34:恐れていた攻略キャラとの出会い

 聞いてみなきゃ、とは思ったものの。
 まだ花園さんが転生者と決まったわけじゃないのに、どう聞いたらいいんだろうとあれこれ考えていたら、機会を逃しまくって。
 そうこうしているうちに、あっというまに終業式が来てしまった。

 あの、百合川陽良とニアミスした次の日、花園さんは約束を破ってしまってごめんなさいと謝ってくれた。
 急に華道部のほうで用事ができてしまったんだと。
 百合川陽良と約束がブッキングしていたことについては、一言も説明がなかった。
 もちろん、私が聞かなかったから言わなかっただけ、なのかもしれないけれど。
 とりあえず、次にそういうことがあっても連絡ができるように、と携帯番号とメールアドレスを交換しておいた。
 ……メールで聞くのは、最終手段かなぁ。



「夏休み、一緒に遊ぼうね!」
「うん、都合がつきそうな日があったら連絡してね」
「塾があるから、あんまりたくさんは遊べないんだけどね。咲姫ちゃんとお買い物とかもしたいなー」

 朝、HRが始まるまでの時間はたいていいつもこうして弥生ちゃんと話をしている。
 今日は弥生ちゃんと夏休み中の計画を立てていた。
 塾で忙しい弥生ちゃんとは違って、部活もしていない私は宿題くらいしかやることがない。
 なんだかんだで弥生ちゃんとは放課後に遊んだことくらいしかないから、楽しみだ。

「海にプールに、夏祭り! 夏休みは楽しいイベントでいっぱいだよね」
「泳げないから、海とプールは遠慮したいけどね」
「咲姫ちゃんのいけず! 咲姫ちゃんの水着姿、見たかったなぁ」
「弥生ちゃん、おじさんみたいだよ」

 そうツッコミを入れると、ひどい〜なんて言いつつ弥生ちゃんは笑っている。
 私もだんだん弥生ちゃんに素を出せるようになってきていた。
 気を許すと、ちょっと言葉がきつくなるんだよね、私。
 一応気をつけてはいるけど、冗談で許されないようなことを言っちゃわないようにしないとね。

 それにしても、楽しいイベント、か。
 夏休みはイベントのオンパレードなんだって、季人も言っていた。
 弥生ちゃんのあげたもの以外にも、遊園地や動物園、植物園や森林公園、ショッピングモールなんかでも期間限定イベントがあるんだとか。
 そのイベントっていうのは、もちろん現実のものじゃなくて、『恋花』のイベントのことだ。
 イベントを起こさないためには、ゴールデンウィークみたいに、なるべく家で過ごしたほうがいいんだろうな。
 弥生ちゃんとか季人とか、誰かと一緒に出かけるときは、イベント発生条件に当てはまらないと思いたい。


「立花さん」
「ん?」

 弥生ちゃんとあれやこれやと話していると、花園さんに声をかけられた。
 そちらを振り向くと、花園さんが私たちのほうに近づいてきていた。
 すぐ目の前までやってきた花園さんは、いつも以上にキリッとした顔をして口を開いた。

「終業式のあと、華道部で打ち上げがあるのだけれど、どうかしら?」

 予想もしてなかったお誘いに、私は目を丸くする。
 華道部の打ち上げ?
 それって、一度見学に行っただけの私が出てもいいものなんだろうか。

「私がお邪魔しちゃってもいいの?」
「ええ、もちろん。部長もまたお話ししたいと言っていたわ」
「いいのかなぁ、部外者なのに」

 正直なところ、ちょっと行ってみたいとは思う。
 華道部の人たちはみんないい人だったし、話が合う人もいた。
 終業式が終わったあと、そのまま家に帰るのはなんだかもったいないって思っていたし。
 弥生ちゃんも部活の集まりがあるらしくて、誘われたけど文芸部には攻略対象がいるから行くわけにもいかず。
 その点、華道部は女子しかいないから、安心だもんね。

「別に華道部の人しかいないわけじゃないわ。部活に入っていないお友だちを呼ぶ人もいるし、他の部の人たちも来るのよ」

 なるほど、華道部以外の人たちも来るのか。
 部活の打ち上げというよりも、知っている人たちで集まるだけって感じなのかな。
 なら、私が混ざってもそんなに変じゃないかもしれない。

「それなら、いいかな。私も部長さんにもう一度ちゃんとご挨拶したかったし」
「入部できなかった件なら、部長もわたくしも気にしていないわよ」
「それでも、一応ね」

 いい人だったから、こっちも礼儀を尽くしたいと思うのは当然だろう。
 お金の問題さえなければ華道部に入りたかったくらいだしね。
 もし入部しても、お花のセンスとかまったくないから、お荷物になってただろうけど。
 私だって人並みにお花が好きだ。
 きれいなお花を見ると心が和むのは、誰だって一緒だと思う。

 そうだ、華道部の集まりのあとに、ちょっとだけでも時間をもらえたりしないかな。
 さすがに夏休みに入っちゃうと、話しにくくなってしまう。二学期に入ってからだとさらに。
 だから、今日が最後で最大のチャンスと言ってもいい。
 花園さんと百合川陽良の関係を聞いて、花園さんが転生者なのかどうかをそれとなく、変に思われないように遠回しに聞いてみる。
 ……かなりの難題だなぁ。

「いいなぁ、咲姫ちゃん。わたしも文芸部のほうでちょっとした集まりがあるから、華道部にお邪魔するわけにはいかないし」

 しょんぼりと肩を落とす弥生ちゃんは寂しそうだ。
 文芸部の集まりの誘いを断ったときもショックを受けていたもんね。
 ごめんね、萩満月さえいなければそっちに行ってもよかったんだけど。
 夏休みに遊ぶから、それでチャラということにはならないかな。

「倉橋さんも、よかったら今度華道部に遊びに来てくださいね。見学だけでも歓迎するわ」

 花園さんはきれいな微笑みを浮かべてそう言った。
 さすが花園さん。気配りが完璧だ。
 こういうとこ、私には絶対に真似できないなって尊敬する。

「ありがとう、花園さん! じゃあ、二学期になったら見学させてもらっちゃおうかな」
「待っているわね」

 すっかり機嫌を直した弥生ちゃんと、笑みを深める花園さん。
 ここで、話は終わるはずだった。
 いや、もちろんまだ終業式があるし、打ち上げもあるし、花園さんと話さなきゃとも思っていたけれど。
 まさか、あんな大問題が起きるとは、このときはつゆとも知らなかった。


  * * * *


 や、やられたーーー!!!

 と、全力で叫びたくなった。
 終業式が何事もなく終わって、華道部での打ち上げ。
 花園さんと連れだって行った部室で、私たちを待っていたのは――私が一番会いたくない人だった。

「初めまして、立花さん。百合川陽良です。立花さんのことは彩子からよく聞いているよ。僕とも仲良くしてくれるとうれしいな」

 花園さんの笑顔に勝るとも劣らない、キラキラとまぶしすぎる天使の微笑み。
 けれど私はその裏の面を知っている。知りたくもないけれど、季人からの情報で知ってしまっている。
 百合川陽良は、腹黒だ。
 こんな人畜無害そうな顔をして、腹の下では何を考えているかわからない。
 自分を特別だと思っていて、特別じゃない人たちを簡単に傷つける。
 だから、絶対に会いたくなかった。
 苦手なイケメンの中でも、もっとも嫌いなタイプだから。
 ……なのに、どうして私は彼と顔をつきあわせているんだろう。

「ハ、ハジメマシテ」

 緊張しすぎて、どうしても片言になってしまった。
 百合川陽良はそんな反応に慣れているのか、無理やり私の手を取って握手を交わした。
 学園の王子サマにしては、フレンドリーすぎないか?
 ……何か、たくらんでる?
 もしかして、気がつかないうちに、彼に目をつけられるようなことでもしてしまったんだろうか。
 百合川陽良の人のよさそうな笑みが、怖くて怖くて仕方がない。
 こいつは、簡単に人を傷つけることができる奴だ。
 季人から聞いていた彼のイベント情報と、私の勘がそう告げている。
 私は、傷つけられないように自衛をしないといけないんだ。

 隣の花園さんをちらりと見やる。
 いつもどおりの微笑みを浮かべている、ように見えるけれど。
 心なしか、うれしそうに、ウキウキとしているように感じられるのは、気のせい?
 ねえ、わざと? わざとなの花園さん!?


 やっぱり、ちゃんと話しておくべきだった……!!



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