35:ライバルキャラとの探り合い

 なんとかかんとか、華道部の打ち上げが終わって。
 名残惜しそうな学園の王子サマとも無事に別れを告げ。
 やっと、中庭で花園さんと二人きりになることができた。
 でも、もう、なんというか……遅すぎた。

「花園さん……」

 何をどう話したらいいのかわからずに、私はただ恨めしげに花園さんを見やる。
 その視線と声に驚いたのか、花園さんはビクッと肩を揺らした。

「ど、どうしたの?」

 どうしたのも何もね、こちとら言いたいことと聞きたいことがいっぱいあるんですけどね。
 ああでもちょっと待て、まずは落ち着かないと。
 花園さんが転生者かどうかまだわからないし、わざとなのかだって決めてかかっちゃいけない。
 私は軽く深呼吸をしてから、ベンチの隣に座る花園さんに向き直った。

「まず、ちょっと確かめたいんだけど。花園さんは私のことが嫌いだとか、私をいじめたいだとかってわけじゃないんだよね?」
「えっ!? どうしてそうなるの!? そんなわけないじゃない!」

 花園さんは大きな声を出して、思いきり否定する。
 そこには嘘だとかごまかしだとかがあるようには感じられなかった。
 もしも花園さんが女優なら、騙されているのかもしれないけど。
 たぶん、そうではないと思う。というか、そうじゃないと信じたかった。

「そうだよね……知らないだけだよね……」

 知らずに入っていた肩の力を抜き、はぁ〜、と大きくため息をつく。
 どうしようか。出会っちゃったよ。出会いイベントとは違ったけど出会っちゃったよ。
 私が一番避けたかった、百合川陽良と。
 しかもなんでなのか、微妙に目をつけられているっぽかったよ。
 恐ろしすぎて、思考がぐるぐると空回って何も考えられない。
 せめてもの救いは、明日から夏休み、ということだろうか。

「ねえ、本当にどうしたの、立花さん?」

 わけがわからない、と言うように花園さんは首をかしげる。
 そりゃあそうだろう。花園さんは私が攻略対象を避けたいことを知らない。
 そもそも花園さんが転生者なのかどうか、『恋花』のことを知っているのかどうかもわからないけど。
 今回のことで、その可能性が上がったのはたしかだろう。

「今日の打ち上げに百合川陽良がいたのは、なんで?」
「華道部と茶道部は交流があるのよ。華道部を立ち上げるときにも、茶道部に手を貸していただいたの。他にも、園芸部の人や演劇部の人もいたでしょう?」
「交流……交流、ね」

 私の問いかけに、花園さんはすらすらと答えた。
 まるで、最初から答えが用意されていたみたいに。
 華道部が設立されたのは、去年のこと。花園さんが入学してからというのは、前に見学に行ったときに聞いていた。
 花園学園っていう名前なんだし、華道部の歴史は古いんだと思っていたからビックリした記憶がある。
 なんでも、前からあったのは園芸部で、その園芸部も今は弱小と呼ばれる部活らしく。
 花園さんは入学してすぐに華道部の部員を集め、園芸部とは協力関係を結び、正規の手段で華道部を立ち上げたらしい。
 理事長の娘ということで、ごり押しすることもできただろうに、そうすることなくきちんと申請をして部を作ったことで、花園さんが人気を得る一つのきっかけになった。と華道部の部長さんは言っていた。

 華道部と茶道部。学校によっては華茶道部として一緒くたにされてることもあるし、交流があってもおかしくはないのかもしれない。
 茶室に飾る花を華道部が受け持っていたりとかありそうだし。
 そして、季人が言っていたように、花園さんと百合川陽良が幼なじみだったとしたら。
 その関係で力を貸していたとしても、不思議じゃない。

「じゃあ、私を打ち上げに誘ったのは、なんでだったの?」
「それは、部長が立花さんと話したいと言っていたから……」
「本当にそれだけ?」
「……立花さん?」

 追及する私に、花園さんは怪訝そうな顔をする。
 そりゃあ、普通はこんなこと聞こうとはしないのかもしれない。
 花園さんは納得できる理由を出してくれているんだし。
 でも、今の私には、それだけじゃ足りない。
 だって、花園さんの行動は、おかしすぎるんだ。

「花園さんと約束していた日、中庭に百合川陽良が来たよ。花園さんと約束しているみたいだった。花園さんはあの場に来なかったのに」

 私の言葉に、花園さんは琥珀色の瞳を丸くする。
 約束を破ってごめんなさい、と謝られたとき、私は何も言わなかった。別にいいよ、気にしないで、としか。
 だからこれは花園さんにとっても寝耳に水だろう。
 どうやって話せばいいか、悩んでいたこと。
 聞くなら、今しかない。

「花園さんは、私と百合川陽良を会わせようとした。違う?」

 鋭い口調で問いかける。
 違う、と返ってくることはないだろうと、答えは半ば予想していた。
 花園さんが転生者かどうかは、私にはまだわからない。
 でも、百合川陽良と私の仲を取り持とうとしたことは、ほぼ確実だろうと睨んでいた。

「それは……その……」

 花園さんは困ったように視線を泳がせて、うつむいてしまった。
 否定しない時点で、肯定していることになると、彼女も気づいてはいるはずだ。
 二人の間に微妙な沈黙が横たわる。
 生ぬるい風が頬をくすぐり、草花の揺れる音が聞こえる。
 十数秒ほどの静寂に、少しだけ平常心を取り戻した。
 そして、同時に自己嫌悪にも襲われた。

「……ごめん、責めたいわけじゃないんだ。不測の事態に私もかなり動揺してるみたい。ごめんね」

 謝ってから、自分を落ち着けるようにもう一度ため息をついた。
 何をやってるんだ、私は。
 花園さんに悪気がないってことは最初に確認したじゃないか。
 もうちょっと、言葉を選ぶべきだった。

「そんな、わたくしこそ、勝手なことをしてしまったみたいで、ごめんなさい」

 花園さんはすっかり意気消沈してしまったようで、見てわかるほどに肩を落としている。
 その姿はなんだか親に叱られた子どものように見えた。
 完璧な花園さんには似つかわしくなくて、こう言っちゃ悪いんだろうけれど、かわいらしい。

「立花さんは、その……陽良と、知り合いたくなかったの?」
「はっきり言うなら、そうだね」
「どうして?」

 花園さんは首をかしげて、本当に不思議そうに問いかけてきた。
 まあたしかに、普通に考えたら百合川陽良みたいなタイプを避ける女子は少ないだろう。
 蓮見蛍みたいなチャラチャラタイプを苦手とする女子でも、彼みたいな王子サマタイプには瞳を輝かせるものかもしれない。
 でも、私は百合川陽良がどんなヤツなのかを知ってしまっている。
 腹黒のイケメンなんて、近づいていいことがあるとは思えない。
 それに、最大の理由もある。

「そもそもああいうタイプが苦手だからっていうのもあるんだけど……それだけじゃなくて……」

 どう言ったらいいんだろうか。
 私は歯切れ悪く言いよどんで、花園さんを横目に見る。
 きょとんとした顔をする花園さん。
 あなたは転生者ですか? なんて、面と向かって聞けるわけがない。
 だからってこのままにしておいたら、また今回みたいなことが起きないとは限らない。
 花園さんの本意を、確かめないといけない。

「花園さん、乙女ゲームって知ってる?」

 結局私は、遠回しに尋ねて反応を見てみることにした。
 これくらいなら、普通の反応が返ってきても、いくらでもごまかすことができる。
 乙女ゲームに出てくるキャラみたいにキラキラしているから苦手、とか。
 でも、もしも花園さんが転生者なら。
 きっと食らいついてくれる、と思った。

「……!! もしかして、立花さん!」

 花園さんはこれ以上ないくらいに目を見開いた。
 こんなに表情に出るなんて、めずらしいな、と付き合いの長くない私でも思うほどに。
 ああ、確定だ。
 季人が言っていたとおり、花園さんは転生者なんだ。
 それがわかるくらいの、ごまかしようのない反応だった。

「そ、その……立花さんも? 『恋花』のことを知っているの?」

 決定打が来た。
 『恋花』。この世界の元となっているらしい、『恋は花ざかり 〜君の恋が花開く〜』というゲームの略称。
 花園さんも私と同じで、知っている人にしか伝わらないよう言葉を選んだのがわかる。
 ここで、知らないと言ったら、そういう乙女ゲームがあるのよ、とごまかすことができる。
 でも、私には、この世界のことを知っている人には、ちゃんと伝わる。

「ちょっと話が長くなるんだけど、いいかな」

 私はそう前置きをした。
 花園さんの真意を聞くためには、自分も手のうちを明かす必要があるだろう。
 まずはどこから話せばいいのか。
 一つも取りこぼすことなく、ちゃんと話さなければ。


 私と花園さんは、これできっと、共犯者になれる。



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