期末テストの結果が返ってきた。
今回も、当然ながら順位が貼り出された。もちろん全順位。
これ、悪習だと思うんだけれども、誰も文句を言ったりしないんだろうか。
別に私個人としては、知られて困るような結果は出さないつもりだからいいけどね。
そんな私は今回十六位だった。よし、前回よりも上がってる。
中間のときと同じく、勉強を教えてくれた季人のおかげだろう。
今までのお礼に、アイスくらいはおごってあげようかな。
季人はハーゲンタッツのチョコレートブラウニーが好きだったはずだ。
ちょうど帰り道にコンビニあるし、買って帰ろうか。
なんて考えていた私のすぐ後ろで、誰かがため息をついた。
テストの結果が悪かったんだろうか、と振り向いてみると、そこにいたのは花園さんだった。
「花園さん、どうしたの? 大きなため息なんてついて」
私は思わずそう尋ねてしまった。
だって、花園さんの総合順位は五位だ。
前回よりも上がっているし、とてもため息をつくような結果とは思えない。
「あら、立花さん。いえ、別になんでもありませんわ」
「なんでもないようには見えないんだけど」
少し驚いたような顔をした花園さんは、前にいたのが私だったことにすら気づいていなかったようだ。
声には張りが足りないし、表情もどこか浮かない。
元気がない、というか、困っていることがあるような感じ。
とにかく、いつもの花園さんではなかった。
朝に挨拶したときは、こんな違和感は感じなかったんだけれど。
何か悩み事でも思い出してしまったんだろうか。
「私でよかったら相談に乗るよ」
そう、私は花園さんに微笑みかけた。
花園さんがどう思っているのかはわからないけれど、私の中ではすでに、花園さんは友だちのようなものだった。
悩んでいることがあるなら放っておけないし、私にできることがあるなら手を貸してあげたい。
いくらかわいげのない私でも、友だちを大切にしようっていう気持ちは人並みにあるのです。
「……そうね。立花さんにしかできないことですし」
花園さんはうつむきがちに小さくつぶやくと、キッと真剣な表情になって顔を上げた。
「立花さん、今日の放課後はお暇?」
「特に用事はないよ」
花園さんの雰囲気に若干押されつつも、私は答える。
知ってのとおり、部活には入っていないし。
定期テストも終わったばかりで、気を張りつめて勉強する必要もない。
しかも今日は弥生ちゃんが文芸部に顔を出すと言っていたから、寄り道の予定すらなかった。
「よかった。でしたら少し、お時間いただけるかしら?」
「いいよ。学級委員の仕事?」
「いえ、その……そう、華道部のことでして」
言いにくいことなのか、花園さんは微妙に言葉をにごす。
華道部で何か問題でも起きたんだろうか。
部外者の私が口を出していいようなことなのかな。
「私で役に立てるの?」
「立花さんでなければいけないの」
一応確認すると、花園さんははっきりとそう言った。
花園さんの表情は真剣そのもので、どこか神経を尖らせているようにも見えた。
私でなければ、という強い言葉には、思わず目を丸くしてしまった。
けど、部外者にしか相談できないこと、というのも中にはあるかもしれない。
そこまで求められて、応えないわけにはいかない。
「わかった。詳しいことは放課後に聞くよ」
私がうなずくと、花園さんはほっとしたように表情を和らげた。
ずっと一人で抱え込んでいたんだろうか。
花園さんは高飛車お嬢さまに見えて真面目だから、なるべく一人でどうにかしようとでも思っていたのかもね。
「あ、あの! 放課後は、中庭で待っていてくれないかしら」
「……中庭? 中庭に用があるの?」
場所の指定に、私は首をかしげる。
わざわざ教室以外で待ち合わせる理由はなんだろう。
「え、ええ、そうなの」
「じゃあ、中庭で待ってればいいんだね」
「お願いします」
とりあえず了承した私に、花園さんは軽く頭を下げる。
顔に浮かべている微笑みは少しぎこちない。
花園さんの様子がおかしいのはわかっていたけれど、相談内容と関係があるのかもしれないと思うと、今この場で問うことはできなかった。
放課後になれば聞けるんだし、と気にしないことにした。
私にできるのは、放課後、少しでも花園さんが話しやすい雰囲気を作ることだ。
今あれこれと考えていたところで、意味はない。
* * * *
放課後まで、一つを除き何事もなく時間は過ぎた。
一つというのは、定期テスト発表時のミニイベントのことだ。
今回の会話イベントは、最近まったく交流のなかった生徒会長だった。
ああ、違った。もう元・生徒会長だ。
関わりも興味もなかったからスルーしていたけど、生徒会選挙が終わってすでに新メンバーに切り替わっている。
とはいえまだ引き継ぎ段階で、終業式に新生徒会メンバーの挨拶があって、夏休み中に引き継ぎを終えるんだそうだ。大変そう。
季人が言うには、藤井清明は引退したあともたびたび生徒会に顔を出すため、生徒会に入っておくと好感度が上がりやすく、イベントも増えるんだとか。至極どうでもいい情報だ。
そんな元生徒会長からお褒めの言葉をいただいたわけだけども。
ピクリとも動かない無表情で「がんばったようだな。おめでとう」とか言われても、「はぁ、ありがとうございます」以外に返しようがないよね。
まあ、私に興味がないというのは、私にとっては好都合だ。
藤井清明にはかわいい後輩という意識すらないように見える。
転入生だから、成績優秀だから、一応名前を覚えている、という程度。
このまま、知り合いとも呼べないような関係のままでいれば、間違いなく恋愛イベントは発生しないだろう。
終業式は今週の金曜日。
もうあとたった数日で、一学期が終わる。
そうすれば、攻略対象と会う機会はほぼない。外でばったり遭遇する可能性はあれど。
これほど長期休みを待ち遠しく思ったことは、今までなかったかもしれない。
マイペースを保っているつもりでも、学校内では知らず気を張ってしまっているんだろう。
一学期が終われば、『恋花』のゲーム期間の三分の一以上が終わったことになる。
まだまだ先は長いけれど、この調子でがんばるしかない。
とかなんとか、つらつらと考えつつ、私は中庭で花園さんを待っていた。
「華道部に関する用って、なんだろう。……対人関係の相談、とか?」
中庭に誰もいないことをいいことに、私は独り言をつぶやく。
声に出してみて、しっくりせずに首をかしげる。
単なる相談事なら、どうして中庭を指定したのかがわからない。
「うーん、深刻じゃなければいいんだけどな」
考えてもわからずに、私は膝を抱えてため息をついた。
……ええと、現在、体育座りをしております。
しかも、ベンチとかではなく、高めの植え込みの陰。
渡り廊下なんかからは死角になる位置だ。花園さんが窓から出てこない限りは、一発で見つかることはないだろう。
なんで隠れているのかというと、それはもちろんイベント対策だったりする。
中庭って、『恋花』の普段の行動選択でも選べる場所で、ここで起きるイベントもいくつかあるらしいのだ。
一人、ここで出会いイベントが発生するキャラもいるから、油断はできない。
花園さんが来る前に攻略対象とのイベントが発生しないよう、予防しているのだった。
「ん? メール?」
ポケットに入れていた携帯がブルブルと震え、すぐに止まった。
誰だろう、と携帯を開くと、季人からのメールだった。
『花園さんの幼なじみ、わかったかもしれない。確信はないんだけど、怪しい攻略対象がいたよ。帰ったら話そう』
「……攻略対象」
携帯の画面を眺めながら、私はぽつりとつぶやく。
花園さんの幼なじみが、攻略対象かもしれない?
その可能性があるのはわかっていたし、別に花園さんの幼なじみなんて私には関係のない人だ。
前世で『恋花』のイベントを全コンプしていて、攻略本まで持っていたという季人が覚えていないということは、イベントに関わってきたりはしなかったんだろうし。
でも、嫌な予感がする――と季人は言っていた。
なんだか無性に不安になってきてしまい、今すぐ家に帰りたくなった。
携帯をポケットにしまったとき、かすかな芝生を踏む音が聞こえた。
やっと来たか、と私は振り返って姿を現そうとした。
「は……」
なぞのさん、と続けることはできなかった。
一瞬だけ見えた姿に、私はあわてて自分の口をふさいで、植え込みの陰に隠れ直す。
風下はこちらで、それほど大きな声ではなかったから、気づかれてはいないはず。
ああ、でも、どうしよう。
四方が閉ざされているわけじゃないから、もっとこっちに近づいてきたら、見えてしまう。
出会いイベントが、発生してしまう。
ザァーっと、血の気の引いていく音が聞こえるようだ。
「――彩子?」
中性的な、通りのいい声が花園さんの名前を紡ぐ。
その声にわずかな苛立ちが含まれているのがわかったけれど、今の私にはそんなことはどうでもよかった。
なんで、お前が、ここにいる!
私が一番出会いたくない人間が、なんでよりにもよって今このタイミングで、中庭に来るんだ!
「まったく、この僕を待たせるなんて……お仕置きかな」
ふふっ、と彼は愉快そうな笑い声をもらす。
その端正な顔に、意地悪な笑みを浮かべているのだろうと容易に想像がついた。
彼は、すこぶる外面のいい、実は腹の黒い攻略対象。
学園の王子サマ、百合川陽良がそこにいた。