無事にハッピーエンドを迎えられるかどうか、すぐにわかるのです。
物語はちょうど、ヒーローが塔にいるヒロインを救出するために、魔女と対峙しているところでした。
「タクサス、フィーラをこの塔から解放しにきたよ」
塔の前で、ヒーローは銀色の棒を魔女に突き立てました。
魔法を帯びて輝く棒は、ビリビリと物騒な音を立てています。
突き立てられた魔女――どう見ても男ですが、設定上魔女と呼びます――は、殺気を向けられているにも関わらず、まったく動じていません。
「エリオ、まず武器をしまえ」
「できれば戦いたくないんだけど、そこを動く気がないならオレだって容赦しない。殺す気でやり合えばオレが勝つよ」
「そうだろうな」
魔女は静かに塔の前から退きました。
それから、小さくつぶやきます。
「……やっとか」
「やっと?」
「待ちくたびれたぞ。行動派のお前ならすぐにでも来ると思っていたんだが」
「……どういうこと?」
「フィーラの面倒を見きれるかどうか、簡単なテストのようなものだ」
怪訝な顔をするヒーローに、魔女は種明かしをしました。
「君が彼女を囚われの身にしているわけじゃないの?」
「俺はフィーラの親に押しつけられて、彼女の面倒を見ていただけだ。多少不自由な思いはさせたが、元はと言えば好奇心旺盛すぎて次々問題を起こすフィーラにも非がある」
「……騙された」
「俺は騙したつもりはないぞ。試しはしたが」
「いや、うん、そうじゃなくて……まあいっか」
ヒーローは気持ちを切り替えるように首を振り、まばたきをします。
それだけで、苦々しげな表情は跡形もなく消えました。
「フィーラを解放してくれるんだろう」
「うん。彼女はここにいるよりも、外を知ったほうがしあわせになれると思う」
「それは否定しない。お前なら守りきれるだろう」
「うん、守るよ。絶対に」
「……そういうことは本人に言え」
「じゃあ、迎えに行ってくる」
言うが早いか、ヒーローは魔法の力で塔を上っていきました。
その先にはヒロインが待っているのです。
ハッピーエンドは、もうすぐ傍です。
《寂しくなるね、タクサス》
「元の生活に戻るだけだ。それに、俺にはお前がいる」
どこからともなく響いてきた声に、魔女はそう返します。
その声は少しだけ寂しそうで、けれど晴れ晴れとしたものでした。
パスワードその1「e」
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パスワードを1から順番に当てはめていってください