36:ライバルキャラとの協定

 従兄が転生者だということ。
 学校が始まる前に、この世界と関わりがあるとしか思えない乙女ゲームの話を聞いたこと。
 平穏な日々を過ごすために、従兄の協力を得て攻略対象とはなるべく関わらないようにしていたこと。
 特に、女子に人気のある百合川陽良と蓮見蛍には警戒していたこと。
 私は包み隠さず全部、話せるだけのことを話した。

 そうしてすべて話してから、花園さんの話も聞いた。
 花園さんはやっぱり転生者だったらしい。
 前世の記憶を思い出したのは、お金持ちの集まるパーティーで百合川陽良と出会った時。そのとき花園さんは五歳だったらしい。
 両親同士がそれなりに仲が良かったこともあり、それから交流を持つことになったのだとか。
 百合川陽良は子どものころから子どもらしくない子どもだったらしく、花園さんは色々と苦労したそうだ。
 そんなことは今はどうでもいいわよね、と花園さんは話を変えた。あまり話したくない内容だったのかもしれない。

 花園さんはこのゲームのヒロインである私が転入してから、私の動向に目を光らせていた、らしい。初めて知った。
 百合川陽良に対して、一応は幼なじみとしての情というものも持ち合わせていた花園さんは、私たちが出会わないことに気を揉んでいた。
 会って、それでも仲良くなることなくゲーム期間が終了するなら、縁がなかったということなんだろうと花園さんも納得できた。
 けれど、出会うことすらしなかったら、二人が仲良くなれる可能性が、百合川陽良がしあわせになれる可能性が消えてしまうことになる。
 だから、私と百合川陽良が出会うようにと画策したのだと言う。
 花園さんの真意は、百合川陽良に対してのおせっかいだった。

「一学期もそろそろ終わるというのに、攻略対象とイベントを起こそうとしないから、私、立花さんはこのゲームのことを知らないんだと思っていたわ」
「むしろ避けてた、とは考えなかったんだね」

 秘密を共有したという気安さからなのか、花園さんの一人称がわたくしから私に変わっていた。 
 私はこのゲームのことをつい最近まで知らなかった。けれど、転生者である季人に教えてもらって、知った。
 花園さんの予想は半分合っていて、半分間違っていた。

「もし知っているなら、私と同じ転生者だと思っていたのよ。だから、前世で乙女ゲームが好きだったなら、少なくとも出会いイベントくらいは起こすだろうと思っていたの。だって、前世で好きだったキャラに会える機会を逃すプレイヤーなんていないじゃない?」

 そういうものなんだろうか?
 乙女ゲームというものをプレイしたことのない私には花園さんの感覚がわからない。
 たとえば、好きな小説のキャラが現実にいたとしても、私は会いたいとは思わない気がするな。遠くから眺めていたい、とは思うかもしれないけど。
 そういうのは二次元だからいいんじゃないだろうか。

「この世界は私にとってゲームじゃなくて現実だよ」
「それは、私にとってもそうだわ。みんな、ちゃんと自分で考えて動いているんだもの。ただのキャラとして見ていたら失礼だってことはわかっているわ」
「まあ、そうだよね」

 よかった、もし花園さんがこの世界をゲームそのものだと思っていたらどうしようかと思った。
 まあ、そんなわけないのはわかってたけどね。
 じゃなかったら、私に対して細やかな気配りを見せてくれたりはしなかっただろうし。
 ゲームのヒロインとしてじゃなく、一人の人間として、ちゃんと接してくれていた。
 それくらいは私にもわかっている。

「ただのキャラだったら、あんなに泣かされないしあんなに憎たらしくないしあんなに苦労しないわ……」
「と、とりあえず、お疲れ」

 何があったんだ、花園さん。
 まず間違いなく百合川陽良関連だとは思うけど。
 ……腹黒王子サマの幼なじみっていうのも、大変なんだろうなぁ。

「でも、ごめんなさい、立花さん。知らなかったとはいえ、あなたの平穏を壊すような真似をしてしまって……」
「ちゃんと花園さんに話しておかなかった私も悪いし」

 花園さんにまったく過失がないとは言えないけれど、私だって用心が足りなかった。
 季人にも言われていたんだし、もっと早く話すべきだったんだ。

「……実はね、陽良は攻略対象でしょう? 会う前から悪い印象を持っていてはよくないと思って、大げさなくらいに立花さんのことを褒めて聞かせてしまったの。私がそこまで褒めるのはめずらしいから、興味を持ってしまったんだと思うわ」
「うわぁ……考えたくない」

 もしかして、だからか? 百合川陽良が私をロックオンしたように見えたのは。
 気のせいでもなんでもなく、知らないうちに目をつけられていた?
 打ち上げ中に何度も話しかけられたし、不気味なくらいに友好的だった。花園さんや華道部の部長さんを盾に、不自然にならない程度に逃げ回ったけど。
 いい意味だろうと悪い意味だろうと、百合川陽良に興味を持たれるのはうれしくないことだ。
 それが花園さんのせいだったとしたら……ちょっと恨みたくなるのは、しょうがないことだと思う。

「でも、これから夏休みだもの。少なくとも一ヶ月以上、会う機会がなければ、陽良の記憶も薄れているかも……た、たぶん……」

 花園さんの声は、自信なさげに小さなものになっていく。
 腹黒というものは一般的に頭がよくて、記憶力もいいものなんじゃないかな。
 ねちっこい性格をしてそうな百合川陽良が、本当に夏休みの間に私のことを忘れてくれるかどうか。
 それは、分の悪い賭けのように私には思えた。

「そうであることを願うしかないね」

 とりあえず、今の私にはそう言うことしかできない。
 来学期になってみないことには、百合川陽良の動向は探れないんだから。

「彼のファンも怖いものね……。あまり目立つ行動は起こさないように、私からも言っておくわ」
「ありがとう、花園さん」
「いいの、元はと言えば私のせいだもの」

 花園さんは申し訳なさそうな表情で、もう一度ごめんなさいと謝る。
 気にしないでと言うように、私は苦笑して首を振る。
 起きてしまったことは、どうしようもない。
 それよりも、これからのことを考えるほうがよっぽど建設的だ。
 幸い、花園さんという共犯者を得たことで、心理的にはだいぶ落ち着いてきた。
 今回の事件も、悪いことばかりではなかったってことだ。

「私、花園さんが転生者でよかったよ。ゲームの花園彩子はもっと高飛車だったって聞いたから。もし、花園さんが前世の記憶を持ってなかったら、取っつきにくかったかも」

 友情エンドがあるくらいだから、嫌なキャラではなかったんだろうけど。
 今の花園さんと違ったら、どうなっていたんだろう。
 知り合いのいない新しい学校で、頼れる人ができなかったかもしれない。
 彼女と仲良くなりたい、なんて思わなかったかもしれない。

「これでもゲームのキャラを壊さないようにとがんばったのだけれどね。そう言ってもらえるとうれしいわ」
「がんばったの?」

 キャラを壊さないように、か。
 私の知る転生者はこれで二人目。他にいるのかどうかなんて私にはわからない。
 季人からは自分のキャラがどうのなんて話は聞かなかったから、純粋に気になった。
 自分の元となるキャラがいて、そのキャラを知っているっていうのは、どんな気分なんだろう?
 私にはまったく想像がつかない。

「……本当を言うとね、私。ミネストローネよりも豆腐のお味噌汁のほうが好きなの」

 ぽつり、と落とされた秘密は、とてもかわいらしいものだった。
 花園さんの好物がゲームと違う、というのは季人から聞いていた。ゲームだとアップルパイじゃなくてイチゴタルトだと。
 でも、他にも違うものがあっただなんて。しかもそれが……味噌汁だったなんて。
 花園さんに、味噌汁。外見が西洋ドールみたいな花園さんの好物が、豆腐の味噌汁。
 似合わない、としか言いようがない。

「……なんか、似合わない。似合わないけど、ありだと思う」
「立花さんも、イメージしていたヒロインではなかったけれど、ありだと思うわよ」

 小さな声で本音を言い合って、くすくすと笑い合う。
 花園さんとこんなふうに話せるだなんて、何がどう転ぶかわからないものだ。
 ずっと、いい人だなぁと思っていた。
 もっとちゃんとお話ししたいなって、あわよくば友だちになりたいなって思っていた。
 それは、今の私たちなら、簡単なことのように思えた。

「今の私と今の花園さんで、もっと仲良くなりたいな」
「私もそう思うわ」

 軽いノリでの提案に賛同が返ってきて、また二人で笑う。
 完璧なお嬢さまの皮がはがれた花園さんは、もっと接しやすい普通の女の子だった。
 もちろん、しっかりしたお嬢さんってことには変わりないんだけどね。
 今の花園さんのほうが、私は好きだなぁ。

 それから、お互い個人的なことなんかも話したりして。
 まずは、仲良くなる第一歩として、名前で呼び合おうということになった。
 百合川陽良と出会ってしまって、どうしようどうしようって混乱しそうになったけど。
 私には、季人だけじゃなく、彩ちゃんという味方もできた。
 二人のサポートがあれば、きっとなんとかなるだろう。


 ……なんとかなる、よね?



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